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徒花の少女  作者: 野良丸
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徒花 ーツカイステー 6



 二貝一穂さん。歳は十七。私との関わりは、食堂で会ったときに自己紹介をしただけ。

「昨日からここ扇野支部に配属になりました二貝一穂です。よろしくお願いいたします」という堅苦しい挨拶は今でもよく覚えている。

「川那子沙良です」と返した後に付け足す。「もっと話しやすいように話していいと思う」

「そう、ですか?」

「うん」

 そこで天地さんの声が二貝さんを呼んで、短い会話は終わった。

「それでは、また」と言い残していった二貝さんに、なんとなく嫌な予感を覚えたのは何故だったのだろう。


 対カフカ部隊の基地に男性は立ち入りできない。しかし、それが唯一解除されるのが、殉職した徒花の親兄弟に対してだ。今回のケースだと二貝さんの父親がそれに当たる。

 私と銀山さんは並んで立っていた。

 普段使われていない、一階の隅にある空き部屋。今まで入ったこともなかったが、中には寝台だけが置かれていて、今はそこに二貝さんの遺体が寝かせられている。

「出よう」と銀山さんが言った。その声は静かな室内によく響いた。「そろそろご遺族が到着される頃だろう」

 頷き、後について部屋を出る。扉を閉めて前を向くと、銀山さんは数歩進んだところで足を止めていた。

 横にずれると、廊下を歩いてくる五人の人が見えた。一人は事務の江利山さん。残りの四人に男性がいるところを見ると二貝さんの家族なのだろう。

 もっと取り乱しているものだろうと想像していたけど、少なくとも表面上は落ち着いているように見えた。お母さんだけは一人で歩けない状態らしく、お姉さん二人が両側から支えている。

 五人が足を止めた。銀山さんは背筋を伸ばしたままゆっくりと頭を下げる。私も見様見真似で礼をした。

「班長の銀山です」

「どうも、娘がお世話になりました」

 二貝さんのお父さんの小さな声。挨拶はそれだった。銀山さんが扉を開けて、四人はゆっくりと室内に足を踏み入れる。江利山さんに促されて私が最後に入り、扉を閉めた。

 徒花は、核を砕かれてもカフカのように死体が消失することはない。

 ただ、そのまま。

 シーツで隠された身体には戦闘での負傷が残されている。

 胸部から背中へと貫通し核を砕いた傷痕。そして、上腕から失われた両の腕、下半身。大型カフカの攻撃によるものであることは明白だった。

 それを今から説明しなければならない。

 銀山さんが意を決したように口を開くと同時に、二貝さんのお母さんが前のめりに崩れ落ちた。そのまま寝台に手をついて、二貝さんの身体に覆い被さる。

 ずれそうになったシーツを押さえるため、銀山さんが手を伸ばす。

「触るな!」

 獰猛な声だった。一瞬、お父さんが発したものかと思ってしまうほどに。

 お母さんの声、そして、私からは見えないが、その表情に気圧されたのか銀山さんは手の動きを止めた。しかし、すぐに再び伸ばしてシーツを押さえる。

 そして、その体勢のまま、任務時の状況説明を始めた。

 中型カフカが現れ、銀山班は扇野中央公園へ向かった。公園にいた人々は競技場内に逃げ込んでいたが、入り口を破壊した中型カフカが進入。到着した銀山班は、銀山さん、天地さんがカフカの相手をして一般人の避難誘導を二貝さんに任せた。しかし、その最中、一般人の一人が腐化。(この時点で攻撃すれば、あるいは討伐できた可能性はあったが)二貝さんは一般人の避難を優先し、完了した後、カフカの攻撃の雨に曝され……ーーーー。

 話し終えた頃には、誰も銀山さんのことなど見ていなかった。お母さんは二貝さんの身体に突っ伏して、お父さんとお姉さんはその場で俯いていた。

 どれほど、その沈黙が続いただろうか。

「ここへ来る途中ーー」

 お父さんが俯いたまま口を開いた。

「ラジオの速報で、そのニュースが流れていました。中型、大型カフカの出現。徒花一人が殉職。そしてーー」

 顔を上げ、銀山さんに目を向ける。

「カフカの一体を人に戻した、と」

 その声は僅かに震えていた。

「それは、本当なんでしょうか」

 数秒の後、銀山さんは「はい」と頷いた。

「人を殺したカフカは人に戻さない。そう決まっているんじゃあないんですか?」

「私共としては、どのようなカフカが相手でも人に戻すことを第一目標としてーー」

「私はそんな建前が聞きたいんじゃあない!」

 そう。建前だ。みんなそれに気付いている。そして、普段は気付かないふりをしている。だからこそ、以前、お偉いさんの息子を助けたときに猛バッシングを受けたのだ。人々は、昔からずっと『平等』を望んでいる。

「娘が徒花だからか? だから、人殺しを救うような真似をしたのか? あんたらだって娘と同じだろう! どうして、仲間の仇を助けるようなことが……」

 銀山さんは口をつぐんだまま頭を下げた。

 その言葉に答えることは私でも出来る。簡単だ。バッシングされないため。

 私達が『仲間の仇だから』と言っても、それを受け入れられない一般人はやまほど存在する。『徒花はそれが仕事だから殺されても文句を言うな』という言葉を平気で吐くような人達が、それこそ、腐るほど。

