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徒花の少女  作者: 野良丸
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女王 ーハハオヤー 1

 今の話は茅野さんにするべきだろうか。食堂を出て自室に向かいながらそんなことを考えた。

 まぁしてもいいか。今のままでもすっかり悩みまくっちゃってるみたいだし。皆が知っていることなら、どちらにせよそのうち耳にはいることになりそうだし。

 自室を通りすぎて、二つ隣の茅野さんの部屋の前へ。しかしドアには『外出中』の札が掛かっていた。入隊二日目から外出なんてなかなか大胆な、と考えてから気付いた。

 学校か。

 茅野さんは私の一つ年下。中学三年の受験生なのだ。高校に行くのかは知らないけどーーーー

 警報が鳴り響く。続いて隊長の声。

『気田町三丁目住宅街にカフカ出現。既に死傷者が出ている模様。梅長班二名、霧崎麗とともに至急現場へーー』

 霧崎麗。思わず天井に向けて顔をしかめてしまった。会うのは五年振りになるのか。

 近くの窓を開けて飛び降りる。

 入り口に着くと、車の前で霧崎麗と鉢合わせた。パーマがかった黒くて長い髪。濃い化粧。魔女みたいに尖った鼻。見るからにキツそうな顔立ち。五年前と変わってない。

「ん!? 二人とも何突っ立ってんのさ! 早く乗りなよ!」

 最後に到着した梅長さんが霧崎麗の横を通り抜けて助手席へ飛び乗る。しまった、と思っても時既に遅し。私と霧崎麗は後部座席に乗り込んだ。なるべく窓に寄せて座る。

「二人は初対面?」と、猛スピードで走行する車の中で梅長さんが振り返って言った。

「いいえ」と返したのは霧崎麗だった。余計なことを言われては堪らない。早口で会話に割り込む。

「五年前に会った。カフカが現れたあの日に。この人は、私の目の前で、私のお母さんを殺した」

「え」と梅長さん。

 霧崎麗は小さく鼻を鳴らしてから口を開いた。

「正確には、あなたの母親だったカフカを殺しただけよ。身体が腐る前に殺したから人として死ねたし、お墓にだって入れたでしょう。感謝されこそ恨まれる筋合いはないわ」

「恨んでない。事実を言っただけ」

「その言い方が恨みがましいって言ってるのよ」

「被害妄想激しすぎ。更年期障害なんじゃないの」

「そこまで年食っちゃいないわよ」

「えぇっと、二人は仲が良いのか? それとも悪いのかい?」

「悪い」

「悪いわね」



 人の流れに逆らって車を走らせる。カフカは食すためだけでなく、人を目の前にすると衝動的に殺す。こうして流れと反対に進んでいけば、その最後尾には必ずカフカがいるらしい。

「昨日みたいに、周囲に人がいないなんて状況は稀だよ。まず私達がすべきことは逃げ遅れた人達の安全確保。それから、知能の高いカフカは無害を装って奇襲を仕掛けてくることがある。基本的に、カフカがどんな状態であっても発見即殺を心掛けるように」

「了解」

「そんなことも教えずに昨日は何を教えてたのよ」と女王様が口を挟んでくる。

「カフカの性質とかをね。色々条件が揃ってたから」

「へぇ。あれを聞いた昨日の今日で平気な顔してるなんて可愛いげのない子ね。新人がへこんでる姿を見るのが楽しみの一つなのに」

「異名『性悪』に変えたら?」

 今の茅野さんとは会わせたくないな。イキイキしそうだ。

「もっとハートの弱い新人さんが来ないかしらねぇ。あれから三年経つっていうのに、仁美を越えるへこみっぷりの新人は全然現れないし」

「ちょ、ちょっと。二人で口喧嘩するのは勝手だけど、こっちまで飛び火させるの止めてくんない」

「へぇ。梅長さんってそんなにへこんでたんだ」

「サラちゃん、そこは話広げなくていいから」

「そりゃあもう見事なへこみっぷりだったわよ。一月くらいで吹っ切れちゃったみたいだけど、その間に三年分は若返った気がするわね」

「異名変更に一票を入れざるを得ない」

 梅長さんの決意が固まったところで車が停止した。住宅街の入り口。もちろん住宅街のなかにも車道は通っているが、車がようやくすれ違える程度の幅しかなく、逃げてくる人や車で混雑している現状ではこれ以上の進入は難しいようだった。

「まぁどちらにしろ、こんなところは車より足で走った方が早いわね」

 女王様は独り言のように口にしてから車を下りる。逃げ惑う人々の注目が集まる前に地面を蹴り、ワゴン車を足掛かりに、住宅の塀、更に屋根の上へと跳んだ。

 なるほど。混雑している下よりは上を通った方が早いというのは確かだ。女王様の後に続く。やっぱり梅長さんの知名度は桁外れなのか、彼女が車から下りた瞬間に辺りがざわめいた。

