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徒花の少女  作者: 野良丸
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真 ーウソー 7

 メールで提案を送った一時間後、明日の放課後支部に来るように、という返信があった。そのメールを読んでいると更に着信があって、そこには『試すなよ』とだけ書かれていた。


「それが禁止されているということは知っているだろう」

 翌日、言われた通りに支部へ行くと事務員さんに隊長室まで案内された。そして隊長と対面し、挨拶もそこそこにそう言われたのだった。

「あくまで徒花の間で、というだけで罪にはならないって……」

「だが、その結果腐化して人を殺せば殺人罪だ。顔を全く別人のものに変えるなどという行為は自らの否定に他ならない。徒花がやればどうなるか分からないわけでもあるまい。実験的にそれを行った国もある。その国では女性の地位が低く、圧倒的な力を持つ徒花が女性であることをよしとしない意見が多数派だった。そして、外見を全て男性のものに変えようとした」

 それは、私自身、提案にあたっていくらか調べたなかで目にした。たしか、その結果はーーーー

「男性の姿にーー顔だけではなく、身体もなーー変わること自体は成功した。だが、そうした徒花が次々と原因不明の腐化。戦闘を拒否する徒花も現れたことで、国全体が危機に陥った。近隣諸国の徒花が派遣されて、なんとか事はおさまったがな。

 だが、その国はそれでも方針を変えなかった。身体だけ男性のものに、あるいは顔だけ男性のものに変えるよう指示して、何人もの徒花を腐らせたが、結局、成功者は一人も出なかった」

「私がなりたいのは男の人じゃなくて同性です」

「それも禁止されている。確かに罪にはならないが、何故そうなっているのかは言うまでもないことだろう」

 同様のことを過去に行い、失敗している。だから禁止。それは私にも分かっている。

「方法だけ教えてもらえれば、後は私が勝手にやります」

「そういわれて教えると思うか?」

「教えてもらえなければ自分で考えてやります」

「勝手なことを言うな!」

 隊長は一喝してから机に肘をつき、掌を額に当てる。

「そんなことを公にするわけにはいかない。一度顔を変えれば、もう、君は『家近千奈美』には戻れない」

「それでいいです」

「何故そこまでする? 本当に、ただ妹の恩人だからか? その妹を悲しませてでもすべきことか?」

「國増奈緒という名前を知っていますか?」

 隊長は眉間に皺を寄せる。

「聞き覚え……いや、見覚えがある。確か、腐化した一般の徒花の名だったか」

「はい。私の友達でした」

 額の手が離れて、僅かに見開かれた目が露になる。そして納得したように椅子の背にもたれた。

「なるほど、決意が固いわけだ。妹の恩人と亡くなった友人。二人のために、君はーーーー」

「違います」と言葉を遮った。そうするべきだと思った。

「私のためです。きっかけは違っても、私がやることは、全部、自分のためなんです。だから、そうした結果で家族を悲しませることになっても、誰かを傷付けたり苦しめたりすることになっても、全部私のせいです。そういうもの全部受け入れて、新しい自分を作ります。だから、絶対に自分を見失ったりしません」

 頭を深く下げる。

「お願いします」

 期待していた言葉が返ってくるまで頭を上げる気はなかった。

 カチッ、という音。

 室内を漂う煙と匂い。

 長い吐息。

 それを何度も繰り返し、どれほどの間そうしていただろう。

 息を長く吐いた後、隊長は「分かった」と言った。

 私は勢いよく顔をあげる。

「ただし、君だけに全てを任せたりはしない。自身の再構築法を教える以外にも噛ませてもらうぞ」

「それだと、隊長にも迷惑をかけることになります」

「気にするな」

「でもーーーー」

「君の行動が自分のためだというのなら、私のこれも十分自分のためだ」

 そう言われると、もう何も言い返せなかった。隊長はそれを確認するような視線を向けてきた後、吸っていた煙草を灰皿に押し付けた。

「再構築を始める前にやるべきことが山積みだ。まず、君を訓練生から隊員に昇格させる」

「空きがあるんですか?」

「先日、一人の吸花が、限界が近いと申告してきた。彼女の代わりに入隊してもらう」

 頷く。

「そして、最初の任務で殉職。任務中、別のカフカが現れ、その後を追って消息不明ということにするか。当然、遺体は発見されないが、その場に何か個人を特定できるものでも残しておけばいいだろう。その後は私の実家に隠れておけ」

「任務中とはいえ、他の隊員の人に気付かれないでしょうか」

「全て出任せにするわけではない。カフカには実際に現れてもらう」

「どうやってですか?」

「私が化ける」

「それはーーーー」

「君が負うリスクに比べれば軽いものだ」

 全身の腐化は人としての意識を揺るがす原因となる。だから徒花は基本的に四肢しか腐化しない。

「それが上手くいけば、この世から『家近千奈美』という徒花は消える。だが、問題はここからだ。自分自身を全く別の人物に作り替える、意識から改変していく行為には、最短でも一ヶ月、長ければ一年必要とされている。潜伏場所は私の実家でいいだろうが、その間、君は決して低くない腐化の可能性を抱えながら過ごすことになる。通常、徒花の腐化が始まった場合は他の隊員が介錯することになっているが、君に誰かをつかせてやることは出来ない」

