徒花 ーツカイステー 4
この能力にまず気付いたのは私ではなく梅長さんだった。
任務内容は中型カフカの討伐。大型と比べて、中型の出現率はそう低くない。それまでにも何度か戦った相手だった。
しかし、その日の敵は一味違った。単純な力は小型並み。知能は特別高くない。だが、とんでもなく速かった。
そして場所も悪かった。障害物のない学校のグラウンドは、速度一点特化型のカフカにとって絶好のフィールドだった。
敵の行動は素早く移動しながら身体を丸めて硬化し体当たりをかますというワンパターンなものだったが、速度の加わった攻撃は元の非力さが嘘のような威力となり、カウンター気味に振るった刀を容易く折った。
そこで思い付いたのが、巨大な盾を形成、それで敵の体当たりを受け止め、一時的に動きを止めるという作戦だった。刀が容易く折れたところを見ると成功確率は高くないのかもしれない。しかし、ここで無策のまま戦い続けて、応援がくる前に私か梅長さんが死んだら、茅野さんは間違いなく戦場に出てくるだろう。数秒後に死ぬことが分かっていても。
多分反対されるだろうから梅長さんには言わないことにした。言わずとも、絶好のチャンスを見逃すようなことはないだろう。
その作戦は見事に成功した。私が形成した盾は敵の攻撃を受け止めても傷一つ付いておらず、それを不思議に思う気持ちがなかったわけではないけど、それほど気にもしていなかった。
その時点では梅長さんも何も言わなかったけど、やはり疑問は感じていたらしい。任務完了の報告の際、討伐時の状況をいつも以上に詳しく説明して、私の盾のことについても触れた。
そして、当然その違和感に隊長も気付き、翌日、梅長班は訓練場(街中フィールド)に呼び出された。
そこで色々と実験を繰り返した。右腕と左腕で硬度が違うのではないか、というところから始まり、もしや盾の形成でのみ硬度がーー極限の状況下でのみーーなど様々な推測が打ち立てられて、そしてそのどれもが不正解だった。極限の状況を作るため梅長さんと隊長二人がかりで襲われたことは未だに根に持っている。逆井さんに恨みの感情を吸ってもらうべきだったかもしれない。
結局、その日一日かけても正解が出ることはなく、梅長さんと隊長は首を傾げていた。
『攻撃が止められることを察したカフカが自ら停止しようとしたけど間に合わず、ブレーキをかけたため威力が半減していた』というのが私の主張だったけど、どうやらそれでは納得できないらしい。まぁその割に衝撃は結構強かったかもだけど。
その翌日も梅長さんと隊長に呼び出された。というかわざわざ部屋にまで起こしに来た。それは明らかな安眠妨害であり、そのことは未だに根に持っている。しかも茅野さんは学校に行っているから、昨日ぼこすかにやられた二人と三人きりだ。
「まず一つ聞いておきたいことがある」と、訓練場までの道中、隊長が口を開いた。
「一昨日、巨大な盾を形成する際、何を考えていた?」
「梅長さんに言ったら絶対に却下されるだろうなぁって」
「そういうことじゃない」
「ていうかそれが分かっててあんな危ないことやったのかい・・・・・・?」
正直者が馬鹿を見る世界。まったく、腐ってる。でもこの場合は正直者が元々馬鹿だからセーフかな。うん、セーフ。ギリギリ腐ってない。徒花くらい。
「実を言えば、少し特殊な能力に目覚める徒花の事例は過去にも数件確認されている」
「そうなの?」
「公にはしていないがな。長年徒花をやっていると、そういった者とも自然と出会う。君が知っている者でいうと麗さんもその一人だ」
わざわざ振り向きながら言う。そんな目で見なくても他の人がいる前で余計なこと言わないのに。
「君と正反対の能力を持つ者もいた」
「異様に脆い盾?」
「恐ろしいほどに切れ味の鋭い武器だ。その徒花の名前は常陸院アンリ。蛍山支部に所属していたが一年前に殉職した。当時の歳は十五」
「若い」
「君と同い年だろう。だがいいところに気が付いた。そういった能力を持っている殆どーーというより麗さん以外全員が十八歳以下の若い徒花だ」
女王様はちょっと事情が違うから、つまり全員ということらしい。
「常陸院アンリは、もともと平均的な能力しか持たない戦花だったそうだ。性格は寡黙で穏やか。訓練校にいた頃は年下から慕われていた。だが、親兄弟をカフカに殺されたことで彼女は変わった。カフカを深く憎み、まだ人に戻せるカフカをも容赦なく殺すようになった。そうしていつの間にかーー」
「武器も変化していた」
「そういうことだ。そういった能力を持つ他の徒花も、同じように何かしら強い意思ーー想いを抱いているケースが多いと考えられる。先程の質問の意図はそういうことだ」
「なるほど」
「思い当たる節は?」
