「ドラゴンに出会ったよ」前編
「くそったれが!」
広大な森の中、切り拓かれた道を馬に乗って駆けながら男は毒づいた。
後ろにはかごを載せている。
(せっかくうまくいくはずだったのに、なんでこんなことに)
そんなことを考えながら、彼は追手から逃れようと必死になって馬を走らせた。
「そろそろ諦めたらどうだ!?」
男の後方から声が届いた。女の声だ。
振り向かなくてもわかる。盗賊である男を追いかけてきた女騎士である。
声が届くほど肉迫しているのだ。
「畜生! こうなったら……!」
男は懐から一つの玉を取り出した。
「転移!」
男が叫ぶと、周囲は強烈な光に包まれた。
「転移の宝珠だと!?」
後方の女騎士は馬上で驚きの声を上げたが、その時には既に盗賊の姿は消えてなくなっていた。
「行き先は地球、か……」
彼女は真剣な面持ちでつぶやいた。
「修二くん、修二くんのお兄ちゃん、ばいばーい!」
「うん、ばいばーい!」
夏休み、夕暮れ時の公園で、少年たちが三々五々、家路につく。
最後に残ったのは、修二と呼ばれた少年と、彼の兄である。
兄の名は仲村一彦。中学二年生。
弟の名は仲村修二。小学三年生。
集まっていた少年たちは修二の友人たちで、今までサッカーをして遊んでいたのだ。
「やれやれ、やっと終わったか……」
一彦はため息をついた。
今日はお目付け役として付き合ったものの、本当は家でゲームをやる方が性に合っているのだ。
「じゃあ、俺たちも帰ろうか」
「ちょっとまって、兄ちゃん」
帰宅を促す兄を、弟が制止する。
「あっちのほうでなにかうごいた」
そう言うと、修二は公園の隅の植え込みに駆け寄った。
面倒くさいな、と一彦が思っていると、修二が大声を上げながら戻ってきた。
「兄ちゃーん! これみてー!」
修二は子犬ぐらいの大きさをした緑色の物体を抱えていた。
一見、トカゲのように見えるが、背中に羽が生えていた。
「ドラゴン……?」
「ぐえー」
一彦がつぶやくと、その物体……ドラゴンは応えるように一声鳴いた。
「すごいねー! ゲームみたい!」
修二は満面の笑みを浮かべてはしゃいでいるが、一彦は戸惑いを隠せない。
(一体なんでこんなところにドラゴンが……そもそも本物のドラゴンなのか?)
そんな一彦とは裏腹に、修二は嬉しそうに提案する。
「ねえ、この子、うちでかおうよ!」
「お前、飼い主とかいたらどうするんだよ」
「でも、くびわとかついてないよ?」
「それはそうだけど……」
一彦は渋ったものの、熱心に食い下がる修二に根負けして、結局、家に連れて帰ることになった。
閑静な住宅街の一角に仲村家はある。
「ただいまー」
「おかえりなさい。汚れたでしょ? ご飯食べる前にお風呂に入りなさい」
「はーい」
台所から声をかける母親に応えると、二人は風呂場に向かった。
「こいつも汚れているし、一緒に洗おうか」
「おかあさんにもいっておいたほうがいいかな?」
「しばらくは黙ってよう。びっくりしそうだし」
「そうだね」
「ぐえー」
風呂場から二人の共同部屋に戻ると、一彦はスマートフォンでドラゴンについて調べる。
ちなみに修二はまだスマートフォンを持っていない。
「うーん。やっぱり、リアルでドラゴンを見たなんていう話はないな。こいつ、どこから来たんだろう」
「ぐえー」
当のドラゴンはパタパタと羽や尻尾を振りながら、修二とたわむれている。
「とりあえず、餌のことを考えないとだな。何を食べるのかな」
「ドッグフードとかキャットフードとか?」
「いや、犬や猫とは違うんじゃないかな……とりあえず俺たちのご飯の残り物を食べるか試してみよう」
