大魔女マリー
「この人が《破滅の魔女》……」
自分を大魔女だと名乗る女の子、マリーを見てアイリスは唖然としていた。どうみても自分より幼い女の子。それが大魔女だと、誰が思うだろうか。
「ま、普通わかんないよねぇ。子供にしか見えないもの」
「うるせぇほっとけッ!」
ライアはクスクスと笑ながら言い、それに対してマリーは歯を食いしばり怒る。マリーはその後すぐさまアイリスの方を見て睨み付ける。
「で、そいつは誰だよ」
「すみません! 紹介が遅れました。私ライアさんの旅に同行させてもらうことになったアイリス・フルテミアです。よろしくお願いします」
「ふーん……」
マリーの眼差しにアイリスはびくびくしながらも言う。マリーはしばらく睨み付けるような目で、アイリスのことをじろじろ見続けた。
「珍しいこともあるんだな。お前が弟子を取るなんて」
「弟子ってわけじゃないけどねぇ。いろいろあって一緒に旅することになったのよ」
マリーはライアに顔を合わせて言う。背が小さいこともあり自然とマリーは顔を上に向けていた。やはりどうみても子供にしか見えないが、それを言うのは怖いのでしない。
その後マリーは一歩下がり、腕を組んで二人に言った。
「まぁわかんねぇけど、こんな時間に来たってことは今日は泊まってくんだろ? とりあえず中にはいれ。話はそれからだ」
マリーの言うがままに、二人は建物の中へと入っていった。
そして一つの部屋に案内される。そこは鮮やかなじゅうたんが敷かれており、ソファーやテーブルなどそこそこ豪華な部屋であった。
ライアとアイリスは隣り合わせにマリーと向かい合わせるように座る。
「で、なんの用できたんだよ」
マリーは不満げに右手で髪をくるくる弄りながら言った。
そんなマリーには目もくれずライアはまわりを見渡した。
「話すにしてもここはお茶の一つくらい出さないの?」
「客の分際で偉そうなこと言うなッ。今、弟子に用意させてる」
ただでさえ不機嫌そうなマリーに対し、ライアは追い討ちをかける。だが互いに互いのことを分かっているのか、それ以上悪化する事はなかった。
「ま、いいわ。じゃあ本題ね。数日だけでいいからアリスに魔術の鍛練をしてほしいのよ」
「こいつをか?」
「そ、この子初級魔術しか使えないみたいでねぇ。今後伸び代があるかどうか見てほしいのよ。わたしが教えるよりあんたの方が向いてるでしょ、こういうの」
どうやらライアがここにつれてきた理由はそう言うことだったらしい。
大魔女から魔術を教えてもらえるなど思ってもいなかったことだし光栄ではある。しかしこの不満げな態度を取る彼女が果たして、その願いを聞き入れてくれるのだろうか。
「ちっ……たく、勝手に来て勝手に決めやがって……」
マリーは舌打ちをしてアイリスの方を見た。また睨み付けられると思ったが特にそんな感じはせず、その後ため息をしてライアの方を向き言った。
「まあいいぜ、数日間なら。弟子が一人増えるのと変わんねぇし」
そのとたんアイリスはホッとした。思ったよりそこまで怖い人ではないのかもしれないと思えた。
「あ、ありがとうございましゅっ!あの、こ、これからお世話になります!」
マリーに対して感謝の気持ちを述べようとしたが、思わず噛んでしまった。それに気づいてアイリスは顔を真っ赤にする。
「お前……ライアと行動するなら今後気を付けろよ。こいつはしょっちゅう人を騙す嘘つきだ」
マリーは特にそれを気にせずアイリスに対して忠告をした。
「嘘つきだなんて失敬ねぇ。わたしは本当の事しか言ってないつもりだけど」
「お前はいちいち紛らわしいんだよ。大事なことはちゃんと言わねぇじゃねえか!」
二人が会話をしているとき、ちょうどコンコンと扉が叩かれた。
「失礼いたしますです」
その声と同時に一人の少女が入ってきた。マリーと同じように帽子を被った、水色のショートヘアの女の子だった。
お盆を両手で持っておりそこにはお茶があった。
「マリーさまお茶を持ってきやがりました」
