02・スタートダッシュボーナス
「クソッ、これで何度目だよ!」
世の中にはクソゲーやクズゲーと呼ばれるゲームは数多く存在する。
バランスが悪くゲームとして成立しない物、一部の壊れた性能のアイテムによりゲームそのものが崩壊してしまう物、誤字等によってシリアスな物語が喜劇に変化してしまう物、その他に理不尽なバグ等。
クソゲー、クズゲーと呼ばれる類の物はそう言った様々な要素を内包して世に放たれる。
僕は比較的ランクを上げ易いと教えて貰った格闘ゲームのコロッセオの中でもう何度目になるか考えるのも嫌になる位の敗北を味わっていた。
エデンにおいてのランクはアバターそのものの強さの目安であり、ランクがひとつ上がると筋力か敏捷に一ポイント加算するか、ヒットポイント、スタミナ、マジックパワーのいずれかに五ポイント加算するかを選択出来る。
初期の状態で筋力と敏捷は一、ヒットポイント、スタミナ、マジックパワーはそれぞれ二十五の値からスタートする。
これはゲーム内のみで適応される強さの目安であるレベルとは異なり、ゲームが変わってもランクの能力は引き継がれる。
この能力を様々なゲームに持ち込み、アバターが持っている能力が加算された状態でゲームをはじめられるので、ランクの高いアバターであれば強くてニューゲームも可能と云う塩梅だった。
そしてはじめて一週間未満のアバターのみで対戦が行われるマッチングにおいて僕は一方的に負け続けてる。
その敗北は対戦者の持っているアイテムが原因だった。
エデンが何故それまでのゲームを駆逐し、それ一色に染まったのはアバターランクの他にワールドスロットと呼ばれる他のゲームからアイテムやスキルを持ち込める特徴にあった。
全く関連性の無いゲームであっても同一のアバターを引き継ぎ、他のゲームで得たスキルやアイテムをそのゲームが指定した枠数だけ持ち込めると云うシステムだ。
これによって他のゲームで得たアイテムやスキルを持ち込み、ランクの恩恵以上に強い状態でゲームをはじめる事が出来たり、全く異なるゲーム数作品のスキルの組み合わせで予想外の行動を可能にしたりとゲーマーなら真に夢が膨らむ様なシステムだったらしい。
だが、このシステムも創世記の頃はゲーム作成会社の主張が激しかった為に混沌としており、世界を破壊してしまうようなアイテム等が別のゲームで使用されたりと一時期は史上最悪のゲームシステムとまで呼ばれた時期があったらしい。
エデンを発売した会社は健全にエデンを運営して行く為にゲーム制作各社にそのガイドラインとルールを徹底させ、そこから大きく逸脱しているものはゲーム自体の配信の停止、世界凍結を行ったりしてエデンそのものが健全に運営できる様に努力してきた。
先程の対戦で勝利した相手はそんな創世時代のアイテムを装備して戦っていたのだ。
格闘ゲーム、コロッセオのワールドスロットは四つ。
この四つ枠に必中の弓、減退の矢、スキル:二回行動の三つを装備すればほとんどのゲームはゲームとして成立しなくなる。
必中の弓はその名の通り攻撃が必ず当たると云う弓、攻撃力は限りなく低いのでそれ単体では脅威にはならない。
減退の矢、命中した相手は最大ヒットポイントの半分を失うと云う命中修正マイナス九十五パーセントのアイテム、普通に利用するなら浪漫アイテムと呼ばれる類のアイテムだ。
だが必ず攻撃が当たる弓と当たったらヒットポイントの半分を奪う矢、これに二回行動のスキルを組み合わせると、どんな相手も一撃死させるクズゲーの完成である。
他にもいくら攻撃してもダメージが通らない、自分が全く動けないまま攻撃される等、一方的に負ける試合が続いている。
何故そんな一方的に負け続けるゲームばかりをやっているのか、それはエデン新規登録者のみが受けられるスタートダッシュボーナスと呼ばれるイベントに関係している。
スタートダッシュボーナスはエデンに新規登録してから一週間以内に一度だけ挑戦可能なイベントで特設のステージでに行って、スタミナが切れるまでひたすら走ると云うものだ。