夕食の後、米飯や肉じゃがなどの残り物を部屋に持って帰ると、ドラゴンは嬉しそうに食いついた。
それを見て修二は笑顔で喜ぶ。
「わー、たべてるたべてる」
「とりあえず、犬とかと違って、人間と同じ物でも大丈夫なのかな?」
「ぐえー」
その日、修二はドラゴンを抱いて眠った。
翌日。家の中にずっとこもっているのを修二が嫌がったので、ドラゴンを連れて遊びに出かけることになった。
一彦のほうは本当は家にいたかったのだが、ドラゴンから目を離すのも不安だったのでついて行くことにした。
そして、段ボール箱に入れたドラゴンを抱え、家を出たところで、
「あっ」
セミロングの髪の少女にばったりと出くわした。
坂本佐紀。
一彦の幼馴染である。
家が近所なので以前はよく一緒に遊んでいたのだが、中学に上がってからは何となく疎遠になっていた。
とはいえ、別に仲たがいしたわけでもないので、挨拶ぐらいは交わす。
「おはよう」
「……おはよう」
佐紀は挨拶を返すと、そのまま立ち去ろうとしたが、
「ぐえー」
一彦の抱えた箱の中から聞こえた声に、不審げな視線を向ける。
「……何それ?」
「えーと……」
一彦が返答に窮していると、
「ぐえ!」
箱の中からドラゴンが頭を飛び出させた。
「あっ、こら!」
一彦は慌てて押し込めるが、佐紀は見逃さなかった。
「今の……トカゲ?」
その表情は興味津々なものに変わっている。
「いや、何でもない。何でもないって」
一彦は取り繕おうとするが、
「兄ちゃん、佐紀ちゃんにならはなしてもいいんじゃない?」
修二がそう言ってきた。
「うーん……」
一彦はしばし逡巡したが、
「ま、いいか」
観念して箱を開けて中身を佐紀に見せた。
「わあ……」
それを見た佐紀は目を輝かせる。
「かわいい……」
それを聞いた一彦は一瞬驚くが、そういえば佐紀は昔から爬虫類が好きで、今は生物部に入っているんだった、と思い出す。
「えっ、嘘。これ、羽が生えてる!」
「あんまり大きな声を出さないで……」
あまり騒ぎにしたくない一彦は、佐紀に頼む。
「そうだな……ここじゃ何だから、神社に行こうか。佐紀は時間ある?」
「うん、大丈夫。図書館に勉強に行こうと思っていたけど、急ぐわけじゃないから」
三人は連れ立って近所の神社に向かった。
彼らが神社に着くと、境内には誰もいなかった。
あまり大きくない神社で、今時分は人影が見られることも稀だった。
「で、どういうことなの?」
箱の中から出されたドラゴンを見ながら、佐紀は改めて一彦を問い詰めた。
「いや、俺にもよくわからないんだけど、昨日、公園で拾ったんだ」
「ドラゴンなの?」
「多分そうだと思う」
「なんでドラゴンがこんなところにいるのよ」
「だから、わからないってば」
「どうするつもりなの?」
「当分うちで飼ってみる」
「飼えるの?」
「親にはまだ言ってないから、こっそり飼う」
「餌はどうしてるの?」
「うちのご飯の残り物を食べさせてる……今のところ問題ないみたいだけど、ドラゴンって何を食べるのかな」
「知らない。トカゲだと虫とか野菜とかになるけど」
「じゃあ、虫も試してみようかな。野菜もスーパーで買ってこよう。いつまでも残り物を食べさせるのも何だし」
「それなら、私も手伝う」
「えっ、でも……」
「いいじゃない。生物部で生き物の世話には慣れてるし」
一彦が困惑していると、
「佐紀ちゃんにもてつだってもらおうよ。なかまがいたほうがいいとおもうよ」
修二がそう主張する。
「まあ、いいか。じゃあ、よろしく頼む」
「うん。よろしくね」
佐紀は嬉しそうに微笑んだ。