「悪いなソーラ」
ソーラと呼ばれた少女はお茶をライアたちに差し出す。
「いえ、これも弟子の務めでやがります。お客様……ライアさま、それとこの方は……?」
ソーラはアイリスの方を見てきょとんとした顔をする。
「あぁ、紹介する。しばらく、お前たちと一緒に授業を受けることになったアイリスだ。いろいろ面倒みてやってくれ」
「そうでやがりましたか。わたしはマリーさまの一番弟子、ソーラでございますです。アイリスさん、よろしくでやがります」
ソーラはそう言ってペコリとお辞儀をした。その独特なしゃべり方にアイリスは戸惑い苦笑した。
「あ、はい。どうも……」
◇
マリーとの話が終わったあと、二人はソーラにより客用の寝室へと案内をされた。
「ふう……」
アイリスはベッドに座り息を吐く。今日は長時間、箒を飛んだこともあり昨日程でないにしろ疲労が見られた。
ライアは隣り合わせのもう一つのベッドに同じく座り、アイリスの顔を見た。
「疲れた?」
「まあ、はい。でも鍛練ですか……。私、初級魔術はすぐ覚えましたが、それ以上は使えないんです……。そんな私にこれ以上伸び代はあるんでしょうか?」
アイリスは思ってたことを言う。上級魔術を使うのにずっと努力をしていたが、いくら頑張っても使えないのは事実だ。結局のところ才能なんだとアイリスは思っていた。
「大丈夫。それをどうするかが、今回の目的よ。マリーは口は悪いし短気だけど、人を見る才能はあるから……それだけは信頼できる」
ライアは自信に満ちたように、確信してるかのように言った。さっきは喧嘩してるかのような雰囲気もあったが、信頼してるからこそなのだろうか。そんな二人をアイリスは少し微笑ましく思った。
「やっぱり大魔女の皆さんって仲がいいんですね」
「そんなことないない。わたし含めてみんな自分勝手。普段は仲が良いって言えるほどでもないね」
そう言ってはライアは立ち上がる。
「ただま、戦いになったら別だけどね。互いに、互いのやることを先読みする……そういうところは心の奥で繋がってるのかもね」
「そういえば他の二人は、今どうしてるんですか?」
「どうだろねぇ。ルーチアは人間の村で暮らしてるだろうけど。レヴィはわたしのように旅してるから滅多に会わないねぇ。あとは……いや、なんでもないや」
ライアは話している途中で複雑そうな顔をし話をやめた。もう少し詳しく知りたかったがおそらく、ルーチアとレヴィ、それが残り二人の大魔女《祝福の魔女》と《宝庫の魔女》なのだろう。
しばらくしてアイリスは眠くなり目を擦る。だが眠る前にいつもの日課をやらなくてはならなかった。
「なにしてんの?」
「日記ですよ。毎日、その日あったことをまとめているんです」
本を取りだし羽ペンで日記を書いていたアイリスの横で、覗くようにライアが言った。
「へぇ~まめだねぇ。わたしじゃすぐに飽きちゃうかも」
「私は小さい頃からの日課なので慣れてますよ。この日記を見ると、その日会ったことを思い出せるんです。そして、いつかお母様たちに私の思い出を……あ」
すらすらと文字を書いてたアイリスだがしまった。つい口走ってしまったと慌てて口を押さえる。それを見たライアは首を傾げた。
「うん? お母さんたちとは別に住んでたの?」
「ええと、その……はい。少し前までお母様の友人の家で暮らしてました……」
「そっか。それ以上は言わなくていいよ」
焦るアイリスの表情を見てか否か、ライアはそれ以上何も言わなかった。
この事は誰にも話さないようにしていた事なので助かったが、これで気まずくなった感じがした。
その後日記を書き終えたアイリスはそれをしまってベッドに潜った。
「それじゃ火消すよ、おやすみ」
「はい。おやすみなさい」
ふーっとライアはろうそくの火を消しあたりは真っ暗になった。
明日から魔術の鍛練が始まる。
大魔女から教わると言うのは貴重な経験になるだろう。それでどう変わるかは分からないが期待を胸にアイリスは眠りについた。




