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徒花の少女  作者: 野良丸
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真 ーウソー 5


 長い電車移動の間はお母さんへ送るメールの文について悩み続けたことで随分と早く感じた。

 駅を出て奈緒の家へ向かう。こっちの方では雪がたくさん積もっていた。大雪が降ったのだろう。奈緒も教えてくれればいいのに。

 雪を踏んだら足首くらいまで埋まってしまう。一人分だけあった誰かの足跡をなぞって歩いたけど、大人の男の人のものなのか歩幅が広くて、何度かバランスを崩して片足を雪に突っ込んでしまった。

 靴の中に入ってきた雪で足先の感覚が曖昧になってきた。辺りがうっすら暗くなったかと思うと雪が降り始める。急がなきゃ。

 強めの風が吹き始めた頃、奈緒の家が視界に入った。薄暗いうえに雪のせいでよく見えないけど間違いない。家の前にある電灯が目印だ。

 新しく積もった雪を踏みながら家の前へ。

 電灯に照らされた家を見て、息を呑んだ。

『人殺しは出ていけ』

『クニマスナオ』

『さっさと腐って死ね!』

 家の壁や駐車場のコンクリートに書かれた落書き。

 割れていないところがない窓ガラス。

 すりガラスが割れた玄関扉。

 生ゴミが詰められた郵便受け。

 ここに奈緒が住んでるの?

 そんなわけない。

 じゃあ、メールに書いてあったことは?

 その日と前日に学校とかであったことを書いたメール。

『今日は期末テストだったよ。私は学年五十位。まぁまぁって感じ? 学年一位は和花だったよ。やっぱり頭のいい人って中学生になっても変わらないね。あ、でも理香子は最近塾に行き始めたらしくて成績上がってーーーー』

「千奈美!?」

 その声に顔を上げると、少し離れた場所に制服姿の理香子が立っていた。

「あんたなんでこんなところにーーっていうか、なんでそんな雪道の上に座ってんの!? ほら、早く立ちなって!」

 腕を引っ張られて立ち上がる。おしりについた雪を払ってくれた。

 それから、理香子も奈緒の家を見上げた。

「知らなかったの?」

「うん」

「まぁ、そうだよね。とりあえず、こんなとこに立ってたら風邪引くから……ほら、うち来なよ」

 理香子は再び私の手を取って引っ張る。頷いて、雪のなかを歩き出す。道中は、ずっと黙ったままだった。

 家に着くと、驚くおばさんを尻目にお風呂に放り込まれた。後から理香子も入ってきたけど、やっぱり何も言わなかった。

 着替えを借りて、二階にある理香子の部屋へ行った。

「夕御飯までまだ時間あるから」

「うん」と頷いてから、ベッドに腰掛けている理香子を見る。

「帰り、遅かったんだね。塾?」

「なんで塾。私が勉強嫌いなの知ってるでしょ? 部活よ、バレー部」

「そうなんだ」

「千奈美こそなんでいきなり来たのよ。その……、奈緒と連絡取ってないの?」

「取ってたよ。でも、引っ越すからもうメールしないってメールが届いて……」

「奈緒なら、もう一ヶ月以上前に引っ越したわよ」

 当然のことだというような口調。

「どうして?」

「分からないの? それとも分からない振りしてるだけ?」

「だって、ここにはみんながいるでしょ? 理香子も、和花も、葉月も千景も」

「そりゃあ、私達だって、徒花になったからって最初っから奈緒のことを避けてたわけじゃないわよ。近所の人達だって、多分、そうだと思う」

 理香子は頬杖をつく。

「一月の中旬だったかな。この辺にカフカが出たの。葉月の家覚えてる? あそこらへんにね」

 初耳だった。当然、奈緒からのメールにはそんなこと一言も書いてなかった。

「十二人の人が死んだ」理香子は壁を見たまま言った。「そのうちの半分が、カフカが出た時近くの公園で遊んでいた小さな子供。目撃した人の話だと、身動きがとれなくなった子を助けようとして殺された人もいたみたい。ここは田舎だから都会と比べて支部の数が少ないし、徒花部隊の到着を待ってたらすごい被害が出ることは誰にだって分かった。だからみんなで奈緒にお願いしたの。カフカの相手をしてほしいって。別に倒せって言った訳じゃないわよ? 足止めでよかったの。本人にもそう言った。でも、奈緒は断った」

