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生ける人形

「ライアさん!?」

 

 アイリスは叫ぶ。いったい何が起こったのか理解が出来ない。

 メアリが人形を差し出した瞬間、ライアの動きは止まったのだ。

 その人形をよく見ると、それは不思議なことにライアそっくりの形をしていた。小さいものの、指や髪も丁寧に、細かく再現されている。

 なぜ彼女がそんなものを……。

 

「どうなってんの……」

「わたくしはもとから《死霊人形(ネクロ・パペット)》で、あなたを殺すつもりは無かったですの。……わたくしのもう一つの固有魔術こそ、あなたさまたち大魔女を、殺せると確信してたのですわ」

「もう一つ!?」

 

 アイリスはその言葉を疑いたくなる。

 固有魔術は魔女につき一つなどという制限はない。

 だが固有魔術を覚えられる魔女というのは基本、体質か熟練された結果のものだ。

 一つ覚えるのすら困難だというのに、彼女は二つも、固有魔術を持っていると言う。

 

「そうですわ……この《生ける人形(リビング・ドール)》こそ、あなたさまを殺すための能力。あなたさまはもう、わたくしの操り人形でありますの」

 

 彼女のもう一つの固有魔術の正体はその人形自体だったようだ。

 

「そんな馬鹿な! 近寄っただけでそんな事ができると言うの!?」

「半分は正解ですわ。でも、もう半分は……これですの」

 

 彼女はそう言って、鞄からなにかを取り出す。薄く黄色くて細い、糸のようなもの……いや髪の毛だ。

 その髪色の人物はここに一人しかいない。

 

「わたしの髪の毛!?」

 

 メアリはなぜか、ライアの髪の毛を持っていたのだった。 

 

「《生ける人形(リビング・ドール)》はこの人形に、操りたい人間の体の一部を入れることで発動しますの。あなたさまが血を流さないので、昨日の男ほど操れませんがそれでも十分」

 

 メアリは言った。昨日ライアが言っていた無惨な死を遂げた男は、この能力によって操られ殺されたと言うことか。

 

「つまりあの死体たちは、わたしを殺すのではなく、最初からわたしの体の一部を取ろうとしてたっての……」

 

 ライアの推測でアイリスも理解する。

 あの死体たちの目的は、最初からライアの体の一部を採取することだったのだ。

 攻撃をしかけライアの気付かぬうちに、髪の毛を手に入れた死体はメアリの元へと髪の毛を渡した。

 先ほど死体たちを魔術陣から発生させたというのを考えると、死体を転移させることも可能ならば、この方法は不可能ではない。

 

「ウフフ……まあ、もういいではありませんの。あなたはもうわたくしの人形。たっぷり可愛がってあげますわ」

 

 メアリは相変わらず不気味な笑みを見せ続けていたが、ついにライアの姿をした人形を動かしはじめた。

 メアリは人形の右腕を掴み挙げる。すると硬直していたライアも、同じ早さで、同じ角度で、右腕を挙げた。

 その光景はまさに、メアリの思うがままに動く、生きた操り人形だ。

 

「それでは、まず指から……」

 

 メアリは嬉々として、人形の挙げた右手の中指を、本来の人間ならば曲がるはずのない方向へと曲げる。

 それは操り人形となったライアも同じであった。

 バキィッ!と骨が折れる鋭い音が響く。

 

「くっ……」

 

 ライアの右手の中指は人形と同じく、あり得ない方向へと曲がった。

 それは音からして、どれだけの苦痛かが想像でき見てるこっちも恐ろしい。

 だがそんな痛みでありながらもライアは悲鳴を上げたりはしない。辛そうながらもその痛みを耐えているようだった。

 

「ウフフ……耐えますのね。悲鳴を上げてもよろしいのですよ。それくらいは許しますわ」

「いいなりになんて、ならないっての……」

 

 それがライアができる精一杯の抵抗。

 だがそれをメアリは気にくわず、ため息をつきごみを見るような目で見た。

 

