狸穴ユイ
数日後のある朝、私は昇降口でお気に入りのチェリーレッドのブーツを脱いで上履きに履き替える。
下駄箱の反対側から女子生徒の談笑する声が聞こえる。
「あれ知ってる?狼男が出たって話!」
「聞いた聞いた!でも嘘でしょ?ありえないって」
「杏奈がみんなに言って回ってるみたいだけど、みんな引いてるよ」
多分、映画の話だろう。
確かに人狼はホラー映画のスターだ。
これを名誉とするか不名誉とするかは私には分からない。
他愛もない会話など気にも止めず私は教室に向かった。
机に教科書やノートを入れていると隣の席の狸穴ユイが興奮気味に話しかけてきた。オカッパ頭に黒縁メガネをかけ少しぽっちゃりした子だ。
どこか狸を思わせる雰囲気がある。
「ねぇ、月影さん知ってる!すっごい!すっごいのよ!」
ユイの西洋人のように彫りの深い顔立ちがハイテンションな口調をより大げさに見せる。
「何かあったのかい?」
あまり興味がなかったが訪ねてみた。ユイがまってましたとばかりに語り出す。
「実は学校の近くの公園に狼男が出たのよ!」
ユイが目を輝かせる。
私は何だか凄く嫌な予感がした。
「狼男なんて本気でいると思ってんのかい?」
私は冷めた口ぶりで言った。
「それがそれが!何と目撃者が写真を撮ってたらしいのよ!」ユイが拳を握りしめながら熱く語る。
しかし狼男、男だと決めつけてるようだ。
人狼にも女はいるのにね。
「その写真とやらも偽物だろ?今は特撮やら加工やらでいくらでも作れんだし」
私は冷めた態度を取った。
何だか自分が好奇の目にさらされてるような不快さがあったせいもある。
「冷めてるわねぇ…なら一緒に写真を見に行きましょ!」
ユイが私を誘う。
「どこに?」
「目撃者の朝風杏奈先輩の所よ」
「知り合いなのかい?」
「全然、だからいろいろ聞きたいんだけど躊躇しちゃうのよね。月影さん一緒に来て!」
別に私はユイと友達でも何でもないんだが一方的になつかれている。
ただ今回ばかりは私もユイの話を聞き流せなかった。なぜなら写真の人狼が私かも知れないからだ。