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徒花の少女  作者: 野良丸
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鉄壁 ーヤイバー 4




 下方から音が聞こえた。

 デフォルトの着信音。猪坂さんのスマホだ。その数十秒後、私を呼ぶ茅野さんの声。仕方なく足場を崩して地面に降りた。

 他の四人は既に集まっていた。険しい顔をした猪坂さん、不安げな茅野さん、ポーカーフェイスな霧崎麗と三星さん。

「どうしたの?」

「今、麓で待機している支部員から連絡がありました。警備に当たっていた数名が強襲にあって負傷。その隙に五名ほどの男女が山中に侵入したそうです」

「強襲?」

「そうです。ただの野次馬とは考えられません。可能性として高いのは神眼教の過激派ですね。任務を妨害するために私達を狙ってくるのか、それともカフカによる『救済』が目的かは分かりませんが」

「どちらにせよ迷惑な話ね」

「三手に分かれましょう。侵入者の捜索には、私と茅野さん、霧崎さんと三星さんの二組が当たります。川那子さんはここで待機していてください」

「あら」と霧崎麗は笑みを含んだ声をあげる。「あなたにしては気が利いた采配じゃない」

「任務に私情は挟みません。各自の能力を考慮した結果です」

「はいはい」

 踵を返した霧崎麗に三星さんがついていく。

 そんな二人の背中を、猪坂さんは呆れたような、どこか困ったような表情で見た後、不意にこちらへ顔を向けた。

「では茅野さん。私達も行きましょう」

「は、はい」

「川那子さん、この場を頼みます」

「イエッサー」

「相手が女性の場合はyes,ma'amが正しいです」

「イエス、マム」

「相手が若い女性の場合はmissを使います」

「イエス、マム」

「あなたは霧崎さんみたいな人ですね」

「ノー、ミス」

 駆けていく二人の背中が木々の中に消えると同時に背後で咆哮があがった。足場を形成しながら跳び上がって、先程の位置に戻る。

 神眼教の過激派。諸外国と比べると大人しいし数も少ないけど、そういった人達はこの国にも存在する。

 カフカに殺されることは神の救済。

 それは同教徒なら誰もが知る教えだけど、じゃあ実際にカフカが目の前に現れて大人しく殺されるかといえばそうではない。大多数の信者は、信仰よりも本能を優先して逃げ出す。同じように、徒花は悪魔だと教えられても、言葉の主張以上のことはしない。前に逆井さんと見たような抗議活動をするだけだ。

 でも、過激派と呼ばれる人達は違う。彼等は自ら戦地に赴き、徒花の妨害をして、カフカに救済を望む。

 有名な徒花が多くて一般人に支持されているこの辺りでは殆ど現れることがなく、実際、私もこの半年間で彼等に出会ったことはなかったのに。よりによって、今日。

 この場に彼等が現れたら。

 本能のままにミキが暴れ始めたら。

 もしもの話だった。ちょっと、想定しただけ。徒花四人が動いているのなら、数人の一般人を捕らえることくらい容易い。だから、ここまで辿り着くことはない。頭の隅ではそう考えていた。

 ミキの口が大きく開く。私が見えていないのだろうかとその場で軽く跳び跳ねてみた。でもその動きは止まることなく、目の前にいる私に浴びせかけるみたいに咆哮が轟いた。

 呼んでいる?

 いや、先程までの声とはまるで違う。

 怒り。嫌悪。憎悪。

 理性の消えた、本能的な声。

 ゆっくりと振り返ろうとするミキに先んじて、その巨体の裏側に回り込む。

 いた。

 三、四十代くらいの女の人一人だけだ。手に持っているのは、何かのスプレー? あれで警備員を襲ったのだろうか。

 ミキから十メートルほど離れた場所。顔を斜め上に向けたまま、ふらふらとした足取りで前進してくる。

 既に射程圏乃。

 足場を蹴って急降下。

 左腕を硬化。

 女の人の前に着地。

 振り返ると同時に左腕を薙ぎ、飛来した棘を砕いた。

 柔い。大型カフカと比べれば、ずっと。

 ミキが吼える。悲しみが滲んだ怒りの声だった。

「邪魔しないで!」

 一瞬、ミキが口にしたのかと思った。しかし背中に衝撃を感じたことで、女の人が発したものだと理解した。私のことを後ろから突き飛ばそうとしたのだろうけど、その程度の力では体勢も崩れない。

 そして、いちいち振り返っている暇もなかった。

 ヘドロの身体から射出される複数の棘を左腕で弾く。本当なら刀を形成したいところだけど、前へ出ていこうとする女の人を抑えることで右腕は塞がっていた。

「離しなさい、この悪魔!」

 服を掴んだ手を何度も殴られる。痛みはないけど。

 なんて、阿呆らしい。

 戦いたくない相手と対峙して。守る価値を感じない人を守って。その両者から攻撃される。

 ミキの攻撃が止んだ瞬間を見計らい、女の人を肩に担いだ。踵を返して駆け出す。とりあえず目の前から人間の姿を消すことが先決。そうすればミキもそのうち落ち着いてくれるはずだ。