特定の距離に到達するまでのタイムや、どれだけ走れたかによって貰える特典が変化すると父さんや英雄が教えてくれた。
このスタートダッシュで貰えるアイテムやスキルはエデンを遊ぶ上で非常に役立つものが多く、高位のものであれば尚更との事だ。
それ故、スタートダッシュで貰える高位のアイテムの為に新規登録のキャラはアバターランクの比較的上げ易いゲームに集まると云う訳である。
その中でもこのコロッセオと云う格闘ゲームは対戦に負けても勝利時の半分のアバターランク経験値が貰える為にスタートダッシュボーナスで高位の特典を狙う人達にとっては定番のゲームとの事だった。
だが実際に参加してみると一方的な負け試合ばかりの展開に僕のフラストレーションは爆発寸前だ。
世の中にはチートと呼ばれるデータを改ざんしてでも自分だけが満足できればそれで良いと云う輩も多い。
僕がコロッセオで何も出来ずに一方的に攻撃している輩もそういった類の人達なのだろう。
現在ゲームとして成り立たなくなるアイテムは世界固有の物品として他のゲームには持ち込めない属性が賦与されている。
だが僕が対戦しても勝てない連中はその属性を改ざんし、解除したものを道具屋と呼ばれる人達から購入して他のゲームに持ち込んでいるのだ。
道具屋とは様々なゲームで得られるアイテムやスキルを買い取り、それを求めている人に売り払う事を楽しむバイヤー達の総称である。
何故そのような人達が存在するのか、それはエデンで楽しめるゲームで遊ぶ為には月額課金もしくはタイトルの購入をしなければ遊ぶ事が出来ない事に関係している。
人気のあるアイテムやスキルを得る為に特定のゲームを購入して自ら目的のものを入手する人も多いが、それでも欲しい全てのアイテムやスキルを入手する為には多くの時間やお金が必要になる。
月額課金のタイトルなら現実のお金にして毎月三百円程、買い切りのタイトルであれば千五百円程の資金が必要である。
エデンの通貨で云えば月額課金なら三十五万クレジット強程、買い切りのものなら二百万クレジット程が必要になる。
タイトルによってはクレジットが得られないものもあるので特定のアイテムやスキルだけが欲しい場合にはそれらを持ってる人から購入した場合の方が安いなんて事も多々ある事から道具屋と呼ばれる人達が自然発生的に成り立ったのだと云うのも頷ける。
エデンと云う場所を楽しみたいのであれば戦わなければ楽しめない世界なのだと父さんや英雄は皮肉交じり教えてくれた。
多くの道具屋は正規のアイテムやスキルを商売の種にしているが、中には世界固有の物品属性を外部ツール等を使って外し、それを商売にする不正な道具屋もそれなりに存在していると云う。
そのような人達の事を裏の道具屋と呼ぶそうなのだが、チートを使う輩はそのような裏の道具屋から購入したスキルやアイテムを使ってゲームを荒らしているのだ。
そして僕はそのような輩によってこのコロッセオと云うゲームで敗北を続けているのである。
もちろんそんな行為は不正なものである為に運営からアバターの凍結や削除の対象になるが、そうなる前に稼ぐだけ稼いで他の人にアイテムやスキル、クレジットを渡して何度も新規登録を繰り返すのである。
クレジットが電子マネーとしても使用可能故の弊害とも言えなくも無いが、そう頭では理解しようとしてもやはり理不尽に負けると云うのは悔しい。
『調子はどうだ?息抜きに俺のお勧めの遊び場に一緒しないか?』
目的の為に高校に通うまでの貴重な時間にフラストレーションを溜め続ける僕の元に英雄からメッセージが入っていた。
フレンド欄を確認をすると英雄はエデンにログインしているようだった。
「話には聞いていたけど、まさかこんなに酷いとは思わなかったよ。」
英雄との回線を開き僕は開口一番で溜息混じりにそんな弱音を吐く。
「コロッセオでの洗礼はかなりキツイからなぁ。俺もスタートダッシュボーナス貰ってからは殆ど遊んでないや。」
声でしか分からないが、どうやら英雄も新規の事を思い出して苦笑しながらそんな事を言ってるようだった。
