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徒花の少女  作者: 野良丸
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正義 ーヒトー 2


 寮の部屋は一人一部屋。徒花部隊は基本的に三人一組で行動するため、同チームが固まるように部屋が割り当てられるらしい。私と茅野さんの部屋は梅長仁美の両隣らしい。

 寮につくと、管理室に運び込まれていた段ボールを自室に運ぶ作業が始まった。このくらい引っ越し屋さんにやってもらえばいいのに。追加料金をケチったとか? そんな思考が顔に出ていたのだろうか。梅長仁美に「ここ男子禁制だろう? 流石に一般女性にこの重い荷物を持って階段上り下りしろとは言えないさ。ま、これは入隊の際の伝統だからさ」

 嫌な伝統だ。でもまぁ、自分達でやった方が何倍も早いというのは分かる。それに、引っ越しと言っても家具などは用意されていて、せいぜい服などの日用品程度。段ボール運搬はすぐに終わり、それを開けて中身を収納していく作業に移った。梅長仁美はたまに様子を見に来たけど、どうやら茅野さんの方は荷物が多くてこずっているらしく、そちらを手伝っているようだった。手伝えなくてごめんね、と謝られたから、全然いいと首を振った。

 もうすぐ終わるというところで茅野さんと梅長仁美が部屋にやって来た。作業が終わったわけではなく食事の誘いだった。いつの間にか時刻は昼前。時計を見る癖をつけなきゃなと思った。

 食堂には長テーブルと丸椅子が並べられていて、質素というか殺風景というか、そんな内装だった。私達が入ったとき、他に五人の人がいて、一人で食事をしている人が二人。他の三人は固まっていた。

 その人達に簡単な挨拶をしてからカウンターへ行く。三人組の人達は明るくて色んな質問をしてきた。一人で食べている二人は名前と挨拶を交わしただけ。

 日替わり定食を持って梅長仁美が手招きするテーブルへ。向かいに座る。茅野さんは私の隣に座った。

「無口な奴も多いけど、悪い奴はいないよ」

「あ、はい」と茅野さんは頷いた。

 合掌して食事を始める。焼き魚を口に運んで、ふと気付いた。

「ご飯って必要なの?」私達の身体で。

「必要だよ」と梅長仁美は即答しながらも、「でも、一日三食必要かというと不必要だ。一般人ほど多く、様々な栄養を摂る必要はない。栄養バランスのいい食事なら一日一食で十分だし、一ヶ月くらい何も食べなくたって死ぬことはない。でもまぁ、食べた方がいいと私は思うよ。デメリットがあるわけじゃないし、なによりそれが人の生活ってものだからね」

「人としての意識を保つため」

「そういうこと」

 そんな話をしている間に、騒がしかった三人組は食堂を出ていったらしい。他の二人は残っているけど、私と梅長仁美の会話が終わると食堂内は一気に静かになった。たまにカウンターの奥から声と食器の音が聞こえるだけ。

「この後は何をするんですか?」と茅野さん。沈黙が耐えがたかったのか、ただ気になっただけなのか。

「うーん。どうしようかねぇ。隊長からは、案内したあとは適当に面倒見てやってくれって言われてるだけだし・・・・・・。各自の部屋には対カフカのマニュアルが置かれている筈だから、それを読んでもいいと思うけど・・・・・・いや、どうせだし、また訓練所に行って実戦に近い形で手合わせでもしてみるかい? 二人がどれくらい動けるかも把握しておきたーー」

 瞬間、施設全体にけたたましいベルの音が鳴り響いた。数秒続いた後、聞き覚えのある声が流れる。

『並巣ヶ丘にカフカ一体が出現。梅長班は現場へ急行してください』

「いきなりご指名だ。習うより慣れろっていう隊長さんの指導方針かね。それで死んじまう奴だっているってのに」

 梅長仁美は箸で摘まんでいた焼き魚を口に放り込んでから立ち上がる。

「梅長班ってやっぱり私達のことですか?」

「そりゃそうさ。ほら、早く行くよ」

 私達が立ち上がった頃には梅長仁美はその場を駆け出していた。後を追い、入り口へ。そこには既に車が待機していた。梅長仁美は既に助手席へと乗り込んでいる。飛び込むように後部座席に乗り、ドアが自動で閉まりきる前に車は飛び出した。

 運転手の男の人が赤いボタンを押すとけたたましいサイレンの音が響き渡った。猛スピードのまま敷地を出て、法定速度など知ったことかと言わんばかりに更に加速していく。隣の茅野さんは思い切り顔をひきつらせていた。しかしまぁこれくらいのスピードを出さないと、車で移動するメリットは少ないだろう。車でちょっと飛ばすくらいなら、徒花が自分の足で走った方が速いのだから。

 五分後には目的地である並巣ヶ丘に到着した。車を下りて、逃げてくる人々にカフカの居場所を聞く。その途中で「梅長仁美だ!」という声が響き、何回かシャッター音が響いた。

「よし行くぞ」

 梅長仁美は気にすることなく駆け出す。私達はその後を追った。追いかけてくるように、また数回、シャッター音が鳴った。

 カフカはすぐに見付かった。丘の上。海を見渡せる、ここらでは屈指の観光スポットで仰向けになって眠っていたから。溶けていて分かりにくいが、人のかたちはしていない。四足歩行のなにか。でも五年前のあれよりかはずっと小さかった。体長一メートルほどだろうか。仰向けに眠る無防備な姿はどこかほのぼのとした雰囲気すら感じさせる。その周りが、夥しい量の血と肉片で赤く彩られていなければ、だが。

