路地裏の怪人
サイコ・ウォリアーズの宣戦布告から数日が経ったが目立った動きはなかった。
私はある日の夕方、気の向くままに夜の繁華街を歩いていた。
赤いTシャツの上にライダースジャケットを羽織り、デニムのパンツにブーツを履いた私のスタイルはなかなか街に溶け込んでいると思う。
だが、行き交う人間の群れの中で私は独りぼっちだと思うと少し切なかった。
冷たい夜風が私の心を揺らす。
飲食店やアパレル店が並び若者で賑わう通りの一角に一際、派手なネオン看板に彩られたダイナーがある。
私の行きつけの店『ダニンスキー』だ。
ドアを開け店内に入るとジュークボックスから軽快なR&Rが鳴り響いている。古き良きアメリカを思わせる内装を赤いネオンが幻想的に彩る。
壁には不気味さと可愛さが同居するモンスターを描いたローブローアート風の絵が飾ってある。
私は店内を軽く見回しながら窓際のテーブルに着いた。
年増のウエイトレスがテーブルに水を運んできた。
「ハーイ!ようこそダニンスキーへ!オーダーは何になさいます?」
陽気な笑顔にこちらも思わず微笑んでしまうが、このハイテンションなノリに毎回、少しとまどう。
私はステーキのプレートを注文した。
焼き加減はウェルダンで。
「よお、冴じゃねぇか!」
聞き覚えのある声が聞こえた。
番長の高嶋だった。
ビシッと決めたリーゼント、白いTシャツの上に赤いドリズラーを羽織り細身のチノパンを履いている。
ハンバーガーとポテトの入ったバケットをテーブルを置き私の迎え側に座った。
面倒くさいけど何か私に用があるようだ。
「久しぶりだな!ここは俺の行きつけなんだ。ところでタケルとヤス見なかったか?」
「あんたの子分かい?見てないね」
「そうか…実はあいつら急に消えちまってな…」
消えたとは一体どういう事なのだろうか?
「実はさっき映画館であいつらと映画を見てたんだよ。上映中にふと隣を見たらあいつらの姿が消えてたんだよ…」
「先に帰ったんじゃないのかい?」「そんな事するような奴らじゃねぇよ!さっきからこの辺りを探してるんだが見つからねぇ。それに携帯もつながらないんだ」
「そいつは奇妙だね。私も見かけたら知らせるよ」
「おぉ、頼んだぜ!」
そう言うと高嶋がテーブルのメモ帳に何かを書いて私によこした。
「そいつは俺の携帯の番号だ。何か分かったら連絡くれ」
私は頷いた。
しばらくしてウエイトレスがステーキを運んできた。
私はそれを平らげると高嶋と店を出た。
「じゃあ、俺はもう少しあいつらを探すよ」
「私も少しブラブラしてみるよ」そう話していると私達の前に奇妙な人物が現れた。
ゴム製のピエロのマスクを被りフード付きのパーカーを着た男がおどけるようにピョンピョン飛び跳ねている。
「クックック…お友達の所に案内するよ!」
ピエロが指でこちらへ来いと合図する。
「テメェ、何者だ!タケルとヤスはどこにいるっ!」
「いいから来いよ。今すぐ合わせてやっからよ」
私と高嶋はピエロの後を追った。奴は私たちと一定の距離を取りながら妙に身軽な動きでスキップやバク転をしながら私たちを誘導する。
しばらく表通りを進むと急にピエロが路地裏に駆け込んだ。
私たちも後を追ったがピエロの姿はそこになかった。
「冴、どうする?」
「このまま行くしかないようだね」
「あぁ、だけど罠かも知れないから気を付けろよ」
「得体の知れない奴だったからね」
「女を先に行かせる訳には行かねぇ。俺が先に行く」
そう言うと高嶋は先にいた私を追い越した。
私と高嶋は薄暗い路地裏を進んだ。
前方が突然、まばゆい光に包まれた。
それはバイクのライトだった。
反対側の路地の入り口でレーシングバイクが爆音を轟かせていた。
ライダーの顔はヘルメットに隠れて見えない。
エンジンが唸りを上げバイクが猛スピードでこちらに突進してきた。
狭い通路に逃げ場はない。
高嶋はその場に仁王立ちしている。
バイクが目の前まで接近してきた。私は高嶋を押しのけ爆走するバイクを両手で受け止めた。
物凄い衝撃を受け腕に激痛が走る。
普通の人間なら骨折していただろう。
バイクと力比べをする私のブーツがコンクリートで擦れ摩擦で煙を上げた。
「くっそ…危ないじゃないか!」
私はバイクに押しやられながらも地に足を付け踏ん張った。
やがてタイヤが止まり、バイクが転倒した。
「だっ…大丈夫か?」
高嶋が心配そうに訪ねた。
「何とかね。マジに死ぬかと思ったよ…ふぅ」
「バイクを素手で止めちまうなんてお前、何者だよ」
「何者ってフツーの高校生だよ」
「そっか…また助けられちまったな」
「借りならダニンスキーのステーキでいいよ」私は親指を立て高嶋に微笑んだ。
転倒したライダーは倒れたままピクリとも動かない。
「にしてもコイツは大丈夫なのかい?」
私がそう言うと高嶋はライダーに近づいた。
「オイッ!この野郎、俺達を殺すつもりだったのか!顔を見せろ!」
高嶋がライダーのヘルメットを脱がせた。
そして出てきた顔は痩せこけた老人のように皺だらけの皮膚、落ちくぼんだ目、絶叫しているような断末魔の表情を浮かべていた。
「しっ、死んでいる!」
高嶋の顔が青ざめた。
そうライダーはミイラのように干からびて死んでいたのだ。




