03・レトロゲーム
英雄に案内された場所は置かれている機械以外全てが汚れていると言っても過言では無い建物だった。
八龍商業区を歩く人々がその建物に入り易くする為の配慮だろうか?
その通路に面した場所には壁や扉等が存在せず、代わりにまるでショーウィンドウを思わせるライトアップされた機械がいくつも並べられていた。
その機械の奥にはぬいぐるみや服等が通りすがりの人々の足を止める為に飾られており、ショーウィンドウであれば商品が並べられている場所には奥に立て掛けて飾ってある商品と同様の物が置かれていた。
そんな様々な商品を展示してあるショーウィンドウもどきな機械がその建物の内部に所狭しと並べられているのである。
ただショーウィンドウと異なるのは、そのライトアップされている機械の上部から鉤爪状の物が吊り下がっており、それが何の為にあるのか僕は分からなかった。
「なぁ英雄、これは何?」
そんな不思議な機械が大量に置かれている場所に案内をした本人に僕は尋ねる。
「今はお互いの声しか聞こえないウィスパーモードで話してるから良いけど、エデンの中で会話するならアバターの名前で呼び掛けてくれよな。」
そう拗ねたような声で僕に軽い文句を言ってきた。
「ごめん……」
「まぁ名前に関しては慣れもあるし、おいおいな。んで、疑問に対する回答だが、この機械はクレーンゲームだ。」
「クレーンゲーム?」
僕と云う存在がこの世に生まれ落ちてから僅か十五年足らずだが、現実の街の中でこのような機械は見た事が無かった。
しかもゲームと云うのだから遊ぶ為の物なのだろう。
「あの吊り下がってる鉤爪を操作して、下にある賞品を取るゲームだよ。試しに一回手本を見せてやるよ。」
そう言って英雄は"愛 Luv Eden!"と書かれたTシャツが飾られている機械の前に立つ。
ケースの中に入っている賞品を舐めるように見て意を決した様に機械に設置されているボタンを押す。
すると奇妙な電子音と共にケース内に吊り下げられた鉤爪が横移動をはじめた。
Tシャツの置かれている位置まで鉤爪を横移動させると英雄はボタンを離す、それと同時に鉤爪も移動を停止させる。
英雄はケースの横に身体をずらし、鉤爪の位置を確認した後、もうひとつのボタンを押す。
すると今度はケースの奥に向かって鉤爪は移動を開始した。
「ここだ!」
英雄はそう叫びボタンから手を離すと吊り下げられていた鉤爪は下降を開始し、それと同時に賞品を捕まえるべく鉤爪が開いていく。
鉤爪がケースの床面に達すると開いていたそれはTシャツを掴み上昇をはじめ、元あった位置に戻って来る。
だが、掴んだ場所が悪かったのか元の位置に戻る半分程度の場所でずるりと鉤爪から逃れるようにTシャツはケースの床面に落ちてしまった。
「あぁ、もう少しだったのに!」
英雄は悔しそうにそう言った。
「まぁ、こんな感じでクレーンの初期位置まで賞品を持って来ればその取り出し口から品物を貰えるってゲームだよ。」
なんとも原始的で単純なゲームなんだと僕は感じた。
「で、もし品物が取れたらどうなるの?」
「ん?アバターとして使えるぜ。」
僕の疑問に英雄はそう軽く答える。
「クレーンゲームでしか手に入らない凝ったアバターも多いし、それ欲しさに通う奴も結構多いんだぜ。」
そう言って親指を立て、店の奥を指す。
そこには僕達以外にも多数の客がクレーンゲームの前で操作をしていたり、ケースを眺めながら賞品を物色している他の客の姿が結構な数を確認出来た。
「まぁ、気になるアバターがあれば取ってみろよ。アバターを着飾るのも楽しみのひとつだぜ。」
そう英雄に言われ店内を軽く見て廻るが特別気を惹く物は無かった。
景品の中に白衣があり、父さんが着ていたあれはこう云った場所で獲得したと云うのを知れただけだった。
僕のアバターは携帯端末を処分したクレジットが加算されており、それなりの桁の数字を表示されているが、だからと言って無駄遣いをする気になれなかった。
と、そんな事を思いながら一番奥に設置された機械に目を向ける。
そこには丁寧に刺繍されたと思われる深い緑の貴族風なコートが展示されていた。
「あ……これ結構良いかも。」
僕は思わず言葉を漏らす。
だが、そのクレーンゲームの中で梱包されているのは鮮やかな赤と深い青の物で、僕が興味を持った深い緑の色の物は展示品の奥で積み上げられている在庫の中にしか無かった。
「何、これが欲しいのか?」