「だって奈緒は、対カフカ部隊の隊員じゃない」

「でも、一般人じゃないでしょ? 徒花だもの」

「対カフカ部隊に入ってない徒花は一般人だよ」

「グレーゾーンだからセーフってわけじゃないでしょ」グレーゾーン? 奈緒が犯罪紛いのことをしたかのような言い方に気持ちが逆立った。「それに、徒花はカフカと戦うものなんだから」

「それは一般人わたしたちが勝手に決めつけたことでしょ!」

 思わず叫ぶと、理香子は驚いた後に激昂した顔をこちらに向けた。

「ならあんた、カフカと戦えって言われて戦えるの!? 誰かが戦わなきゃいけないなら、それに一番適した能力を持つ人たちが戦うのは当然でしょ!」

「当然じゃあない! そんなの常識にしちゃいけない!」

「あんた昔からいつだってそう! 綺麗事ばっかり吐いて、いい子面して! 今もいいことしてるつもりなんだろうけど、結局奈緒ともだちがそうなったからギャーギャー騒いでるだけで、それまではあんただって私達と同じ傍観者でしかなかったんだからね! 結局、自分のためにしか行動できないあんたにそんなこと言われる筋合いない!」

「だって……! そんなこと言ったって! カフカと戦ったら奈緒だって死んじゃってたかも知れないんだよ!?」

「それはっ!」

 理香子は怒っていた肩を下げて、その言葉を口にした。

「仕方のないことじゃない……」

「仕方のないこと!? どうして!? 他の人が死んじゃうのは仕方なくなくて、なんで奈緒が死んだら仕方ないことなの!? なんで仕方ないで済んじゃうの!」

「奈緒は、徒花だもん。私達とは違う。もう普通の仕事は出来ないし、子供も産めないし、今死ななくても、いつか死んじゃうでしょ?」

「理香子、おかしいよ。そんなこと言えるなんて」

「千奈美も、私達と同じ経験をすれば、きっと同じような考えになるわよ」

「ならない」

「なる」

「絶対にならない!」

「なるのよ。嫌でも」

 その日、理香子とは、眠るまで一言も喋らなかった。翌朝に「おはよう」と挨拶して、ご飯を食べながら互いの学校について少しだけ話した。

 そして駅で別れる前に、奈緒の引っ越し先を知らないか尋ねてみた。

 返ってきたのは「多分、誰も知らない」という答え。「それでいいと思う」という感想付きの。


 帰りの電車の中で『一度会いたいな』と打ったメールを奈緒に送った。

 返信はすぐにあった。

「アドレス、変えたんだ……」

 笑みを作りながら、思わず呟いてしまった。





 進級。

 瀬李奈にとっては進学だ。私と同じ中学に入学した初日から流華と莉乃を前にして目を回していたことは記憶に新しい。

「へーへー、ちなみんの妹さん! んー。あんま似てない!」

「瀬李奈ちゃん。いつもお姉さんにはお世話になってます」

「い、いえ。ふつつかな姉ですが、これからもよろしくお願いします」

 ふつつかて瀬李奈。というか莉乃もいつもとキャラが違う。いつも通りなのは流華くらいだった。

 そんな流華、莉乃、それと麻耶ちゃんとは、進級の際のクラス替えで分かれることになってしまったけど、新しいクラスにも仲のいい友達や逆井さんがいた。

 逆井さんとはすぐに仲良くなって、一学期が終わる頃には名前で呼び合うようになっていた。だけどその頃、会話で流華や莉乃の話題が出ると真奈の口数が少なくなることに気付いて、少しだけ気になっていた。

 そして夏休み終盤の八月下旬。

 麻耶ちゃんが任務中に亡くなったことを知った。

 その一週間後、始業式の日には、その後任に真奈が選ばれたことを、本人の口から聞いた。正式な入隊。昇格と言ってもいい。

 でも、喜ぶ気持ちにはなれなかった。

 奈緒のこともそうだけど、真奈本人がーー笑顔は笑顔だったけどーー全然嬉しそうじゃなかったから。

 そうして、更に時は加速する。

 お母さんや瀬李奈とは、もう普通に話せるようになっていた。と言っても二人とも元々お喋りでもなければいつもニコニコなタイプでもないから私が喋らないと結構な割合で沈黙が続くことになる。まぁ前ほど気まずくは感じないけど。

