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徒花の少女  作者: 野良丸
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真 ーウソー 4

 奈緒から手紙が届いたのは、それから二週間後だった。

 そこには、対カフカ部隊に『入らない』と決めたと記されたいた。学校も変わらず通えるようになったらしく、友達もあまり気にせずに接してくれているらしい。あと、スマートフォンを買ってもらったということ、それからメールアドレスが書かれていた。

 奈緒からの手紙を待っている間、返事を出すとき、徒花の人達のことは書かない方がいいかなと考えていたけど、戸舞さん達に関する質問を向こうからしてきたので、少し遠慮しながらも書いていくことにした。今までたくさん書いてたのに、急になくなったらおかしいだろうし。

 三学期から編入してきた三ノ宮さんのみやさんについても少しだけ書いた。

 三宮さんは人見知りが激しい内気な女の子で、シンパシーを感じて話し掛けたらすぐ仲良くなれた、と。

 亡くなった佐貫さんの代役だってことは書かなかった。

 文通は止めて、一日に一通、メールを送ることになった。当日と前日にあった出来事を記した、日記みたいな長文メール。翌日には奈緒から私と同じような内容のメールが返ってきて、また翌日に私が送る。小学生の頃に学校で流行った交換日記のような感じ。

 そうして、一ヶ月半が経った三月上旬。

 終業式が二週間後に迫っているということもあって、メールの文末に『春休み、そっちに遊びに行ってもいい?』と打って送信した。

 翌日、日付が変わるまで待ったけど返信はなかった。今までこんなことはなかったから、奈緒に何かあったんじゃないか、メールに何か怒らせるようなことを書いてしまったのではないかという不安が絶えず、ようやく眠りにつけたのは深夜の三時を回った頃だった。

 翌朝、メールが届いていた。飛び起きて、ベッドの上に座ったままメールを開く。

 その内容は悶々としながら予想していたどれとも違うもので、最初の一文は、返信が遅れたことへの謝罪、そしてそこからは、


『黙ってたけど、今の家を引っ越すことになったの。

 私は大丈夫なんだけど、やっぱり色々言う人はいるから、私のことを誰も知らない場所に行って、なんとか暮らすつもり。

 新しい環境に昔のことは一切持ち込みたくないから、千奈美と連絡とるのもこれで最後にするね。

 色々いきなりで、しかも勝手なこと言ってごめん。

 じゃあね。今までありがと』


 メールの着信時間は、私が寝てしまってから一時間程度後のだった。

 奈緒との手紙、メールのやりとり。

 そんな日常の唐突な変化。

 何度も読み返して、ようやく理解できた。

 返信をタッチしたけど、本文には一文字も打てないまま指の動きは止まった。

 何と送ればいいのだろう。いや、奈緒は返信なんて望んでいない。だから正しくは、私はなんと送りたいのだろう、だ。

 気付けなくてごめんね?

 新しい生活頑張ってね?

 私は奈緒とメールしたいよ?

 どれも本心だけど、違う気がした。

 ノックの音。返事をするより先にドアが開いて、制服姿の瀬李奈が顔を出した。

「お姉、遅刻する、よ?」

「う、うん」

 ベッドから降りて部屋を出る。

 返信の内容、あるいは返信するかどうかは、今日一日掛けてじっくり考えてみよう。誰かに相談してみるのもいいかもしれないけど、奈緒のことを話しているのは徒花の友達、それも同じクラスの三人くらいだ。

 流華か、莉乃か、麻耶まやちゃん。

 麻耶ちゃんかなぁ。流華と莉乃はーー言い方とテンションは全然違うだろうけどーー二人とも『思ったままのことを伝えれば良いと思う』って言いそう。もちろん、その選択が間違ってるわけじゃないけど。この先二度と会えない可能性もあるんだから、今のうちに言いたいことは言っておいた方がいいんだろうとも思う。でもそれは自分のためじゃないだろうか。私はもっと、奈緒のことを考えてメールを打ちたい。


 校門を過ぎたところで麻耶ちゃんの後ろ姿を見つけた。いつも一緒にいる二人の姿がない。あ、もしかしてまたーーーー

「麻耶ちゃん、おはよう」

「あ、おはよう、家近いえちかさん」

 振り返って柔らかい笑みを浮かべる麻耶ちゃん。私のことも名前呼びでいいって言ってるんだけど、照れ臭いらしくて未だに苗字にさん付け まぁ私だって、流華と莉乃を名前呼びするのに何ヵ月もかかったのだから、気長に待とうと思う。

