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幻影の空

「《破滅の魔女》……それって大魔女の一人ですよね!?」

 

 その言葉を聞いたアイリスは目を見開く。

 

 《破滅の魔女》

 黒魔術のエキスパートと言われており、ライアと同じ大魔女の一人である。

その恐ろしさは、山を破壊しただの島一つを消滅させただのいろんな噂になっているほどだ。

 いくらライアが一緒とは言え、少し不安がある。

 

「うんそそ。あ、もしかしてまだ、わたしが大魔女じゃないと疑ってんの~?」

 

 ライアはそんなアイリスに対して、まじまじと目線を合わせて言った。

 

「そういうわけじゃないですよっ。ただ噂くらいしか私は知らなかったので……。どういう方なんですか?」 

「それはねぇ……実際みた方が早いって」

 

 どんな人物なのか、噂は本当なのか気になったが、ライアはそれ以上は教えてくれなかった。

 

 その後ライアは、荷物の中から地図を取り出してきた。この世界の大陸全てを把握している地図であった。

 そこから、今いる場所を把握して《破滅の魔女》がいる場所を確認する。

 《破滅の魔女》はどうやら今いる場所からずっと東の方へいるらしい。そこまで遠い場所ではないようで、箒で飛べば今日中に着きそうだった。

 

「ねぇアリス、あなた箒二人乗りでも扱える? 今わたし箒乗れないのよ」

「え? まぁ、はい。出来ないこともないですけど……。でもその前に私今、箒持ってませんよ」

 

 ヴァルプルギスの夜の戦いで本来の力を失ったと言っていたが、まさか魔女の移動手段である箒の浮遊魔術までも使えないとはアイリスは思っていなかった。

 だがアイリスは現在、箒を持っていない。箒を持ち歩くと言うことは、魔女だと言う事を言ってるようなものである。

 なのでアッサムに入る前に、箒は処分していた。だからどこかで購入するか、代用できるものを使用するしかない。

 

 するとライアは背後から、いきなりなにかを取り出した。それは箒だった。

 

「それなら大丈夫、ここにあるから」

「いつの間にっ!?」 

 

 気付かない間にライアが箒を持っていたことにアイリスは驚く。いったい何処に隠していたのかは謎だが、とりあえずこれで今日中に到着することができる。

 

 アイリスはライアの持っていた箒を手に取る。棒状の部分は硬く、ひんやり冷たかった。ちょっと違和感を感じたが、大魔女の持っている箒だから、材質が普通のと違ったりするのだろうか。

 

 アイリスは不思議に思いながらも箒に跨がる。その後ろに続いてライアが跨がると思ったが、彼女は跨ぐのではなく箒を横に座るように体重を掛けた。

 この乗り方で一人で乗る魔女もいるにはいるが、慣れてないと危険で落っこちる可能性もあった。ライアならばそんな心配はないだろうが、その乗り方で一度落ちそうになったアイリスは気が気でない。

 

「そんじゃ行こっか。わたしの言う通りの方へ向かって」

「はい」

 

 アイリスは返事をして、空を飛ぶ準備をする。箒を両手でぎゅっと握りしめ魔力を流し込む。

 すると徐々に足が地上から離れていった。魔女が魔術を使う上で、必ずと言って教えられる箒を使った浮遊魔術。これが使えるようになってやっと、一人前の魔女と認められると言われてもいる。

 

 アイリスたちはだんだん空高く上がっていき、森の全体を見渡せる高さになっていった。あたり一面が緑に囲まれていた。

 その後ライアが地図を見て場所を確認しながら指示を出し、アイリスはそれにしたがってその方向へと飛ぶ。

 風が強く当たり髪や服が揺れる。その風は心地よくも感じた。アイリスはこの感覚が空を飛ぶのが好きであった。


「しかしま、華がないねぇこの景色も」

 

 しばらく地図を見てたであろうライアだが、飽きたのかアイリスにそう言ってきた。

 

「そうですか? 私はあまり広い場所を飛んだ事ないんで新鮮ですよ」

「じゃあ、わたしは慣れちゃったからそう感じるだけかな」

 

 確かにまわりには木々だけそれ以外なにもない。それでもアイリスはこの景色を楽しんでいたが、何百年も生きているライアにとっては見飽きたものなのだろうか。 


「そうだ。どうせ場所はわかるしこうしちゃえ」

 

 なにかを思い付いたのかライアは指をぱちんと鳴らす。

 すると不思議なことに、緑一色だった周囲がなんと綺麗な花畑へと変わっていた。

 

「ふぇっ!? な、な、なんですかこれッ」

 

 アイリスは突然の事に驚き、顔をライアの方へ向けた。彼女の顔を見ると自慢げな表情をしていてそして言った。

 

「わたしの幻影よ。どう? ビックリした?」

「はい、凄く綺麗です……。幻術ってこういうことにも使えるんですね」

 

 その幻影は確かに綺麗であった。幻術と言うのは本来、ただ相手を騙すため引っ掛けるために用いるものである。だがこんな使い方も出来るのだと、アイリスははじめて知った。

 

「まあね……。わたしにとっては、これが本来の使い方にしたいの。ただ騙すんじゃなくて、相手を笑顔にするようなそんな騙しをしたいのよ」

 

 いつになく落ち着いた声でライアは言った。それは本心なのであろう。

 ライアはいつか魔術が、人の役に立ち、人を笑顔にするものにしたいと言っていたのだから。 

 そんなこんなでしばらく、ライアの指示通りにアイリスは飛んでいった。

 その間にもライアは、幻術でいろんな景色を見せてくれた。旅の途中で見たと言う綺麗なオーロラを見せてくれたり、砂漠だったり。

 だがあくまでも視覚と聴覚だけが実感でき、暑さなどの感覚はそのままだ。だからこそ幻術なのだろう。


「ここらへんねぇ。あの村に降りて」

 