 私と梅長さんが追い付く前に「見つけた」という小さな声と同時に霧崎麗はその場から移動を始めていた。

「あぁもう相変わらずの女王様だな!」

 そんな言葉を吐きながら後を追う梅長さんの姿に、あの人の異名の理由が分かった気がした。

 三件目の屋根を蹴った時、遥か前方にカフカの姿を確認した。四足歩行も二足歩行も分からないくらいにドロドロに溶けた身体。ヘドロの塊が蠢き、時折そこから飛び出すなにかが人を突き刺し、自身の身体に運んでいく。鈍重そうに見えるが、逃げる人間を追いかけているところを見るに、そこまでスピードがないわけではないらしい。

 そして何より、サイズがとんでもない。体長十メートルを越えるほどのヘドロの身体は住宅街の道に沿って流れ、逃走する人間達の足を絡めとり硬化させ行動の自由を奪っていく。

「カフカの気を逸らせば硬化は解けるんだよね」

 五年前のことを思い出しながら確認のために問う。当然、足元がヘドロに戻っても動きづらいことに変わりはないし、恐怖で動けるかすら怪しいけど。まぁ見る限り子供はいないし、そこは大人なんだから頑張ってほしいところだ。

「それは知ってるのね。偏った知識だこと」

 梅長さんに話し掛けたつもりだったのだが、答えたのは少し先で宙を駆けている女王様だった。

「五年前の知識だけど」

「五年前? なんだ、あなた実戦経験があるのね」

 知らなかったのかよ、と少し憤りを覚えた。そしてそんな自分に更に憤る。あっという間に不機嫌だ。

「拘束が解けたら仁美は一般人の避難に回りなさい。カフカの相手は私とその子でするわ」

「了解。サラを死なせないでよ」

「それはその子次第よ」

 そのやり取りを終えると同時に一気に加速。一瞬遅れて屋根を強く蹴り、前を行く二つの背中に目を向けると、両者とも既に片腕を腐化、女王に至っては既に武器の形成の段階に入っていた。

 意識を右腕に集中。腐り落ちる感覚。痛みは伴わない。ただ、ほんの少し、自分という存在が不明瞭なものに感じられるだけ。

 武器形成。イメージする武器は、体力テストで作った細身の刀。

 硬化完了。敵は眼前。

 実戦。今日こそ。

 五年振り。

 刀を振り上げる。目が合った。悲しげに暗く光る赤い瞳。

 ミキ。

 振り下ろす。切断箇所からヘドロが飛び散り全身に付着する。それに紛れて硬化された鋭利な棘が顔面めがけてとんでくる。顔を横にずらすが完璧には避けきれず耳が僅かに切れたようだった。まぁこの程度なら三秒後にはくっつく。射出箇所は不明。硬化する手間を気にしなければ、きっと全身からでも先程のような棘をとばせるのだろう。

 着地までの数秒間、大小の棘が襲いかかってきたが、そのすべてを受けきることができた。気のせいだろうか。五年前のあれより、ずっと動きが遅いように思える。

 私が成長した? いや、それはないか。引きこもりニートしてたくせにやれば何でも平均以上に出来ますぅーなんて有り得ない。あぁ、でもそれは人間の理屈か。意識だけで人にも化け物にもなれる私達なら、極端に言えば自分のことをスーパーマンだと思えば空も飛べるのかもしれない。あ、マントが必要か。あのヒラヒラは再現できるかな。

 着地。同時に地面を蹴った。高く跳ぶと的になる。足元を狙っていこうと考え、カフカの周囲を回る。

 十メートルを越す巨大なカフカを一撃で仕留めることは困難を極める。あの巨体の中心にある核に届くほど大きな武器を形成することのデメリットはマニュアルに記載してまで説明するまでもないことだった。ではどのように仕留めるのか。方法は二つ。再生の追い付かない速度で攻撃を繰り返し、露になった核を砕く。あるいは、カフカは傷口の再生に核のエネルギーを消耗するため、それが尽きるまで攻撃を続ける。

 要するに、勝ちたければひたすら切り刻めということらしい。しかしまぁそれが容易いことならば徒花部隊が人手不足に悩まされることはないだろう。

 飛来する三本の棘を硬化した左腕で防ぎ、間髪いれずに刀を振って反撃する。ヘドロの身体に食い込む感触。だがその瞬間、予想外の負荷が右腕にかかった。突然刀が動かなくなった。ヘドロの身体に食い込んだままーーいや、違う。傷口周辺だけが硬化している。

 やば。

 刀を放して後方に跳ぶ。

 今までいた場所に、ヘドロの滝が降り注いだ。

 あれが硬化されてたら今頃ぺしゃんこ。あのまま食らってたら、今頃あの中でかちんこちんかな。

 死を感じた。

 あぁ、やっぱ生きてるんだ、私。

 空を仰ぐと、カフカの頭の辺りをちょこまかと跳ぶ影が見えた。よく見ると霧崎麗だ。

 どうしてあんな空で自由に戦えるんだろう。女王様の固有スキル?