 けど、そんな時間はあるのかな。

 佐貫さんは、私が『志保しほ』って呼ぶ前に亡くなっちゃったから、どうしてもそんなことを考えてしまう。

「流華と莉乃は? もしかしてまた?」

 麻耶ちゃんは眉をハの字にして笑いながら頷いた。

 あの二人ーー特に流華は、当然と言えば当然だけど、すごくモテる。登下校中に他校の男子に告白されることなどざらにあるくらいだ。

「今日はどっち?」

「流華ちゃん」

 ということは莉乃が覗き役をしているらしい。莉乃が告白される場合は流華がそれを覗く。一度それぞれに理由を聞いたことがあって、莉乃は『相手が変態だったら危ないから』で、流華は『面白そうだから!』だった。

 昇降口までの道程で、麻耶ちゃんに奈緒のことを相談した。下駄箱で一旦別れて、また合流する。

 麻耶ちゃんならどうする? と改めて聞こうとした時、背後から廊下を走る足音が聞こえた。

「麻耶、おはよっー」

 挨拶と同時にその人は麻耶ちゃんの肩を軽く叩いた。徒花の人だ。確か名前はーー

「真奈。おはよ。あ、えっと、家近さん、知ってる?  徒花で、訓練生の……」

「う、うん。逆井真奈さん、だよ、ね?」

「うん」と逆井さんは笑顔で頷いた。

 クラスは違うけど、徒花の人だし、明るくて元気そうな人だから、よく目立っていた。ちょっとだけ、私の人見知りが発動しちゃうタイプの人というイメージ。

「家近さんのことは麻耶からよく聞いてるよー」

「そうなの? ま、麻耶ちゃん、恥ずかしいこと言ったりしてないよね? この前のこととか……」

「い、言ってないよ。期末テスト中に寝ちゃってーーーー」

「言いそうになってるよ!」

 両手を口に当てる麻耶ちゃん。

「あぁ」と逆井さんは斜め上に視線を向ける。「テスト中に寝て、寝言で『醤油……』とか『味噌……』とか『塩……』とか、何故かラーメンの種類を呟きだしたっていう?」

「ご、ご存知でしたか……」

「クスクス笑ってた同じクラスの人とか先生に『完食……!』の一言でトドメを刺したっていうあれでしょ?」

「そ、そんな面白い言い方はしてないと思うけど……」

「えー? 聞いたまんまだよ?」

 逆井さんはそう言ってから私と麻耶ちゃんの顔を横目に見た。

「それで、何の話してたの? なんか二人揃って暗い顔してたけど」

「あ、えっと」と麻耶ちゃんが私に目を向ける。あまり広めたい話でないことは確かだけど、逆井さんには話してみてもいいように思えた。どこか雰囲気が奈緒に似ているからかもしれない。

 教室に着くまで、逆井さんに奈緒のことを話した。移動時間を考えると大分省略したかたちになってしまったけど。


「教室着いちゃったね。話聞いてくれてありがとう、逆井さん」

「ううん」逆井さんは首を振る。

「真奈ならどういう返事する?」

 ありがたいことに麻耶ちゃんが代わりに訊いてくれた。逆井さんは「うーん」と宙を見上げてから私を見る。

「返信しない!」

 一応選択肢にはいれていたものの、予想外の答え。

「会いに行く!」

 そして、そう続けられた言葉は、選択肢にすらないものだった。

 でも、その通りだ。

 二度と会えなくなるかもしれないなら、その前に会いたい。顔を見て、さよならを言いたい。

「うん。ありがとう、逆井さん。私、会いに行ってくる」

「どういたしまして!」

「麻耶ちゃん」

「なぁに?」

「私、今日休むって先生に言っておいてもらっていいかな」

「え? いいけど……、も、もしかして今から行くの?」

「うん。行ってきます」

 走り出すと、後ろから「い、いってらっしゃーい!」という麻耶ちゃんの声と「家近さんって意外と熱血なんだね」という逆井さんの笑い声が聞こえた。

 昇降口を出たところで流華と莉乃に会った。

「あ、おっはよー、ちなみん」

「るかりのおはよう! また来週ね!」

「えぇー!?」

 流華の驚いた声を背中に受けながら走り続ける。

 校門を出て、赤信号で息を整えて、少し歩いて、また走り出して、元気なさそうに俯いて歩く男子とすれ違って、また歩いて、走って。

 冬だっていうのに汗だくで家に着いた。お母さんの車はない。瀬李奈を送って、その帰りにどこか寄っているのだろうか。

 家を入って自分の部屋へ。机の引き出し、一番上。お年玉はまだ残っている。これを合わせれば、往復くらい出来る、はず。

 そのまま家を出ようとして、玄関で足を止めた。昼間に制服姿で徘徊→補導。

 踵を返して再び自分の部屋へ。適当な服に着替えてから家を飛び出した。



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