 その後、一つの村を見つけた。全体を見渡すとそれなりの、小さい村であった。

 誰にも見つからないように場所を確認し、アイリスは徐々に高度を落とし地上に足をつける。

 先にライアが箒から降り、それを確認するとアイリスも箒から降りることにした。

 

「よし、じゃそれ返して」

「はい……ってはえっ!?」

 

 言われた通り箒を返そうとしたが、その時アイリスは異変に気付いた。

 箒だったものは箒ではない別のなにかに変化していた。そしてこれがなにか、アイリスは知っていた。

 

「それライアさんの杖じゃないですか!? 箒って言ったのは嘘なんですかッ!」

「そうよ。にへへ……アリスはなにも気付かず、この杖を箒だと思ってたのよ」

 

 受け取った杖を手に取ると、ライアは地面に杖をさし体重をかけて笑った

 やられたっ!とアイリスは思った。

 あの違和感は杖で出来ていたからだったんだ。長い棒状のものであれば、一応飛べるので問題はないが簡単に信じた自分が悔しい。

 

「あと一応補足しとくと、これはただの杖じゃないの。剣が仕込まれた仕込み杖よ」


 ライアはそう言って杖を少し抜き、刃の部分を見せた。昨晩見てはいるが、やはりこれは杖と見せかけた剣なのである、というのがわかる。

 

 気がつくともう夕暮れであった。空が薄暗くなっているのが見える。

   

「もう日が暮れましたね」

「そうだねぇ」


 そのまま二人は歩き続け村まできた。

 日が暮れているのもあってか、外に出ているものはいなかった。

 ライアの後をついていったアイリスだが、いつの間にか村を離れ森に入っていった。

 

「あれ? どこにいくんですか?」

「この先の森よ。そこにあいつはいるの」

 

 ライアは村に居るのではないと言った。

  

「てっきり、この村に済んでるのかと思いましたよ」

「それはないねぇ。あいつ大の人間嫌いだし」

 

 色々な噂がある《破滅の魔女》ということを考えると確かにこんな人間のいる村に住んでるはずはないだろう。

 

 しばらく森のなかを歩いた。徐々にまわりが薄暗くなりかけていった。 

 ちょうどライアは足を止めた。 


「さて、ここよ」

「えっと……なにもないですよ?」

 

 まわりを見るが人が住んでいそうなものはなにもない。何かあるかと言われたら、大きな木が1本生えているくらいだった。

 

「ま、普通だったらねぇ。普通……人間は気付かない」

 

 ライアはそう言って大きい木の方へと歩く。そのまま歩き続けると、ぶつかるというのに歩く。そして木にぶつかったとき徐々にライアの姿が消えた。

             

「はわっ!? ライアさんどこへッ!?」

「大丈夫、ここよ」

 

 ライアが消えたことでアイリスは慌てる。がその後すぐ、木のところからライアの手が出てきて手を振った。

 

「び、ビックリしました……」

 

 ライアがいることを確認し安堵する。

 

「にしし、これは魔女都市と同じような仕組み。だから人間には気付かれないの」

「あぁ、そういうことですか」

 

 アイリスは理解した。魔女都市は基本、人間に見つからないように人間がいけない場所にあるか、見た目は一見普通で魔女だけが立ち入れる空間になっている。

 それらと同じだと納得するとアイリスは躊躇わずに、木の中へと入って行った。

 

「これは……」

 

 木の中へ入った瞬間、視界には別のものが映っていた。

 そこには建物がいくつか建てられており、畑がある村のような場所であった。

  

「久しぶりねぇ。ここに来るのも」

 

 ライアは懐かしむように言った。

 二人は建物がある方へと進んで行く。

 

 すると突然

 

「きゃっ!?」

 

 大きな火の玉が二人の目の前に放たれてアイリスは驚き避けようとする。それは避けなくても当たらない地面に衝突し地面が焼けた。

 

「誰だッ!! オレたちの森に侵入してきやがったのはッ!!」

 

 その後、怒鳴るような声で一人の少女が現れた。

 

「まったく。騒がしい挨拶の仕方ねぇ」

 

 ライアは慣れたようにやれやれと肩をすくめる。

 すると薄暗く、見えなかった少女の姿は近づいてきたことにより徐々に見えてきた。

 その姿は魔女特有のとんがり帽子を被り黒いマントを羽織っている。髪は短く赤い、鋭く睨み付ける赤い瞳。そしてアイリスよりも断然に背が小さい女の子だった。

 

「なにを企んでるかは知らねぇがたたじゃおかねぇ! このオレが相手を…………ってお前かよッ!」

「やっほいほーい」

 

 怒鳴っていた女の子がライアの顔を把握すると、女の子はつっこみを入れるよう叫ぶ。それにたいしてライアは気安い軽い挨拶をする。

 

「あのライアさん、この娘誰ですか?」

「この娘? 誰だか知らんがお前、オレを子供扱いしてるのかッ!?」

「ひ、ひぃ……! すみませんっ!」

 

 その言葉が女の子の逆鱗を触れたのか、アイリスを睨み付けた。その怖さにアイリスは怯える。

 

「まぁまぁ、落ち着きなさいよマリー。あんた一応大魔女でしょ」

 

 ライアが間に入ってくれてその場はなんとかなった。だがそれ以上に聞き捨てられない言葉を耳にした。

 

「大魔女……!? じゃあ、もしかしてこの人が……」

 

 アイリスは女の子の方を見る。

 女の子は何故か得意気なように両手を腰に当て言った。

 

「フン、知らないようなら名乗ってやるよ。そう……オレが最強の黒魔術を操る《破滅の魔女》マリー・ノワールだ!」

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