「生意気ですわね。遠回しに悲鳴を聞かせてと言ってますのに……これはおしおきが必要ですわね!」

 

 そしてメアリは人形の右腕をおもいっきりねじ曲げはじめた。

 ライアの右腕からさっきの比にならない、鋭い音が響き渡る。木が燃えてるかのようにバキバキと連続に。

 ライアの右腕はあり得ないくらいにねじり曲がっていた。

 

「くっ……うっ……ぐああぁぁっ……!」

 

 そのあまりの痛さにライアもついに悲鳴を漏らす。


「アハハハッ! ついに、ついに悲鳴をあげましたわね! わたくしは《魔眼の魔女》を! 大魔女を! 屈服させたんですわ!」


 メアリは狂ったように口を大きく開けて叫ぶ。

 アイリスはその光景に見てもいられず、叫ぼうとした。

   

「ラ「喋っちゃ駄目!」」

 

 だがそれは耳元から囁く、ライアの幻聴によって阻止された。

 その声が聞こえたのか否か、メアリはアイリスの方を向く。

 

「そういえばあの一緒にいた娘はどこに行ったのですの……?」

 

 目の前にいるというのにメアリはきづかない。

 それでアイリスは今、自分がどうなっているのかを理解した。

 アイリスの姿は薄く透き通っていた。

 ライアの幻術によってメアリには、認識されていなかったのだ。


「アリスは逃げて……もうわたしの幻術も……限界が来てる。誤魔化しが……効かないわ……」

 

 その声は微かに聞こえる声で、今にも消えそうだった。

 操られても尚、彼女は幻術を使ってアイリスを逃がそうとしたのだ。

 放っておいてもあと少しで、ライアの幻術は解かれるだろう。

 

 その時メアリはハッとした表情をした。

 アイリスがいなくなった理由にやっと気付いたのだ。

 

「ッ! あなたさま、まだ幻術が使えるのですわね!? ここであの娘に、《破滅の魔女》を呼ばれるのは厄介ですわ!」

 

 ライアが幻術を使ってるのに気づき、アイリスに逃げられるのは厄介だと思ったメアリは、人形を叩きつけた。

 そしてそのまま足でぐりぐりと人形を踏みつける。

 

 それは当然、ライアの体にも影響を受ける。

 叩きつけられるように地面に這いつくばり、踏みつけられるかのように体全体が押し潰されるようであった。

 

「があぁっ!」

「早く幻術を解きなさい! さもなければ、死ぬのが早くなるだけですわよ!」

 

 メアリは何度も何度も、人形を踏みつける。

 その衝撃がライアへと伝わり、苦痛が走る。踏みつけられることにより、服はぼろぼろになり血もにじみ出てきた。

 この繰り返しによりライアはついにガクリと顔を地面につける。

 まだ死んではいない。だが、これで幻術は完全に解けた。

  

「これだけやれば幻術も解けたでしょう……あら?」

 

 メアリはライアが幻術を解いたと確信するとまわりを見渡す。

 だがアイリスらしき姿はどこにもない。

 

「一歩遅かったようですわね……こうなるなら目のある《死霊人形(ネクロ・パペット)》を残しておくべきでしたわ」

 

 アイリスはどうにか幻術が解かれる前にこの場から離れることができた。

 

 と言うわけではない。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 アイリスはそこから遠くには離れてなかった。

 ちょうどメアリには見えない、建物の物陰で息を忍ばせていた。

 アイリスの心臓はバクバクしていた。

 見つからないよう隠れることはできたがここからどうするべきか。

 メアリが言ったようにここから離れ、マリーを呼ぶのが安全だし最前だろう。

 いくら彼女でも、仲間の危機と知れば動かないはずがない。

 しかしそんなことする余裕は無さそうだった。

 

「あなたさまと、もっと遊びたかったですのに……仕方ありませんわ。あなたさまを早く殺して、今日は去ることにしましょう」

   