「なくはない」
「詳しく話す気は?」
「ない」
「まぁいい。なら、それを意識してやってみてくれ」
いいんだ。詳細が分からないなら解明しておきたいものだと思うけど。
「脅すわけではないが、そういった能力が確認された徒花で、現在も生存しているのは麗さんだけだ」
「へぇ。死因は?」
「無茶な戦いかたを繰り返して戦死。そういった危うい状況で『例の感覚』に身を任せたことが原因と思われる腐化。戦闘時に限らない唐突な腐化。最後以外は徒花の死因として珍しいといえるほどではないな」
徒花は負の感情への耐性が一般人よりも遥かに高いとされている。吸花が言う『苦手な感情』というのも、一般人に比べればそのキャパシティは遥かに高い位置にある。
ということは、負の感情が原因ではない腐化。つまり、
「人としての意識を保てなくなった?」
「あぁ。その考えが有力視されている。特殊な能力は、自身を見失うほどの強い意思によって、徒花とカフカの境界線がよりあやふやなものになった結果生まれたものだと」
「へぇ」
それはもうカフカと言っても間違いないんじゃないだろうか。徒花が『カフカ風人間』だとしたら、そうなった徒花は『人間風カフカ』みたいな。カフカよりも『花腐化』と呼ぶに相応しい存在に思える。
「故に、このことに関しては公にしないと取り決められている。ただでさえ危うい徒花への信頼が揺らぐことになりかねないからな」
信頼なんてあるのだろうか。庇護する側と庇護される側の関係に。それはいつでも一方的なもので、そして後者はそれを当然のように考える。少なくとも、信頼関係などない。そして一方的な信頼など、責任転嫁の術にしか過ぎない。
少なくとも、私は見知らぬ人を信頼しない。責任を擦り付けるような真似もしない。
あの時、何も出来なかったのは私の責任だ。
だからミキを殺す。もう誰も、殺させないように。
正面からの攻撃を迎撃した一瞬後、左右からとんできた指がそれぞれ片足ずつ、膝から下を切り離した。
吹き飛ばされなかっただけラッキーだ。切り離された箇所がヘドロに戻ってしまう前に空中で回転して右足をキャッチ。切断面に押し当てて、そこから溢れだすヘドロで接着。再生を開始する。ヘドロに戻れば操作して回収することも可能だが、四肢を一から再生するのは手間が掛かりすぎる。
続いて左足。の、前に攻撃。左斜め上後方から一本だけ。左手の甲で砕く。そして視線を戻した瞬間、左足にもう一本の指が突き刺さった。
吸収する気だ。
腰に刺していた刀を抜く。落下しながら、間接部分のヘドロを切断。再び刀を腰に刺しながら右足一本で着地、跳躍。穴の空いた左足を右手で取る。同時に飛んできた指。先程砕いた方だろうか。先端部分は既に硬化が完了しているようだった。
左手で弾いてから着地。すぐに左足を接着する。よし。問題なし。
そして今の一連の攻防で判ったことが一つ。本体と繋がっているとはいえ、何十メートルも離れた場所での硬化は如何にカフカでも通常の何倍もの時間を要する。
足止めが目的の今なら、本体に近付く必要もないため現在の距離をキープして戦えばなんとかなりそうだ。
両手を硬化することも考えたが、拳の形では指の間接部位を切断することが難しい。当然、腕そのものを刃に作り替えることも可能だがーー私の能力は『護ること』を目的として硬化した場合のみ発揮される。攻撃目的で作り出した刃に、その効果は表れない。能力発動の有無は私の意識次第とはいえ、だからこそ、誤魔化しが効かないのだ。
攻撃を避けながら、梅長さん達を横目で確認する。戦っているのは三人。梅長さん、猪坂さん、銀山さん。天地さんはやられてしまったのだろうか。
いや、離れた場所で壁にもたれていた。両腕が欠損している。遠目でも分かるほど荒い呼吸を繰り返しているところを見ると、両腕は吸収されたわけではなく、疲弊によって再生すらままならない状態なのだと察することができた。
そして、銀山さんの顔にも疲労が表れていた。梅長さんと猪坂さんの表情も険しいが、それは疲労からくるものではなく苦戦からくるものだろう。
スピードのある霧崎麗をあちらに当てるべきだったのではないか。事前情報がなかったとはいえ、人選ミスの感は否めない。
視線を前に戻す途中、流れる景色の中で目にしたものに、思わず喉が鳴った。
遥か前方に見える大型カフカ。
その右腕が、僅かに持ち上がった。
「右腕が動いた!」
そう叫んでいる間に、右腕の指が伸長した。
こっちに伸びてくるのは、おそらく二本か三本。つまり五、六本の指を捌かなければならない。
気を引き締める。が、呆気にとられたことで、すぐに弛んでしまった。
右腕の指五本。
その全てが、私に向かってきた。元々の三本もそこへ加わる。
計八本?
