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徒花の少女  作者: 野良丸
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真 ーウソー 8


 朝食を済ませて食堂を出る。時刻は九時を過ぎたところ。梅長さんと霧崎さんと話をしていたら大分時間が経っていた。

 何の話をしていたかというと、そりゃまぁ色々ではあるけど、サラさんのことが多かった。霧崎さんは『あなた、あの子の弱点とか知らないの』なんて訊いてきた割にはサラさんのことを気にしてる(気に入ってる?)みたいで、しかめ面なのに口調はどこか楽しげだった。『女王』さんの意外な一面だ。

 そのサラさんはまだ寝てるんだろうな、と思いながら階段を上がって廊下に出ると、前方でドアが開き、誰かが部屋から出てきた。

 思わずスマホを確認する。だって、サラさんがこの時間に起きてるなんて、任務以外では考えられない。でもスマホは警報どころか着信音ひとつ立てていない。

「あ、茅野さん」という、かなり寝惚けた声。

「お、おはようございます」

「おはよ」

「どうしたんですか、こんな朝早くから……」

「うん? 九時って早朝のカテゴリ?」

「え。あ、いえ」

 いつもの生活が生活だから、とは言えない。川那子さんは少し意地悪い笑みを口元に薄く浮かべた。でもすぐに引っ込めると、まだ完全には開ききっていない目で私を見た。

「でも、ちょうどよかった。さっき隊長から電話があって、九時半までに茅野さんと一緒に隊長室へ来いって」

「私とサラさんだけですか?」

「うん。二人だけで。梅長さんはハブ」

 なんでわざわざ悪意のある言い方を。

「あ、制服を着てこいって言ってた」

「ということはお客さんでしょうか」

「そうかも」

 それから各自部屋に戻って、制服を着用した。制服は、上はシャツにネクタイ、コートと固定。下はパンツとスカートの二タイプがある。隊長は雰囲気的にパンツルックが似合いそうだけど、いつもスカートを履いている。どうしようかな、と三秒くらい考えて、スカートに手を伸ばした。サラさんはどっちを穿いてくるかな。やっぱり普段通りパンツかな。そういえば、サラさんのスカート姿って見たことがない。

 部屋を出ると、サラさんはまだだった。少し意外に思う。こういう場合、いつもなら私が待たせる側だから。

 五分後に出てきたサラさんはどこか誇らしげに「ごめん。ちょっと手こずった」と言った。

「手こずる、ですか?」

「ネクタイ」

「なるほど」

 胸を張るサラさんが少しおかしくて笑ってしまった。


 

 