 後方から飛来する攻撃をなんとかかわしながら更にスピードをあげていく。女の人の暴れっぷりは相当なもので何度か落としそうになった。一回落としたら上手いこと気絶して大人しくならないだろうかと思ったけど、頭でも打って死なれては困る。

 背後からの攻撃が止み、それからしばらく走った時、

「川那子さん!」

 不意に名を呼ばれた。急停止してから、声が聞こえた方向に顔を向ける。猪坂さんがこちらへ駆けてきた。茅野さんの姿は見えない。

「敵意のこもった咆哮が聞こえてきたので急ぎ戻ってきたのですが……」

 言いながら私の右肩に目を向ける。二体目の悪魔が現れたためか女の人は少し大人しくなった。申し訳程度の抵抗は続いているけど。

「茅野さんは?」

「保護した人達を麓へ連れていってもらっています。こちらは三名。今しがた連絡を取ったところ霧崎さんの方も同数の人を保護し、霧崎さんはこちらへ、三星さんは麓へ向かって別行動を開始したそうです」

「霧崎麗と合流したら私達も麓に行く?」

「そうしましょう」

 猪坂さんはサラッと答えてからミキのいる方へ振り返る。姿は見えないが、木々が薙ぎ倒される音が聞こえるということは移動を続けているらしい。

 霧崎麗を待っている間、猪坂さんは女の人にいくつか質問をしていたけど、そのどれにも返答はなかった。猪坂さんも暫くすると諦めて女の人から目を逸らして私を見る。

「霧崎さん、遅いですね」

 そう言った時だった。

 足の裏が微かな揺れを感知した。

 ほぼ同時に地鳴り。

 そしてそれとは別の轟音。落石音? 巨大な何かが山の斜面を転がり落ちている。

 高く跳び上がって周囲の様子を確認しようとした時、私達のすぐ傍に霧崎麗が着地した。

「霧崎さん!」

「マズいことになってるわ。この音はあのカフカ。全身を球状に硬化させて麓へ転がり降りてるのよ」

「あの状態でそんなことを?」

「元々知能の高いカフカだったのかもしれないわね。そんなことよりも急ぐわよ」

 霧崎麗は私に顔を向けながら言う。

「麓にいてカフカと戦える力を持っているのは、あの子しかいないでしょ」

 即座に茅野さんの顔が浮かんだ。女の人を霧崎麗に投げ付けて、

「ちょ、危ないわね」という言葉に背を向けて駆け出す。

 はやく。早く。速く。その思いに比例して周囲の景色は加速していく。

 地鳴りも轟音も既に止んでいた。その代わりに、耳をすますと人の悲鳴や破壊音が聞こえてくる。

 近付いていくうちに悲鳴は聞こえなくなった。破壊音が響く。地面を殴るような音。木が倒れる音。咆哮。

 戦闘が起こっている。

 生い茂る木々から抜けると一気に視界が開けた。

 破壊された一台のワゴン車。

 人影はない。

 だって、茅野さんは、もう、とてもではないけど、人と呼べる姿ではなくなっていた。

 地面に仰向けに落ちている胴体。近くに転がっている頭。

 そして、その胸に、二メートルはある長い棘が突き立てられた。

 ミキは吼えた。多分、私に気付いたんだと思う。

『私は、サラさんはミキちゃんのことを恨んでいるんだと思っていました』

 茅野さんの言葉が脳裏をよぎった。

『でも違うんならーー』

 ううん。

 違わない。

 きっと私は、心のどこかでミキのことを恨んでいた。

 大切な妹だっていうのは変わらないけど、それでも。

 イズルのことも好きだったから。

 ほら。

 今。

 恨みが溢れだす。

 やっぱり、逆井さんに吸収してもらうべきだったかもしれない。

 まぁ、無理だけど。

 両腕を腐化。

 地面を蹴る。

 右腕に刀、左は硬化。

 飛来した棘を弾き、叩ききる。

 大きな口から勢いよく吐き出された直径一メートルほどのヘドロの塊。

 斜め前方に跳んで回避。

 着地点へヘドロが流れてくる。宙に足場を作りながら更に前進。

 眼前に迫るヘドロの身体。

 刀を振りかぶる。

 ミキの身体。

 降り下ろす。

 ヘドロを裂く。手首を返してもう一撃。斜めに降り下ろしてもう一撃。左へ薙いで、更にもう一撃。もう一撃ーーーー

 硬化されたヘドロの塊が左半身を横殴りした。巨大な鎚で殴られたような衝撃。

 吹き飛ばされて、木に背中を打ち付けた。

 地面に足が着くと同時に再び前へ。ヘドロに足をとられないように今度は最初から宙を跳ぶ。高く。もっと高い位置がいい。