 マリーが来るのを恐れたメアリは、ライアをすぐさま殺すことに変更したようだった。

 気付かれないようにアイリスはメアリのいる方を少し覗く。

 メアリは地面に叩きつけた人形を手に取っていた。

 いつでも殺せる。そんな状況であった。

 

 アイリスはどうすればいいか。

 もうマリーのところまで行き、助けを呼ぶ暇はない。

 だったらもう、自分だけ逃げるしかないのか。

 ライアに気をとられてる今ならこの場から逃げるのは簡単である。

 

 それが一番良い手段。ライア自身もおそらくそれを望んでいる。

 

 ……だが。

 

「やらなきゃ……」

 

 アイリスは杖を握りしめ小さく言った。

 今、彼女を助けられる可能性があるならばそれはアイリスしかいない。

 もうアイリスがやるしかなかったのだ。

 

 ライアはアイリスを何度も助けてくれた。

 さっきだってライアはアイリスを逃がそうとしてくれたのだ。

 その彼女に今、死の危機が迫っている。

 ならば今度は自分が助ける番だ。

 

 ライアを救うにはとにかく、あの人形をメアリの手から離さなければいけない。

 彼女が人形に触れているときだけ、ライアの体が操られていたのだ。

 つまり魔力を人形に流し込み、動かしていると考えられる。

 手から離す事ができれば、ライアは再び自由に動ける。

 

 だがしかし、自分にはなにができる?

 アイリスは所詮、初級魔術を撃つ。

 それしかできない。

 たった一発命中したところで、致命傷にはならないし、人形を手から離すこともできないだろう。

 

 でも……初級魔術だとしても、隙なく連続して放てばどうだろうか。

 アイリスはマリーの言ってたことを思い出す。

 杖を小刻みに動かし、魔術を連続させて発動させる技術。

 一発の攻撃は弱い、でもそれが無数であるならば、それは上級魔術にも匹敵する。

 

 それを使うしかもう方法はない。

 アイリスは決意する。

 少し練習はしていたが、まだあの技術は使いこなせるわけではない。

 威力は弱いし命中も低い。

 それでもなお、やるしかないのだ。

 

 精神を集中させる。

 杖の先端に魔力をためる。

 呼吸を整え気持ちを落ち着かせる。

 その後、タイミングをはかる。

 メアリから人形を手放すのに一番いいタイミングを観察する。

 

「それではやりましょうか……」

 

 メアリはそう言って鞄の中から何かを取り出そうとしていた。

 おそらくはナイフ。それで人形を切断しライアを殺すつもりだ。

 

 もう時間はない。

 だがこのタイミングが、一番アイリスにとって、待っていたタイミングだったのだ。

 メアリは今ナイフ探しているためすぐにはこちらに気付かない。

 そして重要なのは今、彼女は人形を片手で持っているということだった。

 

 やるならば今だ!

 

 アイリスはメアリのいる方へと飛び出した。

 杖を両手で強く握りしめ、そして魔術を発動させる。

 

「お願い……当たってっ……!」

 

 杖の先から風の玉が無数に、バラバラな方向に放出させられた。

 強風を吹かせ、その力でメアリから人形を手放す作戦だ。

 威力が弱くてもいい。

 命中がバラバラでもいい。

 ただ無数に撃つ。

 それだけで後は、運に賭けた。

 人形を手離すことが先か、アイリスの魔力が尽きるのが先か。

 

「これは!? な、なんですのこの風は!?」

 

 メアリもこの風の魔術に気付き動きを止めた。

 無数の風の玉が、彼女のまわりに向かっていく。途中から方向がバラバラで上手く彼女に当たるのは少ない。

 それでアイリスはよかった。

 

 アイリスは全魔力を放出させるつもりで放ち続けた。

 練習をしたことではじめよりも上手く放ち続ける事ができた。

 あの時は片手で杖を持っていたため、小刻みに動かした時杖を離してしまった。

 だから今度は両手でがっしりと持ち、小刻みに動かし続ける。

 