私が蛸ならいけるかもだけどさ。
ぞくりと背筋が凍る感覚。
恐怖ではない。
昂っているのだ。
今、この身に感じている、自分が自分でなくなるような感覚。
それに身を任せれば、どれほどの力を手にできるか、本能的に理解していたからだ。
霧崎麗のように自分を切り取って受け渡し、その分だけ力を手に入れる? おそらく不可能だ。少しでも手を出せば、もう、この昂りは、抑えきれるものではない。ずるずると望んでしまう。完全に腐るまで。
だけど、このまま殺されるくらいなら。
一か八か。
その感覚に呑み込まれそうになる寸前、目の前に人影が降り立った。
小さな背中はウェーブがかった薄い茶髪で腰の辺りまで隠れている。僅かに振り返った時に見えた大きな垂れ目。小さな鼻と口。戦闘時とは思えない満面の笑顔。
左右の手にはそれぞれ刀を持っている。もちろん、硬化して作ったものだ。
突如現れた敵へ軌道を変えた指が八方向から降り注ぐ。それを前に、戸舞さんは悠然と立っていた。
そしてその攻撃が触れる瞬間、小さな身体がぶれた。
指八本分の振り下ろしの衝撃は凄まじく、振動は競技場全体に伝い、直撃した周囲の芝生は抉れ、薄い砂埃を舞いあげた。
その向こうで人影が動いていた。既に遥か前方。大型カフカが指を戻すより先に、本体へと迫っていた。
戸舞さんの影がカフカへ飛び掛かった瞬間、右方向からもう一つの影が現れた。先に確認できたのは人影ではなく、高く振りかぶられた刀。大太刀と呼んでもまだ足りないほど長い刀身。
振り下ろされたそれは、手元へ戻ろうと収縮途中だった指の間接を八本まとめて切断した。
その風圧で煙が吹き飛ぶ。
紋水寺さんの姿が露わになった頃には大太刀はヘドロに戻っていた。その大量のヘドロから通常サイズの刀を形成しながら大型に向かって駆け出す。
それに合わせて大型は右手を振り上げた。テーブルの止まった蝿を叩くように掌は広げたまま振り下ろされ、その衝撃で残っていた指の間接部分が飛び散った。威力は絶大。だが、速度はずっと遅い。あれなら私でも避けられる。
当然、紋水寺さんも軽々避けていた。更に襲ってくる左手も避ける。
早々とカフカに接近していた戸舞さんだったが、身体から突出する杭のせいで胸に飛び込めずにいるようだった。
手助けしようと足に力を入れたとき、すぐ横から「大丈夫よ」という声が聞こえた。
「むしろ、あの二人が出てきたのなら他の徒花は引いておいた方がいいくらい。こんな状況なら特にね」
霧崎麗は先端の折れた刀を腐化させながら言った。
「まだ戦えるわね」
「全然いける」
「それなら、私達は梅長達の加勢にいくわよ」
頷き、中型カフカへと駆け出しながら、戸舞さんの方を横目で見た。
カフカの身体から突出してくる杭を素早く移動することで避けながら刀を振るっていく。その一撃一撃がヘドロの身体を深く抉る。小型カフカならとうに核が剥き出しになっているだろう。中型カフカなら直接核を砕けずとも再生能力が限界を迎えている筈。
おそらく、戸舞さんと紋水寺さんの狙いもそこなのだろう。核が疲弊し、再生能力が弱くなったところで畳み掛ける。対大型のカフカのセオリー通りの戦い方。だが、それを実行することがどれほど困難なことかは、身をもって知った。
戸舞さん達はそれをたった二人で行っている。
全能、万能。
その異名の意味を、ようやく理解できた気がした。