 もしかしたらバッシングまではいかないかもしれない。でも不満感情は確実に蓄積するのだ。

 今回の選択は間違いではない。私達にとっては。でも人は、いつだって『平等』を望む。自分の求めることこそ平等だと、何故か盲信している。

 言ってやろうか。

 カフカの時に犯した殺人はそのまま本人の罪になります。法的に徒花は人間ですから、人一人を殺したということです。殺人の最低刑は懲役五年。今回のようなケースで情状酌量された前例はありません。

 とでも、言ってやろうか。

 知ってるはずだ。徒花がどれだけ不平等な扱いを受けているのか。

 家族に危害を加えると脅して徒花に性行為を強要し自殺に追い込んだ男。遺書や同僚の証言があるにも関わらず証拠不十分で不起訴。

 カフカとなった息子を殺された母親。抵抗しない徒花を殺害。世間に言わせれば『母親の深い愛情が生んだ悲劇』らしい。懲役三年。執行猶予五年。

 そして、そういった時だけ、平等という言葉は鳴りを潜める。

 大多数の一般人は平等など望んでいない。

 そして、平等を叫ぶ一部の人間が真に望んでいるのは、自己正当化、あるいは他人を公的に見下す術に過ぎない。

 そうでないというのなら、戦ってみればいい。世の中の徒花を騙して戦場へ駆り立てたことを認めてから。適材適所という言葉を飲み込んで。その代わりに一般社会で働きたがる徒花は山ほどいる。その能力だって有している。

 なんて。

 そんなことは、今、こんな状態の人達にぶつける言葉ではないことくらい分かっている。

 むしろこの人達は(徒花目線で)かなりまともだ。開花した後、家族に一方的な絶縁を告げられた徒花は少なくない。そうでなくとも、遺体の引き取りを断られることもしばしばあるくらいだ。

 まともな人。

 きっと、腐っていくのはこういう人達からなんだろう。




「サラさーん! 起きてー!」

 元気な声に眉を潜めてから瞼を開く。

 覗き込む三つの顔。戸舞さん、紋水寺さん、逆井さん。

「なんじ?」

「七時」と紋水寺さん。布団をかぶろうとしたら妨害された。

「早いよねー。莉乃って昔からこうなんだよー」

「規則正しい生活は大事。流華は放っておくとすぐに夜更かしするから」

 頭上で話すのは止めてほしい。

「私、まだ寝る……」

「えー。サラさんも一緒にナオちゃんお出迎えしようよー」

 身体揺すらないで……。

 こんなことになるなら、昨日は無理にでも他の部屋に泊まってもらうべきだった。

 昨晩、報告やらなんやらが一段落した頃には外は暗くなっていた。そして明日も仕事のために支部にくる必要があるということで支部に泊まることにしたらしい。寮には空き部屋があるし、仮眠室だってある。しかし戸舞さんは私の部屋を希望し、そして色々と疲れて考えるのが面倒だった私も許可してしまった。

 そして今に至る。結局、日付が変わる頃まで話をしていたから、七時間しか寝ていないことになる。少なくともあと三時間は寝ないと力がでない。私の電池持ちは初期スマートフォン並みなのだ。

「それに今日は昨日の続きもある」

 あぁ、そうだった。九時に隊長室集合。今から寝たら確実に寝過ごす。

 重たい身体を起こす。ベッドの横に敷いていた布団は既に折り畳まれていた。

 三人ともまだ寝巻き(厚生棟で買ったジャージ)姿で、大なり小なり髪に寝癖がついていた。

 身支度を終えて部屋を出たのが三十分後。普段なら五分で終わるんだけど、戸舞さんの髪のセットやら化粧に時間がかかった。彼女からするとむしろ私が早すぎらしい。ていうか化粧なんかしなくても十分可愛いのに。

 食堂で日替わりメニュー(朝)を注文した際、元気よく「はーい!」と言ったおばちゃんに二度見された。こんな時間に来るなんて何事!? とでも言いたげな顔だった。

 朝の日替わりメニューはご飯に味噌汁、目玉焼き、もずくの四種。大丈夫だろうか。こんな時間から食事をとると身体がびっくりしそうだ。

「でもナオちゃんも大変だよね。実家、ここから遠いんでしょ?」

「確か、新幹線と電車に乗って三時間って言ってたよね」

 戸舞さんと逆井さんの会話が耳に入ってきた。

「なんでわざわざこっちの支部に?」

「さぁー?」と戸舞さん。「莉乃と真奈ちゃんは知ってる?」

「知らない」

「隊長がスカウトしたって噂は聞いたことあるよ」

「へぇ」

 噂をよく知っている人だ。

 あぁ、でも、もしかしたら、それは本当かもしれない。隊長がミキの顔を知っていたとすれば、そっくりな顔立ちの茅野さんを私のスカウトに利用する可能性は低くない。実際、私はそうやってここにいる。

 まぁ別に、だからなんだってことでもないけど。

「あ、ナオちゃん!」

 戸舞さんの声に、入り口へ振り返った。

 そこには二日振りに見る茅野さんの姿。戸舞さん達がいることに驚いているのか、それともこの少々不思議な四人組に対してか、大きな瞳を丸くしている。

 でも、目が合うと笑ってくれた。

 その笑顔が溶けて崩れるような気がして、少しだけ、怖くなった。



 それから二ヶ月が過ぎた年末。

 逆井さんが殉職したという話を耳にした。

 限界を見誤ったことによる腐化。

 代わりの隊員を、訓練校の生徒から選別しているらしい。



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