正義 ーヒトー 3
報告のために隊長室へ行き、その後梅長仁美と別れて寮に戻るまでの間に数人の徒花と会ったけど、誰も任務については深く聞いてこなかった。私はさておき、隣を歩く茅野さんの表情で察したのだと思う。
三日前まで何も知らなかった私と違って、彼女はカフカや徒花の出現を最初から見てきている。徒花を、特に梅長仁美をヒーロー視していたようだし、ショックも大きいのだろう。カフカの性質について知らされてから、彼女は口一つ聞いていない。人間に囲まれたときもぺこぺこと頭を下げるだけだった。そんな態度は、群衆には好評だったようだけど。
それぞれの部屋の前まで来た。
「じゃあ」と言ってドアノブを握る。茅野さんはドアの前で立ち尽くしていたけど、結局、何も言わなかった。
部屋にはパソコンがある。そのうちスマホを支給されたら不要になりそうな代物だけど今はありがたい。電源を入れてネットの検索ページを開く。
梅長仁美と入力。検索結果の画面をスクロールして『正義の徒花 梅長仁美プロフィール』という見出しのページを開いた。徒花についての情報をまとめているブログのようだった。
『梅長仁美
異名 正義
四月十日生まれ。二十三歳
四年前に徒花として開花
当時設立したばかりの徒花部隊につきまとっていた悪いイメージを払拭し、現在まで支えてきた立役者
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検索結果に戻って、再びページをスクロールさせていく。梅長仁美がこれまでどんなことをして『正義』の異名を得たのか知りたいのだが、検索結果上位のサイトはどれも下世話な噂話だったり、徒花になる前のことで埋まっている。
ようやくそれらしき記事を見つけてクリックした。徒花が載ったニュース記事を個人ごとに纏めているサイトのようだ。梅長仁美のタグが付いた記事を検索して、古い順に並び替えた。
『カフカに教われていた少女を救ったのは美人徒花だった!
五月二十日。下校途中の小学一年生、増岡泡姫ちゃん(七)が突如現れたカフカに襲われるという事件が発生しました。恐怖で動けない泡姫ちゃんを救ったのは、颯爽と駆けつけた一人の徒花。この徒花はカフカを倒したのち泡姫ちゃんを自宅まで送り届けてあげたそうです。
記者のインタビューに泡姫ちゃんは「とてもつよくて綺麗なお姉ちゃんだった」と答えています。
設立から一ヶ月。噂の美人徒花は悪い噂の絶えない対カフカ部隊の光となりうるか!?
当社では引き続きこの徒花を追って取材を進めていく方針です』
次に載っていた記事はその三日後。
『少女を救った美人徒花、名前が判明!(画像有り)
下校途中の少女をカフカから救った美人徒花の名前が当社の取材で判明した。梅長仁美さん(一八)だ。梅長さんが対カフカ部隊に入隊したのはなんと一週間前。徒花としての力に目覚めたのもたったの一ヶ月前だというから驚きだ。今回、当社は対カフカ部隊扇野支部の許可を得て梅長さんへのインタビューを行った。以下インタビューから抜粋。
ーー少女を救った美人徒花と世間で噂になっていたことはご存知でしたか?
ーーいえ、まったく。まだ新人なので、テレビを見る暇もなく走り回ってます。
ーーそう噂されていると知った現在のお気持ちは?
