新たな脅威 始まる旅
「……ッ!」
一人の男が、声にならない声をあげ持っていた荷物を落とし、立ち尽くしていた。数日前に遠出をして、ちょうど村に帰ってきたばかりの男だ。
その男は帰るや否や、目の前の光景に呆然としていた。
「オイオイ……。なんだよ……俺がいない間になにが起きたんだ」
我に帰った男は、目の前の事に対して訴える。その声だけが辺りに響き、静寂さが伝わる。
ここには男一人がいるわけではないというのに。安否を確かめればの話だが。
「こっちもっ!! どうなってんだ! 意味がわからんぞ!」
男はまわりを見渡した。
そして叫んだ。
ただ助けを求めるかのように。
「誰か!いないかっ! 誰でもいい! 返事してくれ!」
だがその声に答えるものはいない。
彼は薄々そう確信していた。実際、返事をするものはいなかった。
しかし民家の一つ、木でできた扉がミシミシときしむ音がした。男は音がした方向を見る。
「……っ!?」
彼は唾を呑み込む。そこにいた少女の美しさに彼は見とれてしまっていた。ただ彼女の顔だけを彼は見ていた。
「よかった……まだ他に誰かいてくれて……。なぁ、一体なにがあったんだ?」
凄く美しい少女。だがこの村にこんな美しい少女はいない。
普通ならそれを分かってるはず、その違和感に気付くはずなのに……。
彼はそんなことすらも忘れていた。
それにたいして少女は微笑みそして言った。
「それは、あなたさまが知る必要はありませんわ」
「ど、どういうことだッ!? そ、れっ……は」
突然どさっと彼は倒れる。
すべてを言い終える前に、チクっとした痛みとともに、彼の意識が遠のいていった。
時間がゆっくりと進むように感じ、彼は倒れていく。
そのなかで彼はただ一つ。少女の足元に血が大量に流れていたのを見た。
「ウフ…………ウフフフフフ……」
◇
まわりが木々に囲まれ、人目がつかない森。生き物といえば、そこに住む昆虫や動物しかいない。のどかで平和な森。
だが一部だけ木が生えず、人が自由に動き回るのに十分な空間があった。
そんな場所に、二人の魔女が来ていた。
「あの~、これからなにすればいいんでしょうか?」
「簡単なことよ。一緒に旅するにあたって、アリスの実力を知りたいの。好きなように魔術を撃ってみて。あ、一応まわりに燃えたら面倒だから、火属性は禁止ね」
「は、はぁ……」
いまいち状況をのみ込めてなかったアイリスだが、ライアの言ったことにしぶしぶ受け答えた。
昨日出会ったばかりの二人。
しかしアイリスの願いで今日から共に行動することになった二人。
二人はまだ、互いに互いの事をよく知らない。一緒に旅をするならば、互いの実力を知らなくてはいけない。アイリスは前日の事件でライアの実力を知ってはいるが、ライアはアイリスの実力をほとんど知らない。
そういう意味ではライアがアイリスの実力を知りたがるのも分からなくはなかった。
アイリスは持ち物のバックの中をガサゴソと探る。その中から細長く棒状のものの感覚を感じ、それを手に取る。
茶色く木製で出来た小さい杖。アイリスが長年使っていた愛用の杖だ。五歳頃からずっと使ってきた、思い出の詰まった杖。十年以上経っても丈夫で折れることはなかった。
アイリスはその杖を撫でるかのように埃を払う。その後前を向き一歩前へ出る。
ライアはアイリスのその後ろ姿を横で見守っていた
風が頬に当たり髪が揺れる。
アイリスは少し離れた地面を見つめる。親指を立て杖を握った右手に、魔力を集中させる。
火の魔術をここで使うのは危ない、と言うライアの忠告を受けて違う属性を使うことにする。
イメージするのは氷の魔術。冷たさを、凍えて体が動くなるような感覚をイメージする。
徐々に見ていた地面に魔術陣が現れてきた。
そしてアイリスは唱えるかのように言った。
「せーのっ……!」
すると描かれた魔術陣から氷の塊が出てきた。それは幅は小さいが、高さはアイリスと同じくらいで、山のように尖っていた。
その氷の塊は魔術陣が消えると同時に、砕かれるかのように飛び散った。もしあの場所に、生き物がいたら氷で固まり砕かれていたであろう。
だがそれでも弱い。
「初級魔術、ねぇ……」
じっとそれを見ていたライアが口を開きあごに手を当てる。溜め息こそついてないがこれじゃ役に立たないと思われているのではないだろうか。
アイリスは恐る恐るライアに近づき頭をさげた。
「すみません! 私、初級魔術なら基本全部使えるんですけど……それ以外全然駄目なんです。……やっぱり私じゃ役に立てないでしょうか」
アイリスはちょっと申し訳なさそうに言った。
「そんな事はないよ。その年で全部使えるなら、そこそこいいんじゃない?」
だが当の本人は、単純に使える魔術が知りたかっただけのようでいつも通りだった。
それでホッとアイリスはする。が、それと同時に自分が情けないようにも感じた。
初級魔術は、魔術を習いはじめてからすぐに使えるようになった。その頃は自分には才能があるのではないかと浮かれたり、優秀な魔女になれると夢見ていた。だが結局は初級魔術が出来るだけで、上級魔術は一切使えなかったのだ。年がつれるにしてそれを実感し、落ち込んでいたのだ。
そんな彼女を表情を見ていたライアは、なにか考えはじめ、背を向ける感じで歩き始める。
「でもそうだねぇ……ね、アリス? あなたはもっと、魔術を使いこなせるようになりたい?」
「それはもちろん。私も使いこなせるようになりたいですよ」
もちろんそうなりたい。もっと色々な魔術を使えるようになりたいと思った。
それを聞いてたライアはよしと言った感じに頷いた。
「うんうん。じゃあ次の目的地は決まりね」
「え? どういうことですか?」
「それはね……」
ライアはそれから三歩、背を向いて歩き、そしてこちらを向いて言った
「わたしの仲間……《破滅の魔女》のところへ行くのよ!」




