暗闇に潜むもの
空は暗く、もう夜だ。アイリス・フルテミアは今、宿屋にいる。
ライアとはあの後別れ、アイリスは宿屋に行き食事ももう済ました。アイリスは机に座り、ろうそくの明かりをたよりに羽ペンを使って日記を書いている。彼女にとって夜に日記をつけるのは日課になっていた。
アイリスは今日あった出来事を思い出しながら日記を書く。アリッサムに来て、いきなり魔女狩りにあったが、ライアのおかげでどうにか助かり、奇術を見たり、今日だけでいろいろな事があった。
「大変な一日だったなぁ……」
一日だけでこんな事になるなんて思いもよらなかった。怖かったりもしたがその分楽しかったりもした。助かったのも楽しかったのもあの幻術を使う魔女ライアのおかげだろう。
彼女といたらもっと素敵な事が起こるのではと思ったりもする。
そんな感じで、今日あった事を紙に書き終える。そこには達筆な文字が書かれていた。アイリスは幼い頃から文字の書き方を教わっていて、字の綺麗さなら自信があった。
「寝る前にトイレに行っておこう」
そう言ってアイリスは立ち上がり、ろうそくをもって部屋を出る。ここは二階でトイレは一階にあるため少し距離がある。もう夜なのもありまわりはシーンとしていた。
◇
一階に行きトイレを済ませアイリスは部屋へ戻ろうとする。ふと、まわりを見渡すと明かりのついている場所があった。宿と一緒になって経営している酒場だ。
だが、その酒場はなにかがおかしかった。食事の時は人がたくさんいて賑やかであったのだが今は静かでその騒がしさがない。明かりが付いているなら誰かいるはずだと言うのにその静けさに違和感を覚える。
するとグチャリ……グチャリ……と酒場の方から聞こえてきた。その音がなんなのかは分からない。ただ胸騒ぎがする。なにか不吉で嫌な予感がした。
だがアイリスはその音が気になり恐る恐る酒場の方へ足を忍ばせる。
ゆっくり……。
ゆっくりと……。
音を立てずに……。
気付かれないように……。
「……ッ!!」
そしてアイリスは見てしまった。
その光景を。
無惨に血まみれになった複数の人間の死体を。
そして……それを喰らいついている人間を。
さっきまで酒場にいた人たちが見るも無惨に、腹を切られ腸が飛び出て、見ているこっちが痛々しく思えるくらいに。昼のを除けば人の死体をちゃんと見るのははじめてであった。しかもこんな残酷な姿を見ることになるなんて。
気持ち悪い。
吐き気がする。
それ以上にさっきから震えが止まらない。
なぜならばまだ、この光景を作り上げた人物はそこにいるからだ。その人物はまだこちらには気付いてない。死体から飛び出ている腸を喰らい右手には腹を切るために使ったであろう血まみれのナイフを握っている。そしてその人物は黒いローブを着ていた。
ガシャンッ!!
アイリスはろうそく立てを落としてしまいその音が床に響いた。
その人物の恐ろしさに思わず落としてしまったのだ。アイリスは気付いてしまった。その人物が誰なのか。
「おやおや。自分から来るとは思わなかったよ、魔女のお嬢ちゃん」
その人物は自分を騙し魔女狩りにかけたあの占い師だった。占い師の口からは喰らっていた死体の血が垂れていた。
「なんで、なんであなたがっ……」
「ちょうど昼間に偶然お嬢ちゃんを見たからねえ。殺されたはずなのに生きていたなんて驚いたよ。魔女がいるとこっちも都合が悪いんでね、私自ら殺してやろう」
占い師は不気味な顔でこちらを睨み付ける。恐らくこの占い師がこの街で起こってる連続殺人の犯人だ。夜に臓器を喰らい殺害する。手口は一緒であるのだから。
占い師はゆっくりと包丁を握りしめ不気味な笑みを見せ近づいてくる。
「いやっ……」
アイリスは心臓がバクバクしている。まさかたった一日で、二回も死の危険が訪れるなんて誰が思うだろうか。
体の震えが止まらない。
息が苦しい。
体が熱くなっていく。
だがここで止めなければ確実に自分は殺される。
今度こそ絶対に。
アイリスは右手をまっすぐ相手に向ける。
その右手に一点に精神を、魔力を集中させ魔術を放つ。
「来ないでっ!!」
そして手から火の玉が放たれる。
だがそれは相手に向かうどころか天井を突き破り空へと上がる。
「な、なんで……」
「クククッ……どこを狙っているんだ」