 隊長室に到着したのはちょうど九時半だった。ノックをしてから入室。中にいたのは隊長一人だった。

「時間通り。意外だな」

「楽勝」

「そういうことは寝癖を直してから言え。まぁ、もうちょっと待っていろ。そろそろ到着する筈だ」

「お客さん?」

「あぁ」

「誰?」

「秘密だ」

 隊長にしては珍しい、ちょっと子供っぽい笑顔だった。

「誰だと思う?」と、サラさんはソファに腰掛けながら私に訊いてきた。隣に座りながら少し考える。

「サラさんのお父さんとかでしょうか」

「普通すぎてサプライズの意味がないと思う。あ、茅野さんの家族は?」

「え? い、いえ、それはないと思います」

「そう? 実家が遠くならサプライズにもなると思うけど」

 だって、それは嘘だ。この前の休みは、実家に帰ると言って、國増家のお墓参りに行っていた。カフカになってしまった奈緒はお墓に入ってないけど、それでも。

 その時、ノックの音が響いた。

「お客様をお連れしました」というちはるさんの声。

 隊長は椅子から腰をあげながら返事をする。偉い人なのかな。私もつられて立ち上がる。サラさんもお婆ちゃんみたいな動作で重たい腰をあげた。

「失礼します」と、萎縮気味の声が二つ続いた。

 お客さんの正体は、それだけで分かった。

 ドアが開く。

 ちはるさんに促されて入室してきたのは、家近皐月さんと瀬李奈さんーーーー私の、お母さんと妹。だった、人。

 サラさんの視線を感じた。私の知り合いだと思っているのかもしれない。でも、それはない。隊長が私のことを二人に言うなんて、絶対に。

 だから、これは、きっと。

「家近皐月さんと瀬李奈さんだ」と後ろから隊長の声。その紹介に合わせて二人は深くお辞儀した。私とサラさんも同じように返す。

「川那子君、瀬李奈さんに見覚えは?」

「私?」

 意外そうな声をあげてから、瀬李奈をじっと見つめる。瀬李奈は居心地が悪そうだった。そして、その視線は顔から右半身に移動し、サラさんは首を傾げながら口を開いた。

「もしかして、五年前の女の子?」

 瀬李奈は緊張した様子で「はい」と頷く。

「無事だったんだ」呟くように言う。まだ眠たいのか、どこかぼんやりした感じだった。「あ、無事っていうのもおかしいかもしれないけど」

「いえ」とお母さんが首を横に振る。「この子の命が助かったのはあなたのおかげです。本当はもっと早くお礼をするべきだったのに、こんなに遅くなってしまってごめんなさい」

「いえ。私も、つい最近まで引き込もってましたから」

 それはジョークなのかな。それとも、ただ単に思ったことを口にしただけ?

「五年前、娘を助けていただき、本当にありがとうございました」

 お母さんは再度、先程より深く、頭を下げた。

「ありがとうございました」

 瀬李奈もそれに続く。

 サラさんは二人が頭を上げるのを待ってから「どういたしまして」と言った。

「あの、これ、よろしければ」

 お母さんが手に持っていた紙袋を差し出す。サラさんは受け取っていいのかと問うように振り返る。隊長が頷いたのを見てから前に向き直り「ありがとうございます」と言って受け取った。

「そちらのあなたも、よければ」

 お母さんは笑顔を浮かべて私を見た。

「はい。ありがとうございます」

 そう、笑顔で返せたと思う。

「それでは、私達はこれで。今日はお忙しい中お時間をとっていただき、本当にありがとうございました」

「い、いえ」とサラさん。この時間は普段寝ているという事実に若干の罪悪感があるのかもしれない。

 ペコペコと頭を下げながら部屋を出ていく二人を、

「あの」と、サラさんが呼び止めた。

 二人は少し不思議そうな顔をして振り返る。「えっと」とサラさんは珍しく言葉に詰まりながら、迷いながら、二人を見た。

「引きこもっている間は、起きるか眠るかしかなくて、起きている時はぼーっとしていて、眠っている間は必ず夢を見てました」

 サラさんは言葉を紡ぐように話していく。

「夢は二種類ありました。どっちも五年前の記憶で、一つは、妹と幼馴染のもの。もう一つは、駅前でカフカと戦った時のもの。現実の情報は一切遮断して、ただその二つの夢を繰り返し見るだけの生活でした。人間らしい生活だなんて、お世辞にも言えないような」

 申し訳なさそうにお母さんが頭を下げる。

「三ヶ月前に、ようやく現実のことを知って、少し不思議に思いました。なんで私は、あの五年間、腐らずにいれたんだろうって」

 そう言って、サラさんは瀬李奈を見た。

「多分私は、あの夢にーーあの時の記憶に救われていた。あなたが生きていることを盲信して、あの日、私は何も出来なかったわけじゃないと、自分を慰めていた。たくさんの人が死んで、傷付いた、あんな記憶で」

 サラさんは両手を重ねて頭を下げる。

「だから、ごめんなさい。私には、きっと、あなた達に感謝してもらう資格はない」

「そんなことはーーーー」

 お母さんはサラさんに駆け寄って、その肩を優しく掴んだ。

 瀬李奈、と思わず口にしそうになった。

 扉の前で立ち尽くしている妹の瞳からは涙がポロポロと溢れていた。頭を上げたサラさんもそれに気付いて、その表情でお母さんも振り返った。

「どうしたの、瀬李奈」

 溢れる涙は左手一本では拭いきれずに、頬を伝い、床へと落ちていく。

「違う。悲しいんじゃなくて、嬉しいの」

 涙を流しながら瀬李奈は言う。

「ずっと、何も出来ずにいたから。それがどんな形でも、川那子さんのことを助けられたことが」

 胸が締め付けられる。足が勝手に出そうになる。両腕を広げて、抱き締めたくなる。愛しいという想いに身を任せたくなる。

 だけど、駄目だ。私がやれば、きっと、今の自分を見失うことに繋がるから。

 サラさんの背中に手を回して、軽く押した。

「な、なに?」

「ぎゅっとしてあげてください」

「わたしが?」

 少し狼狽えた様子のサラさんに、私は笑顔で返した。

「それ以外に、誰がいるんですか」



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