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徒花の少女  作者: 野良丸
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徒花 ーツカイステー 3




「また一緒になったわね」

 そんな言葉にしかめ面を返しておいた。

 いつもより人口密度の高いワゴン車。勢いままに座席に着いた結果、霧崎麗と隣同士になってしまった。そうか。猪坂班にはこの人がいたんだった。

「大型の殺人は『現時点では』確認されていません」

 発進してみるみるうちに速度をあげていくワゴン車の中で最初に口を開いたのは猪坂さんだった。あんまり話したことはない。真面目でお堅いイメージ。

「吸花のお二人も出番があるかもしれません。気を抜かないように」

「はい」と返事をしたのは逆井さんと三星みつほしさん。緊張の色は見られない。私以外は中堅とベテランしかいないから当然と言えばそうかもしれない。

「サラ、あなた、大型の相手はした経験は?」

「ないけど」

「その割には落ち着いているわね。何も考えずに勝てる相手じゃないわよ。二足歩行タイプということは知能も少しはあるでしょうし」

「分かってる。マニュアル、ちゃんと読んだから」

「あ、そう。ならいいわ」

 ところで引退は考えてないの? という言葉は飲み込んだ。他の班員がいる場で言うことでもない。

『梅長、猪坂両班員』

 ワゴン車の無線から隊長の声。現場の続報だろう。

『銀山班の二貝にかいがやられた。現在、銀山と天地あまちが二体を相手に苦戦中。急ぎ現場へ迎え』

 二貝さん。確か、名前は一穂かずほ。一週間前に入ったばかりの新人。

「運がなかったね」と梅長さん。入隊から三ヶ月も大型と戦う機会がなかった私みたいなのもいれば、いきなり中型と大型を相手にすることになった二貝さんみたいな人もいる。そして更にそこから何とか生き延びる人と死んでしまう人に分かれる。

 確かに、運がなかった。

 そういうしかない。

「まずカフカを引き離しましょう」と猪坂さん。「実力的に分けるとすれば、私達の班が大型の相手をするべきでしょうが、どうでしょうか、梅長班長」

「戦力を均等に分けるより、出来る限りの最大火力で中型を始末した方がいいんじゃないかね。向こうの二人も消耗してるだろうし、長期戦は避けるべきだと思うよ。まぁ、こっちの策にも危険要素はあるけどね」

「大型の相手をする撹乱役ですね。それなら霧崎さんは外せないでしょうが、もう一人はーー」

「うちのサラを出すよ」

「先程大型相手の戦闘経験はないと言っていましたが、大丈夫ですか?」

「なに、倒せって言ってるわけじゃないんだ。少しの間引き付けて、時間を稼いでいてくれればいい。それで言えば、サラはうってつけだ」

「そうですか。梅長班長がそう仰るのでしたら信じましょう」そう言って後ろを振り返る。「お二人はそれで構いませんか?」

「えぇ。構わないわ」

「大丈夫」

「先程のやり取りからして、あまり仲が良くないように推測しますが」

「我慢するわ」

「こっちの台詞」

 猪坂さんは隣の梅長さんに顔を向けて「信じていいですよね?」と少し不安げに訊いた。

 同時に車が停止した。

「場所は変わってない。二人とも運動場内にいるよ」

 梅長さんの言葉に頷きながら車から飛び出す。通常、車両は入れない中央公園の奥まで進入したため、屋内運動場は目と鼻の先にある。

 陸上の大会で使われるほど広いそこは運動場というよりは競技場だ。子供の頃、家族でここに遊びに来た際、その様子を観客席から観ていた記憶がよみがえった。

 煉瓦色のトラックに人工芝のフィールド。

 屋内を走り抜けてグラウンドに出る。記憶通りの光景は、そこにはなかった。抉れた地面、崩れた壁。大岩でも落ちてきたかのようにところどころ破壊された観客席。飛び散った赤と黒。倒れている人、あるいは、人だったであろう物体。

 そしてなにより、そこで行われているのはスポーツではなく殺し合いだった。

 ヘドロを飛び散らせながら敵を翻弄するように素早く動く四足歩行のカフカ。

 もう一体、後から現れたという二足歩行のカフカ。十メートルは越えているであろう巨体は揺れる度に周囲にヘドロを撒き散らしている。小さな上半身に比べて、その四肢は異様に長く、両手に至っては指先が地面に付いているほどだった。見る限り動きは鈍いが、あれでは懐に飛び込むまでがキツそうだ。実際、銀山班の二人も大型には攻めあぐねているように見える。

 刀を形成しながら二十メートルの距離まで近付いた瞬間、銀山班の二人を追っていた大型の顔が突然こちらに向いた。「気を付けろ!」という声。銀山班のどちらかのものだった。

 大型の左腕が僅かに持ち上がった瞬間、五本の指が一気に腐化し、うねりながらこちらに向かってきた。

 五本の指はそれぞれ別の敵に向かっていく。鞭のように目にも止まらぬ早さだが、不可避というほどではない。フェイントのつもりなのか不規則に動いた末、上から叩き付けるように振り下ろされたそれに対し、身を低くして地面を思い切り蹴った。後方で鈍い音。まともにくらったら、おそらく身体ごと核を砕かれるだろう。

 大型カフカの足に狙いを定めて刀を握る手に力を込める。

 風切り音。

 背筋が凍った。

 振り返る。眼前に迫る鋭利な先端。

 いくらなんでも腐化、硬化速度が速すぎる!