ーー素直に嬉しいです。いや、美人というところではなく、私達徒花への悪いイメージが少しは拭えたのではないかということが。
ーーなるほど。ちなみに、失礼ですが、流れている悪い噂のなかに真実が混ざっていたりは・・・・・・
ーーないですよ(笑)少なくとも、私が知る限りはありません。徒花は全員、カフカを倒すために全力で動いていますから。悪いことする暇もないくらいに。
インタビューの受け答えは誠実そのもの。今時珍しいくらいに正義の心を持った若者といった印象を受けました。当社では引き続き梅長仁美さんの活躍を追うとともに、全力で応援、サポートに尽力していく方針です』
その後は、どこそこで梅長仁美がカフカを倒したという記事が続いていた。そして最初の記事から一年後、梅長仁美のフルネームの前には『正義』の文字が必ず付くようになった。
サイトを閉じて、デスクトップ画面に戻ってから内心で首を傾げる。幼い女の子を救った。カフカをたくさん倒した。それで人から喝采を浴びるのは分かる。だけど、それくらいのことなら、他の徒花もしてきているんじゃないだろうか。例えば、梅長仁美が自分以上の古参と言っていた霧崎麗。この人を誉めるわけでは絶対にないけど、きっと五年間カフカと戦っているうちに何人もの人を救っているはずだし、梅長仁美に負けないくらいのカフカを倒してきている筈だ。
だけど、梅長仁美だけが過剰に祭り上げられている。何故だろう?
梅長仁美は徒花部隊の悪いイメージを払拭した。
いや、違う。
悪いイメージを払拭するため仕立てあげられたのが、梅長仁美なのではないだろうか。
彼女はその可能性に気付いているのだろうか。
きっと気付いているんだろう。
車のなかで見せた笑顔が頭をよぎった。
徒花の起床時間は自由だ。カフカが出現しない限り、敷地内にいれば何をしていても構わないとされている。小学校、中学校は義務教育であるため当然だが、高校も希望した者は通えることとなっている。
まぁ十歳から引きこもっていた私には、高校なんて星よりも遠い存在だ。当然、通学申請なんてしてなくて、入隊翌日はたっぷり昼まで眠っていた。
食堂に行くと、ちょうど昼時ということもあってか昨日よりもたくさんの人がいた。日替わり定食を頼んで、空いている席に座る。誰かが向かいに座った。梅長仁美だった。
「朝御飯も食べないで部屋で何してたんだ?」
「寝てた」
梅長仁美は吹き出す。
「なるほど。大物になりそうだな、サラは」
「梅長さんほどは無理そうだけど。インタビューに答えられるような愛想もないし」
「ニュースかなんかで見たのか?」
「四年前の記事」
「あぁ、あの時の・・・・・・」
明らかに、梅長仁美の歯切れが悪くなった。私達の会話を盗み聞きしていたのか、周囲の会話も止んで、食堂内は一気に静まり返った。
やっぱり気付いているんだ。そして、そのことは周知の事実らしい。
そんな考えが顔に出ていたのだろうか。梅長仁美は私を見て苦笑を浮かべた。
「徒花なら誰もが気付くことさ。そのくらい他の隊員もやってる。なんでこいつだけ、ってね。あの頃に必要だったのは、徒花が人にとって都合のいい存在であると思わせることだった。簡単にいうと、ヒーローが必要だったんだ。上層部がそう思っていたとき、たまたま私が記事に取り上げられて、そこからは私の行動や意思とは関係なく『正義』は作られていった。いや、でもそれをーー町を歩けば誰もに感謝されて、アイドルみたいに騒がれることを得意に思っていた自分がいたのも確かだよ。徒花になる前の私なんて、それこそ教師や親からは屑だのなんだの言われるようなろくでもない奴だったから、尚更ね。そうしてヒーローとしての私が完成した頃に、昨日、サラとナオに話したことを知らされた。入隊からずっとチームを組んでた人に教えられたんだ。黙っていてすまないってね。でも言えるはずがないさ。世間に受け入れられている正義が揺らぐようなことを。だから待っていてくれたんだと思う。世間が求めるヒーローとしての私が定まるまで。おかげで私は今まで一般人が求める『正義』でいられるし、きっとこれからもそうあれると思う」
「そうありたいと思ってるの?」
「思ってるよ」
「心地いいから?」
「そりゃそうさ。この異名は誰にも渡したくないね」
おどけたように言ってから、梅長仁美は笑みを浮かべる。
「『正義』は、私一人で十分なのさ」
正義も悪もない。
ただ優しい笑みだった。