 その風の玉を無数に発動することにより、確実にメアリを追い詰める事ができた。

 風の影響で人形は激しく揺れる。

 

 そして。

 

「ああ!? 《生ける人形(リビング・ドール)》が!」

 

 人形はメアリの手を離れ、空へと舞った。

 人形はそのまま空高く飛び森の方へと落ちていった。

 今から人形を探すのは困難だろう。

  

「やった!? これでライアさんが元に……!」

 

 不安はあった。

 本当に成功するかは分からない。

 これは賭けだった。

 実力だけでどうにかなるものではなかった。

 そしてその賭けに、アイリスは勝ったのだ。

 

 でもこれからが本当の勝負かもしれない。

 メアリはアイリスの方を見て睨み付けた。

 

「一度ならず二度までも……わたくしをコケにしてくれましたね……《死霊人形(ネクロ・パペット)》! あの娘を殺しなさい!」

 

 今まで動かずにいた死体が動き始め、アイリスの方へと走ってくる。

 ここからどうやってライアとこの場から逃げるか。

 そもそも逃げられるのか。

 

 とにかくアイリスは死体に対抗するべく魔術を放とうとする。

 だが……。

 

「うっ……!」

 

 アイリスの手から血が飛び出る。

 アイリスはさっきの魔術で魔力が底をついていたようだ。

 魔力が足りないため体内の魔血球が暴走し、血管が破裂した。

 

「もう魔力切れですのね! ウフフ……そのまま死になさい!」

 

 メアリはただ笑い続けた。

 完全に自分が勝利したと確信していた。

 死体たちがこちらへと向かってくる。

 やっと掴み取れたと思った希望。

 それもここまでなのか。

 

 だが突然。

 

 死体の動きは止まった。

 そしてそのまま、死体たちは力を失ったかのように倒れた。

 

「なっ……」

 

 メアリが言葉を失う。

 でもそれは死体の動きが止まったからではない。

 いつの間にか自分が縄で、体全体をきつく縛られていたからだ。

 

 アイリスは目を大きく見開いた。

 これが出来るのは彼女しかいない。

 こんな状況で自分を助けてくれるのは彼女しかいない。

 メアリの背後には一人の人物がいた。

  

「ありがとアリス。連れてきて正解だったわ……わたし一人じゃ、きっと死んでたよ」

「ら、ライアさんっ……!」

 

 紛れもなくそれは《魔眼の魔女》ライアだった。

 ライアは左手と折れた右腕の代わりに口を使い縄でメアリをきつく縛り続ける。

 

「な、なぜですの……あんなにボロボロにしたというのに……すぐに動けるはずが」

「それが全部フリだったらどうする?」

「どういうことですの……」

「まだ幻術を使える余裕も、抵抗する余裕もあった。でもあえて、そういうフリをしてたってわけ。どのみちわたしがどう足掻こうが、変わんないしねぇ」 

 

 にししとライアは笑った。

 あれは演技だったということか。

 逃げろと、耳で囁いたときのも全部。

  

「馬鹿じゃないですの……なんの得があってそんなことを」

「現に今、そうじゃないの。わたしはこうなることを見据えてた。アリスがわたしを助けてくれるって信じてた」

「……っ!?」

 

 ライアがそんな事言うなど、アイリスは考えてもいなかった。

 ライアがここまで先を考えて行動をしていたということももちろん凄い。

 でもそれ以上に彼女は、初級魔術しか使えないアイリスが自分を助けてくれると信じたのだ。

 彼女もまた賭けたのだ。

 アイリスを信頼してあえてボロボロなフリをしていたと言うのだ。

 

 ライアはさらに縄をきつく縛りあげる。

 完全に魔術を使えなくするように。

 血の流れを止めるつもりで。

 

「動けさえすればこっちのもんよ! 悪魔教の魔女メアリ! わたしは一瞬で、あんたの動きを封じられる!」

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