「んで、お勧めの遊び場って何さ?クレジットはそこそこあるけど、今は新しいタイトルを購入する気はないぞ。」
コロッセオでの鬱憤が溜まっているせいか英雄に対してぶっきら棒な物言いをしてしまう。
「新しいタイトル購入のお誘いじゃないさ、商業地区の八龍へ行かないか?」
「八龍?」
聞き慣れないその響きに僕は思わず聞き返す。
「何でもモデルとなったのは二十世紀後半に実際に存在していた街並みを再現したものらしい。かなり混沌とした雰囲気の場所だけど楽しい場所だぜ。」
英雄はそう説明してくれた。
混沌とした雰囲気と云うのに興味を惹かれた僕は彼の誘いを受ける事にしたのだった。
△▼△▼△▼△
英雄から八龍へ行く為の操作を聞き、その場に転送するとすぐに僕の事を見付けたらしく声を掛けて来る。
八龍の僕が抱いた第一印象は引っ繰り返した玩具箱だった。
歩くのに多少邪魔と感じる程度の人の多さ、汚れて無秩序に立ち並ぶ建物の数々に派手なネオンサイン。
頻繁に轟音を奏で建物スレスレを飛ぶ今では見る事も出来ない古い型の大型旅客機。
そして無秩序とも言える外見のアバターで着飾った人々、その姿は噴水のあった公園風の広場で見かけたロボットや派手な衣装の者達だけでなく、明らかにモンスターではないかと思わせる外見の者や多足の非人間型の者まで様々な姿のキャラが街を歩いていたのだった。
それはまるで過去の人達が想像上で描いた荒廃した未来の街並みそのものだった。
「凄いだろ、これが二十世紀後半に実際に存在していた街だって云うんだから驚きだよな。」
英雄の操るアバターであるヒロが無表情のまま大袈裟な手振りでそう僕に言う。
その声のトーンからすると自分の大好きな遊び場を伝えられた事に興奮している様子が伺える。
「なぁ、頭上の名前表示のせいでせっかくの雰囲気が台無しなんだが……」
アバターが多いのもあってせっかく荒廃した背徳的な街並みの雰囲気を壊してしまっている。
更に興を削ぐのはそれだけ人通りが多いのに全ての人の表情が固定されてしまっている事だ。
表情が乏しいのは表情を読み取る為の機器が拡張現実メガネにも仮想現実ゴーグルにも存在しない為、自身が表情に関するエモートを選択しない限り変化しない訳だから、これは仕様上どうしようもない事だった。
「確かに行く場所によっては名前の表示あるとしらけるってのは解るわ。表示消すなら設定の表示項目にあるから、それを視線表示にしておくと便利だぞ。」
言われた通りに設定の表示項目の該当部分を変更する。
すると頭上に表示されていた名前の表示が消え、自分が見た人物のみの名前が表示されるように変更された。
「確かにこりゃ良いわ。」
ちょっとした設定の変更だけで没入感がぐっと増した事に僕は少しばかり感動を覚える。
「もうひとつ聞きたいんだけど、名前の表示で色が違ってるキャラが少なからず居たけど、あれは何?」
僕や英雄、その他多くのキャラは白い文字で名前が表示されていた。
だが、店で客を相手しているキャラや街を歩いているキャラの中には青や紫で名前が表示されているキャラが居たのだ。
「あぁ、色が違うのはキャラの属性を表しているんだ。青は一般NPC、紫は販売専用NPC、その他に黄色や赤なんてのも居るが、黄色や赤は殺人をすると白から表示が変化した人達だな。」
英雄のその説明を聞き、僕は疑問を抱く。
「格闘ゲームとか相手を倒す事が目的だけど、対戦に勝つと黄色や赤になるって事?」
「そう云う目的のゲーム内でなら変化は無いけど、対人戦を主目的としていないゲームで他のキャラに攻撃したりヒットポイントをゼロにして死亡判定を与えると変化する感じだな。」
英雄は僕の疑問に対して丁寧に答えてくれた。
「ってか、コロッセオで相当ストレス溜めてるだろ?今日は八龍でそのストレスを発散しようぜ。」
そう言って英雄は雑多な街を踊る様な足取りで進みはじめた。
お読み下さり有難うございます。
作者モチベーション維持の為にも感想、御指摘等お待ちしております。