 刀を薙いだ。

 再び予想外。

 指一本分の力しかないはずの攻撃が、私の全力とほぼ同等の威力を持っていた。

 咄嗟の攻撃では完全に弾くことなどかなわず、指は私の左肩を突き破り、抉った。

 その時に確認。硬化しているのは、先端の、尖った爪のような部分だけ。それと身体を繋げている間接部分はヘドロ状のままだった。

 見掛けによらず器用なことをする。思った以上に厄介。

 攻撃をかわしながら後退。隙を見て周囲を確認すると、猪坂さんと梅長さんは攻撃を掻い潜りながら中型カフカに向かっている。霧崎麗は、二本の指をなんとか凌いでいるといった状況だった。

 大型をあの場から動かすことは難しい。梅長さん達が上手いこと中型を引き離してくれることを願うしかないけど……。

 一瞬前まで私がいた場所に大穴が空いた。

 そうなると、しばらくの間は私と霧崎麗だけで五本の指ーー右腕まで使ってきたら十本の指を相手しなければいけないわけだ。

 冷や汗。

 とりあえず、足の指が伸びてこないことを祈ろう。

 なんにせよ今やることは大型の注意を引き付けること。後退の足を止めたところに指がしなってくる。力勝負ではじり貧。

 両手で刀を構え、攻撃が触れた瞬間に斜めに引く。指一本なら、受け流すことも容易い。二本に増えたらまずいかも。三本に増えたら、まず無理。梅長さんなら出来るのかもしれないけど。

 攻撃を受け流し続けていると、離れた場所で鈍い音が響いた。思わず目を向けると同時に霧崎麗が地面に叩き付けられた。いや、受け身は成功している。その場から飛び退き、振り下ろしを間一髪で避ける。流石に二本相手はーーいや、いつの間にか三本になっている。梅長さん達への攻撃は止めたということだろうか。うん? だとするともう一本はーーーー

 左。視界の外。

 音と気配を頼りに大きく跳び上がった。恐ろしい速度の横薙ぎが爪先のすぐ下の空気を切り裂いた。

 間髪いれずに襲いかかってくる二本の指を空中で受け流していく。宙に足場を作り、敵の攻撃とともに後方へ蹴り、一気に後退。それでも尚追ってくる攻撃に刀を構えたが、それは三メートルほど手前で急停止した。

 そこまでが攻撃範囲。距離は……、三、四十メートルくらい。リーチ長すぎ。

 二本の指は接近を拒むように高速で動き続けている。

 ぺき、という小さな音。右手を見下ろすと、刀にヒビが入っていた。すぐに腐化して作り直す。

 左手は腕の形のまま硬化する。何かを掴んだり持ったりすることは出来なくなるけど盾代わりにはなる。

「それはやめときなさい」

 霧崎麗の声と同時に、前方で指がしなるヒュンヒュンという音が更に重なった。巨大な円を描くように動く五本の指。あの中に飛び込んだら、一秒後には跡形もなくなってそうだ。

「さっき同じ事をしたら一撃で砕かれたわ。吸収される前に回収できたけれど、危うく死にかけたし」

「私なら大丈夫。多分」

「大丈夫ってーーーー」

 今までその場で揺れるだけだった大型が、ゆっくりと左足を浮かせた。身体はこちらを向いている。あの巨体で一歩でも前進すれば、私達はあっという間に指の射程圏内に入るだろう。

 そして、ようやく中型を引き離すことができた今、大型には下手に動いて欲しくない。

 霧崎麗も同じ考えらしく、

「まぁ死ななければいいわ」と地面を蹴って横に跳んだ。ツンデレおばさんの需要を考えながら、私も逆方向へ跳ぶ。

 狙ったわけではないけど、私と霧崎麗はほぼ同時に着地し、そして、一気に前方へ駆け出した。

 低空を薙いでくる指を最低限の跳躍で避ける。続く振り下ろしを横に跳んでギリギリ回避。そこを出迎えるようにとんできた三本目の指を刀で受け流した。

 こっちが三本か。

 のんびりと舌打ちしている隙もなく、攻撃を繰り出してくる。中型討伐にはまだ時間がかかるのだろうかと気にはなるが、他を見ている余裕はなかった。

 跳ぶ、受け流す。その繰り返し。そして、予想していた通り、それだけではかわしきれなくなっていた。

 受け流した直後、左右からの同時攻撃。左は下半身を、右は上半身を狙っている。軽く地面を蹴って跳び上がる。同時に足場を形成。案の定、残る一本の指がとんできた。足場を蹴って間一髪回避。着地。更に続くであろう攻撃を受け流すため刀を構えながら振り返った瞬間、思わず顔がひきつった。

 三本同時。左右中央からの振り下ろし。回避? 間に合わない。受け流す? 三本同時に? 剣術の達人でもなんでもない私が? 無理だって。

 跳ぶ。後方ではなく前方、振り下ろされる中央の指へ、自ら当たりにいく。もちろん、当たるつもりなどないけど。

 刀は邪魔だから腰に刺した。左右の指が軌道修正したようだが、今からでは精々両足を吹き飛ばされる程度で済むだろう。つまり中央の指だけなんとかすればいい。

 眼前に迫ったそれを左拳で迎え撃つ。

 目にも止まらない攻撃。

 だけど、脆い。

 時速百五十キロで飛んでいるガラスと時速八十キロで飛んでいる岩が激突した場合、どちらが砕けるかは、言うまでもないことだ。

 指の先端、硬化した部分に亀裂が走り、砕け散った。

 よかった。

 このレベルの相手にも、これだけは通じる。




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