夢の中で
ライア・ヴァールハイトは夢の中で過去を見ていた。
それはずっと昔の話。
その場所は殺風景で。
暗くて。
ただ月が赤く輝いていた。
まわりには仲間がいて一体の巨大な悪魔と立ち向かっていた。
ヴァルプルギスの夜
今のなってはこの世界の歴史、そしてライアの人生を大きく左右することになる戦い。
その中で一人の魔女が、悪魔の前に立った。彼女のまわりには光が輝きだした。彼女はその後、こちらを向く。
それはただ一人、ライアに向けてのものだった。彼女はライアを見て微笑み言った。
「……い…………つ……わた…………て」
夢の中であるがためか、急に意識が薄れよく聞こえなくなっていった。そしてライアの意識は現実の世界へと戻っていった。
◇
「んん……」
ライアは目を覚ます。見てみるとそこは見たことのない天井であった。寝ている体勢であるということは分かる。
「ここ、どこ?」
「ライアさん!目覚めたんですね!」
まわりを確認する前に一人の少女の声がしてライアは振り向く。
そこには薄く赤くて長い髪、青い瞳をした少女がいた。ライアは上半身を起こし目を擦りその人物が誰だか把握する。
「あぁ、アリス」
「心配しましたよ!突然倒れたと思ったら傷だらけで……一応回復魔術で傷をふさいでから病院に連れて来ましたけど」
それはアリスことアイリスであった。アイリスはそれからあの後のことを話す。
アイリスはライアを病院に運んだ。まだ大きく体を動かしてはいけないらしいが傷はそこまで深くなく、アイリスの回復魔術で傷口はふさげたようだ。
バフォメットの死体はあの後誰かに見つかったようで噂になっているとか。
そして今はもう昼を回っていたようだ。つまりライアはあの晩から昼までずっと眠っていたらしい。我ながら無茶をしたもんだとライアは、思う。
ライアは紅茶が飲みたいと言い、アイリスに紅茶を入れてもらい飲みながら話していた。
「ふぅ……まぁ結局のところあなたにわたしは助けてもらえたったことね。ありがと」
「そんなとんでもない!むしろ私が二度もライアさんに助けてもらったんですよ。もしライアさんがいなかったら私はきっと死んでいましたから……」
アイリスはそれを聞くと大きく首を振り否定した。確かに彼女を助けたのは自分だ。だがそれとこれとは別である。
「でもあのままだったらわたしは誰かに調べられて、魔女狩りにかけられたかもしれないし、その点で言えば感謝してるよ」
ライアはいつものように、にししと微笑んだ。
「はい。それでその、ちょっと気になる事があるんですが……」
「ん?どうしたの」
アイリスは複雑そうな顔をしていた。しばらく彼女はなにも言わなかったが意を決したかのように話始めた。
「……ライアさんはほんとに大魔女……魔眼の魔女なんですか……」
「うん、そうよ」
アイリスの問いにライアはなんだそんな事かとあっさり答える。その答えの早さにアイリスはきょとんとするが、むしろそう答えたのが説得力があったのか理解を示す。
「本当なんですね。私、あまりヴァルプルギスの夜のこととか伝説の大魔女の事、よく知りませんが……魔眼の魔女の事は知ってて、まさか本人に会うなんて思いもよりませんでした」
まぁそんな事だろうとライアは思う。
300年前は良くも悪くも有名人であった。だがライアを含め大魔女たちは、それを嫌い極力正体がバレないように、旅をしたりひっそり暮らしていた。今となっては、おとぎ話のような存在と思われててもおかしくない。
「ま、バレちゃったものはしょうがないねぇ」
「でも、なんでライアさんはあの戦いですぐ、魔眼を使わなかったのですか?それを使えばこんな傷負わなかったんじゃ無いですか」
「ああ、それね……」
痛いところを突かれた、とライアは思った。確かにそうである。あの能力を使えばあの程度の相手を一瞬で倒す、なんてことは容易い。
そう、使えば。
ライアは紅茶を少し飲みそれから言った。
「使えないのよ……本来の能力が」
「どういう事ですか?」
「ヴァルプルギスの夜の事は知ってるでしょ。あの戦いの時の影響でわたし、力を具現化することが出来なくなったの。攻撃魔術も回復魔術も使えない……ただ使えるのは魔石での攻撃か実体のない幻を見せることだけ」
「そんな……」
「でもこれ、案外悪くないもんよ。相手を騙し戦う……まるで奇術みたいだしね。それにね、あの頃のただ力をぶつけてた時とは違う……相手との駆け引き、騙し合いがハラハラしてわたしは好きなの」
アイリスが悲しそうな心配そうな顔を見せるので、ライアはそれをフォローするかのように微笑み言った。アイリスはその微笑みを見て安心するがそれと同時に新たな疑問に気が付いた。
「そういえば、ライアさんはあの悪魔を探していたんですか?やっと見つけたって言ってましたけど」
「まぁねぇ。アリッサムで殺人事件が起きてるって噂を聞いて事情を知ったら悪魔の可能性があったから来たの」
「それは……大魔女としての使命ですか?」
それに対しライアは首を振った。
「そんな大層なもんじゃないのよ。これは、わたし個人でやりたいからやってるだけ。わたしはただ旅しながら奇術師をしてて、その上で問題を起こす悪魔と魔女を取り締まってるの」
彼女はただ自由に生きていただけなのだ。使命だとかそんなものではなく。ただ個人的な目的で。
そんなこんなでしばらくベッドの上でお茶をしていたライアだったが、突然起き上がり立つ。
「さてと、そろそろ行こうかな」
「あ、まだ駄目ですよ。安静にしてないと」
「大丈夫だって、これくらいの傷なら」
ライアは平気といった顔で腕を回す。実際には少し痛むが支障が出るほどではないので嘘は言ってない。
「アリスも念のため今日中にこの街を出ていった方がいいよ。長居したら面倒なことになりそうだし」
「はい……そうですね」
アイリスはなぜか少し残念そうな、寂しそうな顔をしていた。
彼女たちはそのまま病院を後にすることにした。