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徒花の少女  作者: 野良丸
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女王 ーハハオヤー 4

 隊長と話していて疲れたので自室へ帰ろうと寮に向かう。全然取っ付きにくい相手じゃないのに不思議だ。

 厚生棟の前を通り過ぎようとして、ちょうど出てきた霧崎麗と鉢合わせるかたちになった。思わず顔をしかめると、女王は小さく鼻をならした。

「あなた、人の顔を見るとしかめ面になる癖でもあるの?」

「こんな顔見せるのあなただけ」

「全く嬉しくない口説き文句の使い方ね。というかあなた、さっきからこの辺をウロウロしているようだけど暇なの?」

 バレていたらしい。気分転換に散歩、なんて言ったらまたマニュアルを読めと言われそうだ。

「隊長と話をしてた。あなたの話」

「あらそう。昔組んでた時、散々いじくって遊んじゃったし、その頃の恨み言でも言ってた?」

 首を横に振る。女王様は「でしょうね」と言った。分かってるくせに、なんでそんな悪い風に考えるのだろう。あぁ、でも分かる気がする。きっと、そっちの方が気楽だからだ。

 霧崎麗を見上げて訊く。

「昨日の夕御飯、何食べた?」

「最近の女子校生はそんな風に会話を切り出すのかしら」

「さぁ。それは知らないけど」

「何も食べてないわ。任務から戻った頃には大分遅い時間だったでしょう」

「身体に悪い」

「私達の場合、身体というより心だけどね。でもそういうってことはあなたは食べたのかしら」

「カツ丼とポテトサラダ」

「ガッツリいったわね」霧崎麗は呆れたように目を細める。「大抵の新人は任務の後は食欲がないっていうのに、本当に可愛いげのない子」

「五年前の私は可愛いげがあった?」

 あなたは、どこまで覚えているの?

「さぁ。よく覚えていないわ」

「なんであの辺りにいたの?」

「さぁ。どうしてだったかしら」

「なんで私を助けたの?」

 霧崎麗は即答しなかった。そして、ただじっと、私を見た。

「どういう解答こたえをお望み?」

「え?」

「そんな顔に見えたから」

「別に、そんな顔してない」

「そう。まぁ、答えは『分からない』よ」霧崎麗はそう言ってから小さく鼻で笑った。「千香に聞いたのね。私の記憶のこと」

 頷く。

「おかしいと思ったわ。私のことを嫌ってるはずのあなたが、不自然過ぎるとはいえ会話をしようとするんだから」

「どこまで覚えているの?」

「直球ね」口元に笑みを浮かべたまま続ける。「開花する前の記憶はほとんど消えたわ。開花した後のことも、古いものから朧気になっていってる。あぁ、でも五年前のことを覚えているっていうのは本当よ」

「じゃあ、さっきの質問にも答えられるでしょ」

「覚えてるけど朧気なの。腐りそうになったあなたの母親を殺したことだけははっきり覚えているけど、そこに至るまでのことや後のことは分からない」

「そこだけ覚えてるなんて都合のいい話、信じられない」

「別に信じてもらわなくてもいいわよ」

 そう言って霧崎麗は踵を返した。

 気付くと随分と日が落ちていた。橙色に染まった地面に、長く伸びる影。二つとも、人の形をしている。

 若干距離を置いて私も同じ方向へ歩き始めた。

「ねぇ、あなた、なんで急にここにきたの?」

 振り返ることなく霧崎麗は言った。自然と頭に浮かんだミキの顔が腐り落ち、茅野さんの姿に変わる。

「五年前、妹がカフカになった」

「千香から聞いてるわ」

「それを殺すため」

 数秒の間。

「もう、他の徒花が仕留めているかもしれないわよ」

「ううん。生きてる」

「どうして分かるの?」

「私に殺されるため」

「答えになってないわ」霧崎麗は不意に足を止めて振り返る。私も一歩遅れて立ち止まった。

「カフカとなったその妹を仮にあなたが仕留められたとして、その後は?」

「その後?」

「また引きこもりに戻る?」

「さぁ。でも、きっとここにいると思う」

「断言してあげる。そんな気持ちでここにいたら、あなたはすぐに腐るわ。私達は徒花。自らの意思で人にもカフカにもなれる存在。だからこそ、生きていくには理由がなければならない。大多数の一般人のように思考停止気味に遠い未来を夢見るのではなく、今日や明日を生きるための、確固たる意志が必要なのよ」

 普段は淡々と、冷たい喋り方をする女王様だけど、その言葉には不思議と熱がこもっているように感じた。私は、そんな雰囲気に気圧されたのだろうか。無意識のうちに小さく頷いていた。そして、踵を返そうとする霧崎麗に向けて口を開く。

「あなたの生きる理由って?」

「カフカを一体でも殺すこと」身体を横に向けたまま霧崎麗は答える。「それが、守ることに繋がる筈だから」

「守るって何を?」

「忘れてしまったわ」

 さらっと言ってから「でもね」と続ける。

「それを考えると、五年前、あなたと会った時のことを思い出すのよ。だから、きっと私にはーーあなたは守られたなんて思ってないかもしれないけどーー守るべき他人ひとがいるのだと思うわ」

 女王様は笑った。柄じゃない笑い方だった。

 私は若干俯く。

「その人は、もう死んでるかもしれない」

「生きてるわよ」

「どうして分かるの?」

「私がーー」

 そこで言葉は途切れ、女王様はまた笑った。

「あなたと同じよ。ただ、そう信じていたいだけ」


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