 飛来する数十の棘を、両腕を硬化して防ぐ。腐りきる寸前のせいか大した威力はない。

 勝てる。

 殺せる。

 高揚感。

 きた。

 あの感覚。

 私が私でなくなるような。

 恐怖。

 なにそれ。

 思わず笑ってしまう。

 たくさんの人が死んだ、家近瀬李奈さんが傷付いた記憶を慰めに生きてきた私。

 命を懸けて助けてくれた妹を恨むような私。

川那子沙良わたし』はそんなに高尚なものだろうか。

 無理に拒まなくてもいいか。

 ミキのことが済んだらすぐに腐るだろうって霧崎麗も言っていたし。

 あの二人がすぐに駆け付けてくれるだろうし。

 そしたら、ちゃんと、私を殺してくれるだろうし。

 もう、終わりでいいよね。

「サラさん!」

 その声に、私の意識は一気に現実じぶんへ戻った。

 目の前に迫った鎚頭状のヘドロの塊。咄嗟に両腕で防ぐ。ダメージは殺せても衝撃までは無理だろう、と、吹き飛ばされることを瞬時に覚悟した私の視界の中で、両腕が、ガラス細工のように砕け散った。

 鎚頭は勢いままに私の前半身を強く叩いた。

 身体が。

 ヘドロが弾ける。

 核が露に。

 顔の表面も弾け飛んでいるはずなのにちゃんと見えるんだ、なんて思った。

 飛来する無数の棘。

 弾けとんだヘドロの操作はまだ不可能。両腕はない。残った両足を腐化して、胸の前に障壁を形成。

 数本の棘を防いだ後に崩壊。

 棘が全身に突き刺さる。更にヘドロが舞う。

 核は砕けていない。かすっただけ。

 前方に鎚頭。

 ヤバい、とは思わなかった。

 相変わらず続いている高揚感。これに身を任せればこの状況も打破できるだろうか。

 でも。茅野さんの声を、あの幻聴を思い出すと、もうどうでもよくなった。

 戦いたくない相手と戦って。

 守りたくない人を守って。

 自分自身を失って。

 誰かの手を汚して。

 そこまでして、生きるべき人間ーー生き物じゃない。

 全身を脱力させた瞬間、視界の隅に素早く動く何かが映り込み、腰の辺りに強い衝撃を感じた。

 ぶつかってきた何かと一緒に鎚頭から間一髪で逃れ、地面に転がった。

 何か。

 仰向けに寝たまま、少し離れた場所に倒れているそれに目を向けた。

 茅野さんだった。

 両足がある。幽霊じゃない。でも、両腕はない。

 でも。

 生きていた。

 確かに胸を、核がある筈の場所を貫かれていたのに。

 茅野さんの上で鎚頭が振り上げられる。

 立ち上がりながら駆け出した。無意識のうちに身体の再生はある程度進んでいたらしい。でも足りない。

 飛び散っていたヘドロを操作。

 茅野さんの前に立ち、集まったヘドロで障壁を形成。

 降り下ろされた鎚頭とそれが激突する。

 轟音を響かせた後、砕けたのは前者だった。

 能力が戻っている。

 意志は砕けていない。

 護る。

 護らなきゃいけない。

 私が。

 そう思ったんだ。

 あの時も。


 お母さんの陣痛が始まって。

 病院の薄暗い廊下のソファで絵本を読みながら待っていて。

 まずお父さんが呼ばれて。

 それから私も呼ばれて。

 病室に入って。

 お母さんの横で寝ている妹を見て。

 お父さんに支えられながら妹を抱いた時に。

 妹なんか欲しくなかった筈なのに。

 私が護らなきゃって。

 そう思ったんだ。


 両腕を腐化。

 長身の刀を形成する。

 これでいい。

 今はこのかたちこそが私の意思。

 ミキを見上げて地面を蹴る。

 飛来する棘。回避はしない。足場を形成し、跳び上がりながら全て弾き落とす。身体も刀も、羽根のように軽かった。

 胸部は目前。

 鎚頭。

 縦に両断。

 その間を抜ける。

 静かに目を閉ざしているミキの姿。さっきと変わっていない。

 笑顔が脳裏をよぎった。

 あの時だって、嫌だった筈なのに。イズルと二人で映画に行きたかった筈なのに。

 たった一つの笑顔で許せてしまえたんだ。

 咆哮する。

 押し寄せる思い出に、意志が砕けてしまわないように。

 突き立てる。

 ミキの胸に、私の意思を。



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