「うん、だけど欲しい色は奥に積まれている緑色のやつなんだよ。」
赤や青の物だとそれ程欲しいとも思えなかったので僕は英雄にそう告げる。
「おばちゃん、この緑もやつ出して貰える?」
興味を持った機械の脇で暇そうにしていたエプロンをしていた小太りな女性に英雄は声を掛ける。
その女性の頭上を確認すると紫の文字で"店員"と云う何とも捻りの無い名前が表示されていた。
英雄に声を掛けられると店員のNPCは機械の硝子戸を開け、在庫が積み上げられている中から緑色のコートを引っ張り出して、その床面に無造作に置いてガラス戸を閉じて立ち去ってしまう。
NPCに愛想を求めるのも酷と云うものだが、それにしても無機質に仕事をこなすのは何だか少し寂しい感じがした。
クレーンゲームの中には景品取出口から近い順に赤、青、緑の順となっており、僕の欲しい緑色の物は青いコートの上に重なる感じで置かれていた。
「頑張れよ、遊ぶ為には右側の手のマークが描かれた場所を撫でれば必要なクレジットが自動的に引き落とされるからな。」
英雄は無責任にそんな事を言う。
言われた通りにするとアバターの残金表示から二千クレジットが差し引かれる。
千二百クレジット程で一円換算だから、一回一円ちょっと云う事に僕は驚く。
僕は先程英雄がしていた様に欲しい景品の位置を色々な角度から確認する。
横移動のボタンを押し、景品の位置まで持って行こうとするが、ボタンを離してもほんの一瞬だけ遅れて鉤爪が止まる。
なるほど、このラグも考慮しないと景品は獲得出来ないのか……
だが諦めずに機械に慣れる為にもうひとつのボタンを押して鉤爪を奥へと進ませる。
ここだと思う場所でボタンから手を離すが、今度は横移動の時とは逆に思ったよりも早く止まり鉤爪は下降をはじめる。
結果としては欲しい品の端を掠めただけで全然だった。
この取れそうで取れない感じは凄くもどかしい、僕は続けてクレーンゲームを操作した。
それから二十分程経過し、僕の腕には青と緑の刺繍コートが抱えられていた。
使ったクレジット?
聞かないで欲しい……ただ、決して安い買い物では無かったと言える位にはこんな原始的で単純なゲームに注ぎ込んでしまったと云う事は事実だった。
「早速着てみたら?」
英雄はそんな事を言うが、アバターの変更方法なんて僕は知らない。
「どうやれば良いんだ?」
「ステータス画面を開いて、表示されている自分のアバターに取った物を重ねれば勝手に着用するよ。」
そう英雄は説明してくれるが、僕には理解出来なかった。
とりあえず言われた通りに自身のアバター確認の画面を開き、目の前で半透明に表示されているそれに獲得したコートを重ねてみる。
すると今まで持っていた緑色の刺繍コートは光の粒子を上げて手の中から消えて行き、半透明に表示されている僕のアバターはその刺繍コートを羽織った状態に変化した。
手の中に残ってるのは青い刺繍コートのみ……この残った方はどうすれば良いんだ?
「なぁ、この残った方はどうすれば良い?」
手元に残ったのをどうすれば良いかを英雄に聞く。
「それは多分視界脇にアイテムって書かれている丸いアイコンあるだろ。そこに重ねればインベントリに収納出来る。取り出す時は何も持っていない状態でアイテムのアイコンに触れれば収納されているアイテムの一覧が見れるぞ。」
言われた通りにやってみると青い刺繍コートも手の中から消える。
試しに視界脇に表示されているアイテムアイコンに触れるとそこには獲得した青い刺繍コートが表示されていた。
「取り出す時はアイテムの一覧に表示されているアイテムを一秒以上触れてれば手の中に転送されるからな。」
腕の動きを止め、一覧の中のアイテムに触れ続けると英雄の言うように手の中にそのコートが現れる、それを再度仕舞う。
流石仮想空間と云うべきだろうか、現実ではあり得ない演出で物の出し入れが行われる。
しかし獲得した刺繍コートを羽織った僕のアバターは何とも不格好なものだった。
それは白い無地のTシャツに水色の半ズボン、素足で履いたデッキシューズにまるで物語の中の貴族が着るような刺繍コートを羽織ってる状態である。
なんともコートだけが浮いてしまっているように感じだ。
「このコートに合うアバターも揃えたくなるな。」
確認画面の僕自身のアバターを見て僕はそう言葉を漏らす。
「アバター沼へようこそ、ユウの多々買いは今はじまったばかりだ!」
英雄は笑いを堪えるような声でそんな事を僕に言うのだった。
