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徒花の少女  作者: 野良丸
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美希 ーナオー

 電話の着信音で目を覚ました。外は明るい。身体を起こして、眠る前のように壁にもたれて膝を抱いた。

 着信音は鳴り続けている。カーテンが橙色に染まっても、まだ。

 それがようやく止まると、今度は玄関のチャイムが鳴った。間を置かずに鳴り続ける。

 外が暗くなった。チャイムが止むと、今度は窓に何かが当たる音が聞こえた。繰り返される。そのうち、声が聞こえた。女の声。名字、それからフルネームを呼んだ。私の名前だった。

 そのノックの音と呼び声をどれくらい聞いていたのだろう。窓の向こうから歌が聞こえてきた。携帯の着信音かな。すぐに途切れて、代わりに話し声が聞こえてきた。そしてそれすら聞こえなくなった数秒後、大きな音をたてて、窓ガラスが割れ落ちた。

「おじゃまします」という躊躇いがちな声。

 カーテンから足が生えた。伸びてきた手がカーテンをそっとめくり、その人と目があう。

「ミキ?」

 気付けば口にしていた。

 だって、瓜二つだ。活発そうな大きな瞳と口。色素の薄い長髪。一致しないのは歳と身長くらい。万が一ミキが生きていたとすれば今は十歳。だけど目の前の彼女は年下には見えるもののせいぜい私より一つか二つといったところだ。

 彼女は慌てながら素早く頭を下げた。

「こんにち……こんばんわ」

 声も一致しなかった。

「あの、ごめんなさい。窓、壊してしまって」

 再び頭を下げる。

「私は、茅野かやの奈緒なおって言います。新人ですけど、一応徒花ーー対カフカ部隊に所属しています」

 アダバナ。カフカ。知らない単語。

「あ、でも今日は勧誘とかじゃないんです」と彼女は言う。勧誘?

川那子かわなご沙良さらさん。あなたのお父さん、善治よしはるさんが、仕事先で意識を失って病院へ搬送されました。過労のようで、今は眠っています」

 お父さんが。

「そう」

「え? えっと、あの、病院へ向かいますか? 向かうのでしたら車をーー」

「行かない」首を横に振ってから、彼女をじっと見た。「あなた、妹によく似てる」

 彼女はびくりと身体を震わせた。その事実を知っているのかもしれない。

「殺したくなる」

 小さく、本当に小さく呟いた。誰にも聞かれないように。

 それから顔をあげて彼女を見た。

「勧誘って、なんのこと? あと、アダバナとかカフカって何?」

「ご存じないんですか?」

 頷くと、彼女は少し困ったように眉を寄せて俯いた。そして数秒後、顔をあげると、

「この場に上官を呼んでもいいですか? 私よりその人の方が上手く説明ーー」

「駄目。あなたが説明して。下手くそでもいいから」

「は、はい。分かりました。頑張ります……」





 カフカというのはドロドロの化け物。

 対カフカ部隊、通称徒花部隊というのはカフカと戦う戦闘部隊のこと。

 徒花というのは人の意識を残したまま『腐った』存在のことで、基本的に対カフカ部隊に所属している者のことを指す。

 一時間に及ぶ拙い説明で分かったのはこれくらいだった。まだまだ分からないことだらけだったけど、質問をするのにも疲れてしまったのでそれくらいでよしとした。

「そこに勧誘?」

「はい。徒花部隊は現在ーーというより設立してからずっとなんですけど、人手不足が続いているんです。サラさんは、その、五年前、カフカを一体討伐していますよね。徒花部隊が求めているのは特にそういった即戦力となる人材でして、以前から善治さんを通して勧誘をしていたと聞いているのですが、サラさん本人には話がいってなかったようですね」

 その言葉に頷いた時、彼女のポケットの中でさっきも聞いた歌が流れ出した。知らない歌。最近の流行曲なのだろうか。

「すいません」と言って彼女はその場で通話を始めた。『はい』『分かりました』という二種類の返事のみで通話を終えたあと、携帯電話(私が知っているものとは随分形が違っていた。ボタンがないように見えたけどきっと気のせいだろう)をしまいながら申し訳なさそうにこちらを見た。

「あの、すいません。さっき言った上官が家の前に来ているらしくて、自分からも話がしたいと言っているのですが……」

「嫌」

「で、ですよね……」

 眉尻の下がった困り顔。

 仕方ない。

「分かった。一階のリビングで話そう」

「すいません……」

 階段を降りて一階へ。玄関ドアを開けると、三十歳ほどの女の人が立っていた。美人さんだ。私の後ろに目線を向ける。

「茅野君、ご苦労」

「は、はい」

「川那子沙良さん、だね」

「はあ」

「ようやく会えた」

「ようやく?」

「この家には何度も来ているんだ。勧誘でね。君のお父さんにその度追い返されていたが」

「へぇ」

 奥へどうぞ、と手で示してリビングへ向かう。テーブルを囲む四脚の椅子にそれぞれ腰掛ける。私は無意識のうちに自分の椅子に。茅野さんはミキの椅子に。上官さんはお母さんの椅子に座った。