占い師は一瞬ビックリしたが火の玉が思わぬ方向へ放たれたのを見て思わず笑う。魔女は精神が不安定になると魔術のコントロールと威力も不安定になり思うように発動出来なくなる。こんな危機的状況ではアイリスの精神じゃ上手く魔術は使えないのだ。
もうアイリスに残された方法はただ一つだった。
その場から逃げること。アイリスはすぐさま酒場を出て外へと必死に走り出す。
もちろん男はそれを逃がすはずもなく追ってくる。
それでもアイリスは必死に全力を出して走った。
先程まで精神が不安定で息も苦しかったが、今の状況ではそんなことはいってられない。なにがあろうとただ、逃げなくてはいけない。
息が苦しくても足が悲鳴を上げても、とにかく逃げなくちゃいけない。
「きゃっ!!」
だが突然アイリスは足を挫いて転倒してしまう。
膝の皮が擦りむけ血がにじみ出る。
だがそんなこと構ってられない。
構ってられないのに。
もう体は限界であった。
息は過呼吸になり苦しく足は膝が擦りむけたのが重なって動けなかった。
もう、絶望しかなかった。
今助けを呼んだところで来ても間に合わないだろう。男はアイリスを追い詰め二人の距離は近づいていった。
「もうここまでのようだな。クククッ……絶望の中で永遠の死を味わうがいい!!」
男はナイフを構えアイリスに切りつけようとする。
「それはどうかな」
そのとき男の足元には小さな爆発が起こった。
「なんだこれは!!」
男はその爆発をギリギリ回避し叫ぶ。もちろん、これはアイリスがやったことではない。
他の誰かの仕業である。爆発によって巻き起こされた煙が消え去ると一つの人物が姿を現す。
「まったく、やっと見つけた」
「ッ?!」
月の光でもアイリスは分かる。その髪色が、瞳が、姿が。
その人物をアイリスは知っていた。
その人物にアイリスは一度助けられた。
そしてその人物にアイリスはまた助けられたのだ。
「ライアさん!!」
「また会ったねぇアリス」
ライアはアイリスの方を見てにっこりと微笑む。次に男の方を見る。
「で、噂の占い師さん。いや、めんどくさいから単刀直入に聞くわ。あんた悪魔よね?」
ライアは男を睨み付ける。
「ふんっ。人を悪魔呼ばわりなんぞ失礼だな」
「殺人鬼の時点で悪魔と変わらないと思うんだけど」
傲慢な態度の男にライアは呆れたかのように溜め息をつく。
「まず第一に、錬金術で出来たであろう水晶を人間が持ってるのがおかしいと思ったのよ。それであんたがいつここに来たのか調べたら、ちょうどこの事件が始まった日からあまり大差がないって分かったわけ。殺し方は悪魔の手口、でも悪魔の姿を見かけたものはいない。つまりあんた、人間に化けられる上位の悪魔でしょ」
ライアはきっぱりと言った。確かにライアの推理が本当ならば説得力があった。
悪魔には上位悪魔と下位悪魔がいる。下位悪魔は名前の通り上位悪魔より弱く人の言葉を話したりはしない。だが上位の悪魔は知能が高く人の言葉を話せ人に化ける事だって出来ると言われていた。
「魔女狩りをしてたのも魔女に邪魔されないように、そして魔女狩りをすることで信頼を経て、自分が殺人鬼だと疑われないようにするためよね」
「ほう……そうだとしてどうして私の場所が分かったのだ」
「それはねぇ、ぶっちゃけわたしも分からなかったわ。だから明日探そうかと思ったけど、偶然空に火の魔術が撃ち上がってね、もしかしたらって思ったのよ」
空に上がった火の魔術。それはアイリスがコントロールを間違え撃った魔術のことだろう。上に撃ったのはあながち間違いではなかったのかもしれない。
「クククッ……」
男はライアの推理を聞いて不気味に笑った。
「確かに私は悪魔だ。だがそれがどうしたという……バレたからと言って立ち退く私ではない!いいだろう、私の本来の姿を見せてやろう」
瞬間、男のまわりには黒いオーラが禍々しく現れる。すごく邪悪で凶悪なオーラが漂う。そのオーラが男を包み込むと思うと一気にそれが放出され視界が見えなくなる。
再び視界が見えるようになると男の姿はまったく別のものに変わっていた。
その大きさは先程の男の倍以上の高さで強靭な肉体、鋭く尖った爪、そして山羊のような頭が特徴的だった。
「我が名はバフォメット……悪魔として貴様ら魔女を殺すとしよう!!」