「今日誘ったのはこれが本命じゃないんだよ。これは前哨戦、本命はこの建物の二階以降さ。」
英雄が一頻り僕が得たアバターでからかった後、そんな事を言った。
「きっと驚くぜ、何せこのビルはゲームの歴史が詰まっているからな。」
そう言って英雄は刺繍コートを得た場所とは反対側に位置する場所に移動する。
そこには塗装が剥げ、壁には良く分からないキャラクターのポスターらいき物が乱雑に貼られた階段があった。
照明も所々切れているようでその階段は薄暗く、知らない人がそれを見てもその階段をを登って行こうとは思えないそんな雰囲気を醸し出さいていた。
「何ここ、なんだか怪しい雰囲気なんだけど……」
僕は思わず怖気づいてしまいそんな事を言ってしまう。
「この階段の先にあるのが八龍が誇る人の娯楽に対する欲求の具現を収めし場所。汝、その英知に触れる勇気はあるか?」
英雄は芝居がかった口調でそんな事を言う。
僕はそんな英雄に少し引きながらも肯定の意思を示すエモートで応える。
すると英雄は僕にお構いなしと云った様子で階段を一段飛ばしで登って行く。
狭い階段を勢い良く駆け上がっていった英雄の姿はあっと云う間に見えなくなる。
「早く来いよ。」
姿は見えないが声だけは届き、英雄は僕にそんな事を言って来る。
僕は意を決してゆっくりと階段を登った。
薄暗くも感じるその階段の壁には見た事も無いキャラクターや戦闘機らしきもののイラスト等が描かれたポスターらしき物が所狭しと乱雑に貼られており、中には破れていたりする物もあったが、それが触れてはいけない知識に触れているのだと思うと不思議と期待感が膨らむ。
そして階段を一段登る度に上の階から発生している音がどんどんと大きくなっていく。
それは無秩序に音が雑じり合い、部屋全体が騒音を撒き散らしているような錯覚を覚えるようなそんな音だった。
階段を登り切ると下の階と同じ様に機械が所狭しと並べられていた。
窓と思われる場所には階段の壁に貼ってあったポスターと同様にまるで外の光を拒むように所狭しと貼られており、その僅かな隙間から外の光が辛うじて忍び込めると云った程度のものだった。
部屋全体は窓が外の光を遮っているにも関わらず照明は落とされ、部屋全体は薄暗く、なのに薄く靄がかかっているようで、それが窓と思われる場所から差し込む僅かな強い光によって騒音にも似たような音の暴力が包んでいいるのに部屋全体をまるで幻想的な場所にでも居るようなそんな錯覚さえ感じさせるのだった。
この階の機械は歴史の教科書の中にしか見る事の出来ない投影機器が一台にひとつ設置されており、その機械の前には安っぽい鉄パイプを加工しただけの低い椅子が置かれていた。
驚いたのは何台あるかも分からない機械のほぼ全てに様々な人が腰を降ろしており、夢中にその手を忙しそうに動かしていた。
更にそれらの椅子に座れなかった人達だろうか、座っているいる人の後ろから投影機を覗き込む人達まで居る始末だ。
八龍の街を歩く人達にも驚かされたが、この部屋の中はそれ以上の驚きだ。
何故なら街中を歩く人々は異なる目的で八龍商業区に訪れた人であったが、ここに居る人達は同じ目的や欲求を満たす為にこの部屋に集まっているからだ。
仮想空間の中では触覚や嗅覚を感じる事は無い。
だがここに集まった人達の想いの熱と云うべきものだろうか、僕はそんな熱を感じたような錯覚すら感じた。
アンダーグラウンドなコミュニティに足を踏み入れてしまった様なそんな感覚、とでも言えば良いのだろうか……
只ひとつ確かな事はここは同じ想いの人が集まっているのは間違いない。
「ようこそ、前時代の忘れら去られた施設であるゲームセンターへ!」
英雄は嬉しそうに僕にこの場所の呼称を告げるのだった。
その声は騒音の中で発せられたにも関わらず彼の声に気付いた人が少なからず居た。
機械の前で腰を降ろして居た人は少し顔を上げただけでスグに投影機に視線を戻すが、その後ろで様子を伺っていた何人かは階段付近に居る僕に近付き、あっと云う間に僕達二人を取り囲んでしまった。
あれ?英雄との会話って他には聞こえないんじゃなかったの?
何これ……凄く恐いんですけど……
見た目だけで言えばいかにも悪役ですと云った風体の人達から囲まれ、僕の心臓は悲鳴と助けを求めんばかりに高鳴ってしまっていた。
お読み下さり有難うございます。
作者モチベーション維持の為にも感想、御指摘等お待ちしております。