「まず自己紹介をしておこうか。私は類家るいけ千香ちか。対カフカ部隊扇野おうぎの支部の隊長をやっている」

 偉い人らしい。とりあえず頭をひとつ下げておいた。

「君はーーお父さんから聞いた話によると、現在の世界の状況についてなにもしらないように思えるのだが、その認識に間違いはないだろうか」

「徒花とか、カフカとかは、さっき初めて知った」

「どこまで認識している?」

「カフカはドロドロの化物。徒花は人の形をした化物」

「茅野君がそう説明したのかい?」

「後者は私の見解」

「ひねくれているね」

「それはどうも」

「確かに間違いではない。しかし、そういったことは口にすべきではないな。私達を人の形に留めているのは『自らが人であるという意識』だ。それに反する考えは、身も心も腐らせるぞ」

「言葉通りの意味で?」

「ああ」

「じゃあ、徒花もカフカになることはあるんだ」

「言ってしまえば、私達は『なりかけ』のようなものだからな」

「そういう発言は駄目なんじゃないの?」

「そうだったな」

 隊長さんは口許に笑みを浮かべる。

「ていうか、やっぱりあれって人からなるものなんだ」

「ああ。君は目の前で見たことがあるだろう?」

「全部が全部そうなのかは知らなかったから」

「なるほど」

 隊長さんは笑って頷いてから「さて」と露骨に話を変えた。

「君のお父さんが病院に運ばれたことは知っているね」

「過労だって」

「そうだ。本人と話をしたわけではないが、朝から晩まで、時には睡眠もとらずに働いている姿を見たことがある者なら聞くまでもないことだ。君はそのことを知っていたか?」

「全然」

「そうか。君のお父さんはここ五年間で、五回、転職をしている」

「へぇ」

 初耳だった。前の職場を辞めたことさえ知らなかった。

「辞めたんじゃない。クビになったんだ。お父さん本人ではなく、君の問題でね」

「隊長」と茅野さんが咎めるような声を出した。

「私のせい?」

「まぁ、そこまでは言わない。だが世間はそういった方向へ流れているんだ。徒花としての力に目覚めたーー私達はそれを『開花』と呼んでいるが、開花した者は対カフカ部隊に所属してカフカと戦うべきだという方にな」

「私がニートをしてたからお父さんが色んな会社をクビになったってこと?」

「平たく言えば、そうだ。君だけのせいではないがな。君のお父さんもそれを望んでいたし、それが当然のようになっている世間が正しいとも思わない。だが現状はそうなってしまっている」

「だから徒花部隊に入れってこと?」

「それを理由にするつもりはない。あくまで私達の勧誘理由は人手不足だからだ。ただ、そういった現状も考慮して答えを出してほしいということだ」

 それはまるで脅しのように聞こえたけど、まぁどうでもいい。

 すっかり黙ってしまっている茅野さんに顔を向ける。

「あなたもカフカと戦うの?」

「えっと、はい」と彼女は頷いた。妹そっくりの顔で。

「私は一応双花ですし、戦うこともあると思います。でも、私は戦闘訓練が苦手でなかなかーー」

「ソウカ?」

 また知らない単語。それに答えたのは隊長さんだった。彼女は人差し指、中指、薬指を立てる。

「徒花には三つのタイプがあるんだ。まあこれに関しては今はいいだろう」

「はあ」

 とりあえず、茅野さんも戦うことはあるらしい。

「隊長さん、徒花部隊に入るのって、親の許可がいるの?」

「いや、必要ない」

「じゃあ入ります」

 隊長さんと茅野さんはきょとんと目を丸くした。

「あ、ああ、まぁそれはありがたいんだが、一応、親御さんにも話しておくべきだと思う」

「うん。今から話してくる」

「待て待て」

「なに?」

「過労で倒れたところにそんな話をしてみろ。また卒倒してしまうぞ」

「それもそっか」

「医師の話によると明日には退院できるということだ。それからゆっくり話しなさい」

「了解です、隊長」

「すっかり入隊した気分だな」


 こうして、私の引きこもりニート生活は終わった。数日後には命懸けの戦いに身を投じることになるらしい。落差ありすぎだろうと自分でも思った。




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