「腐化が始まった場合、自分で核を砕けばいいんですね」

「用意はこちらでしておく」

 そして、と隊長は続ける。

「それが無事に済んだところで、危険はまだ残っている」

「川那子さんと会うとき」

「そうだ。妹によく似た顔の君を見て、彼女がどういう反応をするのかは誰にも分からない。なんの反応も示さないか、何かしらの反応を示すのか。後者の場合、君に危害を加えようとする可能性が考えられる。その時、どうすべきか分かっているか?」

「逃げます」

「それでいい。川那子サラの戦闘能力は君より確実に上だ。では、君の姿を見て、川那子サラの腐化が始まったらどうする?」

 どうするなんて。

 徒花の負の感情は吸収出来ない。

 カフカになろうとしている、あるいはなってしまった徒花に、他の人がしてあげられることは一つだけ。

「殺します」

「妹の恩人を、君の友人と似た境遇にいる彼女を、その手で?」

「できます」

「それで、君まで腐化しないと断言できるか?」

 一瞬言葉に詰まった。想定外の質問、状況。想像が足りていなかった。それを含めて覚悟を決め直す。

 殺す覚悟を、強く。

 心が乱れないように。

 全ては自分のためなのだからと。


 小さな矛盾が胸をつついても、意に介さず。





 五月三日。家近千奈美、任務中に行方不明。戦いがあったと思われる場所に、スマートフォンその他を発見。家近隊員のものと確認。

 五月十日。行方不明から七日が経過。規定により、家近千奈美は殉職したものとするらしい。

 五月十一日。遺族へ遺留品引き渡し。

 五月十三日。葬儀がとり行われる。

 五月二十日。隊長が家近家を訪問。家近千奈美の母と妹と会う。二人とも落ち着いて現実を受け入れている様子。

 五月二十八日。隊長の知人から連絡あり。川那子さんのお父さんが仕事中に軽い貧血を起こして倒れたらしい。

 六月三日。一ヶ月経過。

 六月十日。隊長に連絡を入れる。


 六月十一日。対カフカ部隊扇野支部へ。


「さて」と、椅子に深くもたれながら隊長は言った。リモコンを掴んで、テレビに向ける。

 小さな起動音。画面に映ったのはーー

「これは誰だ?」隊長の問い。

「川那子サラさんです」

 隊長は正解も不正解も言わずにリモコンのボタンを押す。画面が切り替わる。

「これは?」

「戸舞流華さん」

「これは?」

「逆井真奈さん」

「これは?」

「家近瀬李奈さん」

「これは?」

「家近皐月さん」

「これは?」

「私」

「これは?」

「古味理香子さん」

「これは?」

「國増奈緒さん」

「これは?」

「梅長仁美さん」

「これは?」

「類家千香さん」

「では最後の質問だ」リモコンをテレビに向ける。

「これは誰だ?」

 答えは自然と出た。

「家近千奈美さん」

「正解だ」と言って隊長はテレビを消した。私は隊長に真っ直ぐ向き直る。

「だが一問だけ不正解があった。自分で分かるか?」

 首を傾げる。

 隊長は私の目を見ながら言う。

「君は川那子ミキではない」

 自分が映りこんだ鏡が粉々に割れるような感覚。

 でも、そうだ。私は川那子ミキちゃんじゃない。私は、家近千奈美、だった。でも今は違う。じゃあ私は一体ーーーー

「名も無き徒花の少女。それが今の君だ」

「今の私……」

「だがいつまでも名無しでいるわけにもいくまい。君は、自らに、何と名を付ける?」

 名前。その言葉で浮かんでくる。

「奈緒」

 隊長は眉を潜める。「奈緒? まさか苗字は國増じゃないだろうな」

「駄目? ですか?」

「却下だ。少しでも注目を浴びる可能性のある名前は危険だ」

「苗字を変えたらいいですか?」

「そうまでしてその名前を使いたいのか」

「はい。あの、隊長」

「なんだ?」

「私、腐ってませんか? 人の形をしていますか?」

「あぁ。何故、そのようなことを?」

「私、今、人が憎くてたまらないんです。川那子さんを、奈緒を、蚊帳の外に追い込んだ人達が。このままのうのうと生きて欲しくない。自分達のしたことが、私の大切な人を傷付けて、苦しめて、死に追いやったことを忘れて欲しくない」

「それで、國増奈緒の名前を?」

 頷く。隊長はしばらく思案顔で黙った後に私を見て口を開いた。

「茅野奈緒。この名前はどうだろうか」

 その苗字が、私がさっき口にした言葉からとったものだということはすぐに分かった。

 蚊帳の外の奈緒。なんて、自嘲的な名前。

 でも、それでいいと、いや、それがいいと思った。

 私だって、川那子さんを、奈緒を、追い込んでいた人間の一人に過ぎないのだから。

 私の名前を聞く度に、奈緒を追い詰めた人々は彼女のことを思い出すだろう。

 そして、誰かに名前を呼ばれる度に、私も、また。

 人々を、自分自身を、糾弾する。

 戒めの名前。

 茅野奈緒。



 それから約六時間後。

 私は初めて、その名前を名乗ることになった。

 その、エゴの塊みたいな名前を。



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