 カフカまで十メートルほどの距離で足を止めた梅長仁美は、私達にもそれ以上前に行くなと言うように左腕を横に伸ばした。

 どうしてだろう。今なら不意をつけそうなのに。

「ちょうどいい」と彼女は呟くように言った。そして私達に顔を向ける。すぐ傍にいる敵から目を離すなんて。

「いつか教えなきゃいけないことだ」

 梅長仁美はその場に腰を下ろす。「二人も座って」

 茅野さんは戸惑いながらも腰を下ろしたが、私はそのまま立っていた。五年前の記憶は今でもはっきりと覚えている。あの化物を前に、障害物が何一つない場所で腰を下ろすなど有り得ない。

「まぁいいや。じゃあそのまま聞いて。ただし、ここからの話は徒花の間だけの秘密だ。家族にも言ってはいけない」

 頷く。

「対カフカ部隊には、いくつか、世間に公表していない事実がある。まず一つ目」

 梅長仁美は人差し指を立てる。

「基本的に、カフカは徒花を攻撃しない。おそらく私達のことを同じ種の生き物だと思っているのだろうな」

「嘘。五年前ーー」

「二つ目」

 中指が立つ。

 自然と大きくなってしまった私の声で目を覚ましたのだろうか。丘の上で、カフカがのそりと起き上がった。しかし気にする様子もなく梅長仁美は話を続ける。

「彼らの気性は基本的に穏やかだ。危害を加えられない限り、人間以外の動物を攻撃することはない。いくら飢えていてもだ。それに関しては昔実験が行われている。他の動物とカフカを何もない場所に閉じ込める。そのうち、飢えて弱っていく。だが、動物が飢えて死ぬまで、カフカは手を出そうとしなかった。カフカ同士を閉じ込めた際は、死体を食す際に涙を流したという記録も残っているほどだ。サラがいう五年前では、人を守ろうとしたことがカフカにとっての敵対行為となったんだろう」

 怒りの、そしてどこか悲しげな咆哮が脳裏に蘇る。視界の隅でカフカは四本足で立ってこちらを見ていた。ドロドロに溶けた身体から覗く、私達と同じ赤い瞳。ゆっくりと近付いてくる。血に染まった、油断しきった顔で。

「そして三つ目」

 多分薬指を立てたんだろう。そちらに顔を向ける気にはなれなかった。ただ、足元にすり寄ってくるカフカだけを見ていた。

「彼らは、とても優しい心を持っている。少なくとも、徒花わたしたちにとっては、人よりも、ずっと」

 ドロドロした身体が足に擦り寄せられる。不快感は不思議となかった。その温かな熱だけを強く感じた。

「この子は? 殺すの?」

「人を殺してしまったカフカは殺すことが暗黙の了解だ」

「どうして」

「私達が救って、人に戻しても、結局、人が殺すからだよ」

 足元に視線を落とす。こちらを見上げてくる赤い瞳。カフカを一撃で殺す術はたった一つ。胸。そこにある核を砕けば息絶える。私達徒花も同じだ。

「もちろん、見逃すこともできない。今は大人しいが、人を目の前にすれば悪魔になる。この場で殺すしかないんだ」

「それは私達がすることなの?」

「私達がしなければいけないことだ」

「どうして? 今の話が本当なら、彼らを殺さなくても私達は生きていける」

「だがそれは、人の生き方じゃあない」

「人であるためにカフカを殺すということ?」

「そうかもしれない」

 その時、近くで話し声が聞こえた。私が顔をあげた瞬間、足元で、微かな鳴き声が上がった。再び視線を落とした時には、細身の刀に変わった梅長仁美の右腕がカフカの胸を貫いていた。一瞬だけ、ヘドロが飛び散り、そして、地面に崩れ落ちた。

「あ、本当にいた! 梅長仁美!」

 すぐ近くでそんな声が聞こえた。男の人の声だった。他の声が二つ続いたと思うと、近くの茂みから三人の男の人が出てきた。

「ちょうど終わったところ? うわ。すげぇ有り様。あ、えっと、あの。俺達あなたの大ファンで・・・・・・」

 梅長仁美は立ち上がると、笑顔を浮かべて彼らの握手に応じた。カフカの体液で汚れた右手はポケットに隠して、左手で。

 処理班に連絡をいれた後、私達は丘を下った。そこで待ち構えていた人達に囲まれることになったけど、梅長仁美や茅野さんと比べて私の方に人はあまり来なかった。見るからに無愛想だからだろうか。いや違う。きっと、私の足が、カフカの体液で汚れているからだ。それでも声をかけてくれる人はいたけど、いくら感謝されても誇らしい気持ちにはなれなかった。梅長仁美のように笑顔を作るなんて、とてもじゃないが。

 車に乗り込んだ。行きが嘘のような安全運転。隣のひきつった顔は同じだった。

 運転手さんは男の人。きっと、何も知らない。

「ねぇ梅長さん」

 だから私は、

「人から『正義』って呼ばれるのって、どんな気持ち?」

 それだけ言った。

 梅長さんは、笑顔を返してきた。



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