 更によく見ると、霧崎麗は宙を自由に跳んでいるのではなく、腐化、硬化で足場を作っているのだということが分かった。分かったところで、私の硬化速度じゃあ真似できる気がしないし、戦いながらあんなことができる自信もない。経験の差というやつだろうか。ムカつく。まさかわざと見せつけるように戦ってるんじゃ……。

 失った刀を再度形成しながらそんなことを考えていたのだが、ふと、違和感に気付いた。

 刀が形成できない。いや、出来るのだけど、さっきと同じサイズのものを作ると、右腕がペラペラに薄くなる。

 はて。何故?

 棘を避けながら考えること十秒。

 答え。さっきの刀のヘドロが戻ってきてない。

 どうしたものか。とりあえず武器がないことにはどうしようもない。足りない分のヘドロは左腕から補い、刀を形成。飛んできた棘を叩き切り、勢いままにカフカの身体を切り裂く。万が一、さっきみたいに途中で硬化されてもいいように全力で。

 それにしても、あとから返ってくるのかな、取られた分のヘドロ。私、人で言ったら右腕の肘から先をなくしたような状態になっちゃってるんだけど。

 うーん。まぁいいか。この身体ならどうにでもなりそうな気がする。

「サラ、大丈夫かい!?」

 後方から梅長さんの声。おまけに一薙ぎしてから地面を蹴って後退する。声の大きさから予測した距離はどんぴしゃで、梅長さんのちょうど隣に着地した。

「一般人の避難完了だ。あとは私達だけ」

「三人がかりでリンチタイム?」

「正義になんてこと訊くのさ。ていうか、もう戦いは終わり。私達も退くよ」

「退くってーー」

 疑問を口に出しきる前に、私達に向けて巨大な杭が降り下ろされた。それぞれ左右に跳んで回避する。梅長さんはそのまま宙に足場を形成しながら霧崎麗の元へと駆けていった。

 本当に退くのだろうか。こんなに暴れてるカフカを前にして?

 しかし古参の二人は一言二言交わした後、本当にその場を離れた。私も急いで後を追う。あんなのと一対一で戦うのは御免だ。

 正義と女王はカフカから二百メートルほど離れた後、一軒家の陰に身を隠すように足を止めた。カフカはまだ暴れているらしく、咆哮と崩壊音が重なって聞こえてくる。

「大人しくなったところを奇襲するってこと?」

「マニュアルを読んでないの?」と呆れた様子の女王様。あんたに聞いてないやい。

「カフカの倒し方だけは読んだ。切りまくれば死ぬ」

「間違ってないけど、あなたって馬鹿なの?」

「最終学歴幼稚園」

「馬鹿なのね」

「奇襲はしないよ」と梅長さんが答えてくれる。

「ああいう状態のカフカは、もう長くない。二十四時間以内には寿命で死ぬんだよ。あ、これ、公表してないことその四だね」

「いくつあるの?」

「さぁ。たくさんあるよ。思い出したらまた教える」

「このことは別に公表したっていいと思うけど」

「人間は馬鹿なのよ」と霧崎麗が言う。そりゃあ東光大学主席卒業生からすればほとんどの人間が馬鹿に見えるのかもしれないけど。

「相手が死にかけだと分かると途端に強気になる。少しくらい近付いても大丈夫だろうと考える。それで殺される。その責任は、全て私達にかぶせられる」

 霧崎麗は馬鹿にしたような溜め息を吐く。昨日、カフカがいると分かっていながら梅長さんに会いにやってきた熱烈な馬鹿ーーもといファンのことを思い出した。

「ま、それに、一般人が知らなければ、今回だって私達が倒したっていうことに出来るでしょう?」

「点数稼ぎにもなる」

「そういうことよ。一石二鳥でしょう」

 霧崎麗は笑う。やっぱりどこか馬鹿にしたような笑みだった。

「あ、ところで」ふと思い出して軽く右手を上げる。「硬化した刀をカフカに取られたんだけど、あれってそのうち戻ってくるものなの?」

 普通、武器などはある程度離れると硬化が解けて本体に戻ってくるはずなのだが、今回に限っては未だに戻ってこない。外見だけ取り繕っているが、右手の中身は骨粗鬆症患者もびっくりのスカスカ具合である。明らかに左右の腕で重さが違うし。

「現時点で返ってきてないってことは敵に吸収されたみたいだね。安心していいよ。敵が死んだら戻ってくる」

「安心した」

「あなた、寮に帰ったらマニュアルを一通り読んでおきなさいよ。今まで説明したこと全部書いてあるから」

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