 そんなお母さんは、最近パートを始めた。普通の事務仕事だと心なしかイキイキしながら言っていた。

 三学期に入ると周りには受験モードに入る人がちらほら現れ始めた。私はまだ志望校すら絞れていない状況だ。

 そんな冬の日。

 家に帰って何気なくテレビを付ける。そこに映ったのは、倒壊したいくつもの家屋を空から撮影したものだった。左上のテロップには『徒花がカフカに。日中の住宅街を襲った悪夢』の文字。

 任務中に徒花が腐化したのかな。

 リビングに立ったままテレビを見る。

 現場近くに来ているらしいリポーターに画面が変わった。

『えー、この先、現在は立ち入りが禁じられておりますが、私が立っているこの場所から更に二百メートルほど進んだ先にある住宅で徒花が腐化。その徒花自身の家族を含む五名を殺害した後、対カフカ部隊によって討伐されたとのことです』

『所属支部は分かっているんでしょうか』

『いえ。近隣の方にお話を伺ったところ、どうも今回腐化した徒花は、対カフカ部隊に所属していなかったそうです』

『あ……、そうですか』

 スタジオでは僅かに気まずい沈黙が流れた。この人達が一般人による徒花への差別行為を知らないわけがない。

 それでも誰も何も言うことなく次のニュースへと移っていった。保健所に集められた野良犬の中から盲導犬を育成するという試みが開始されたとかなんとか。

 ソファーに座って、鞄からスマホを取り出した。ニュースでやっていた、カフカが現れたという『地名 カフカ』で検索。いくつかのニュースサイトに混ざって匿名掲示板が検索上位にきていた。

 そのページを開いて、そこに書いてあるコメントを呼んでいく。

『やっぱニートって屑だわ』というかんじに茶化すものもあれば、

『だから徒花は大人しく徒花同士で暮らしとけよ。それなら腐ってもすぐ殺してもらえるだろ』

『↑人間にも言えることだけどな』

『↑お前徒花だろ』

 という感じで口論している人達もいた。

『こんな目に遭ったらそりゃ腐るわ』

 そのコメントに添付されている画像。それは、徒花が腐化して倒壊する前の家を撮った写真だった。

 強い既視感。

 記憶に新しいものほど酷くはないけど、それでも大きな落書きはいくつもある。

 その中に、私の知っている名前があった。

 今度は片仮名じゃない。漢字。珍しい名字だ。名前まで一緒で、しかも同じ徒花だなんて偶然、ありえない。

「ただいま」という瀬李奈の声。

 リビングに向かってくる足音。スマホをポケットにしまってそちらを見た。

「おかえり」

「ただいま。服も着替えないで何見てるの?」

 瀬李奈は鞄を椅子に置きながらテレビを見る。

「盲導犬」と瀬李奈は小さく呟いた。

「捨てられた犬を盲導犬とか聴導犬にするんだって」

「ふぅん」

「いいことだよね」

 瀬李奈はしばらくテレビ画面をじっと見てから「そうかな」と言った。

「人の役に立たないと殺されちゃうなんて、まるで、徒花の人達みたい」


 多分、瀬李奈にとっては何気ない一言。

 でもその言葉は、その日の夜、失神みたいな睡眠につくまで私の頭から離れてくれなかった。

 奈緒があんな目に遭って、挙げ句の果てに腐ってしまったのも、川那子さんが現在進行形で迫害され続けているのも、わたしたちの役に立たなかったから?

 大半の一般人だって何かしら人の役に立ちながら生きている。でもそこには確かな自由があるはずだ。どういうかたちで他人と関わって生きていくのか、共存していくかの選択が。

 徒花の人達にはそれがない。人が決めたことをやって生きていくしかない。

 それは人の生き方ではない。

 家畜だ。

 役に立たない家畜は生かしておくだけ無駄。

 だから殺す。

 死んでしまう。川那子さんもいつかは。奈緒のように。

 でも、私に何が出来るのだろう。



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