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徒花の少女  作者: 野良丸
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徒花 ーツカイステー 2

 厚生棟の見学を終えた後は私の部屋に行った。部屋の鍵を開けながら「もしかして寮に来るのも初めて?」と問うと「前に一回奈緒の部屋に来ましたよ」と返ってきた。知らなかった。お昼寝タイムだったのだろうか。

 ドアを開けて部屋に入る。椅子に座るよう言ってから、小型冷蔵庫を開けた。お茶はない。あるのは牛乳とリンゴジュースだけ。これだけで普段の偏食っぷりが分かってしまう。そして来客をまるで想定していないラインナップである。

「リンゴジュース好き?」

「好きです」

「よかった」

 棚からコップを取り出しながら問う。

「茅野さんに似てる友達っていうのは徒花? 一般人?」

「知り合ったときは一般人でした。それから友達も徒花になってーー、あぁ、でも、今はどうなんでしょう」

「なにが?」

「すいません。私達って、徒花のまま死んじゃったらどっちにカテゴライズされるんだろうと思って」

「人間か徒花かってこと」

「はい」

「法的には徒花は人間だけどね」

「でも現実は違います」

 左右の手にコップを持って、左手の方を逆井さんに手渡す。

「はい。オレンジジュース」

「え? リンゴジュースですよね?」

 液体の色を見ながら小首を傾げる。

「ううん。オレンジジュース」

 逆井さんはコップの縁に口を付けて傾ける。

「リンゴジュースじゃないですか」

「バレた」

「ちょっと騙されかけましたけど」笑ってからもう一口飲んだ。

「亡くなったんだ、その友達」

「はい。訓練校をたった一ヶ月で出て、最初の任務で。まだまだ実戦で戦えるようなレベルじゃないのは分かってたのに。それでーー名前、千奈美ちなみっていうんですけどーー千奈美の代わりに入隊したのがナオだったんです」

 そういわれれば時期的にも合っている。

「だから、ナオが転入してきてもちょっと避けたりしちゃってたところもあって……。ナオもナオでそれを察してたみたいで、戸舞さんと紋水寺さん繋がりで顔を会わせたときも妙によそよそしかったり……」

「でも仲良くなれたんだ」

「はい」

 嬉しげな笑み。

 それからしばらくは学校のことを話した。やっぱり一般生徒の中には徒花に拒否反応を示す人もいるとか、でも同じくらい理解してくれる、しようとしてくれる人が多いということなど。

 逆井さん達は受験生だ。受験の大まかな流れは一般人と同じだけど、私立校の中には徒花の受け入れを拒否しているところもあるらしく、そういったところは選択肢から除外するという。

「まぁ、でも体面的に容認していても、学校の偉い人が個人的に嫌ってる場合もあって、徒花が入りにくい学校もあります。ここら辺だと東校なんかその傾向が強いって噂です」

 逆井さんは笑いながら言う。

「まぁ気持ちは分かりますよね。個人的な感情を抜きにしても、いくら勉強が出来たところで徒花は将来的に戦うしかないわけですし、運動部にだって所属できないですから」

 そう言われればそうか、と思った。徒花の立場で考えると納得できないことだけど、人の立場で考えると少しは分かる。

「まぁ私は勉強出来ませんし、してませんけど」と、逆井さんは再び笑った。

「受験しないの?」

「かたちだけすることになると思います。でも合格は決まってますから。ほら、私、戸舞さんと紋水寺さんと組んでるじゃないですか。あの二人、北校を受験するんです。ここら辺では一番の進学校ですけど、徒花だから推薦できなかっただけで合格間違いなしって言われてます」

「戸舞さん達、頭もいいんだ」

「はい」

 彼女達は天から何物を授かったのだろう。徒花としての才能が天からの贈り物なのかは怪しいけど。

「私も同じ学校に入ることが決まってるんです。授業についていけなくても、テストで全教科零点でも、出席日数が足りなくても、あの二人さえ進級できれば私もそうなります。逆も同じですけど、まぁそれはないでしょうし」

「へぇ」

 それはラッキーだ。私ならきっとそう思うだろう。逆井さんがどう思っているかは分からないけど。

「ていうかそこまで一緒にいる必要あるの? 三人一組ってそういうもの?」

「いえ。他の支部では、それぞれ別の学校に通ってる三人が班を組んだり、外に住んでる人と寮に住んでる人が班を組んだりしています。でも、私が組んでる二人は普通の徒花じゃありませんから。戸舞さんの存在でどうしても霞んで見えますけど、紋水寺さんだって世界的に見てトップクラスの能力の持ち主です。代わりは利きません。だから万が一にも失いたくはないそうです。本当なら、戸舞さんと紋水寺さんは違う班に分けたいところだとも言ってました」

「隊長が?」

「はい」

「へぇ。そうすればいいのに」

「内緒ですけど、上から言われてるそうですよ。あの二人を同じ班にするように」

「なんで?」

「分かりません。噂は色々ありますけど」

「二人が希望してるとかってやつ?」

「はい。あの二人、本当に仲がいいですし、それが真実でも不思議じゃないですけど」

 そうかな。戸舞さんにしろ紋水寺さんにしろ、そんな我が儘を言うタイプには見えなかったけど。それに、基本的に班の組み合わせは隊長が考えている。普通はまずそこに掛け合おうとするんじゃないだろうか。それを飛び越えて上に頼み、圧力をかけるようなやり方をする前に。

「でも、逆井さんは吸花で、戸舞さん達は双花でしょ? 戦闘面は当然として、負の感情への耐性だって上なんだから、わざわざ逆井さんがずっと一緒にいなくてもいいと思うけど」

「それってフォローしてくれてるんですよね?」

「疑問を口にしただけ」

「そうですか」逆井さんは苦笑してからひとつ頷く。「私もそう思いますし、多分、上の人達も、私に護衛としての役割は期待してないと思います。あくまで吸収役です」

「それにしたって戸舞さんがやった方がいいんじゃ?」

「それも同感です。でもーーこの一年間で十数回、カフカを人に戻しましたが、負の感情の吸収は殆ど私がやっています。私が特に苦手な感情の割合が高いカフカの時は紋水寺さんが代わってくれましたけど、それ一度きりです」

「どうして? もしかしてそれも上から?」

「はい。基本的に吸収は私が行うように、と」

「万が一にもあの二人を失わないように」

「そういうことです。紋水寺さんが苦手な『恨み』は、どのカフカにも比較的大きい割合で含まれていますから。戸舞さんにしたって、今は完璧でも私達が人としてあり続ける以上心は変化します。負の感情への耐性が変わることも確認されていますから」

「それじゃあ逆井さんへの負担が大きすぎるんじゃ?」

「今のところは大丈夫ですよ。キャパオーバーしそうになったら自分で分かるものらしいですし」

「へぇ」

「まぁ、自覚してても限界を見誤って腐化しそうになるっていうパターンも多いそうですけど。というか吸花が殉職したとしたら、八割はこれが原因ですね。大体の場合、カフカになる前に他の隊員が手を下すそうです」

「じゃあ茅野さんがそうなったら私がやらなきゃいけないかもなんだ」

 出来るかな。うん、出来るだろう。

「まぁ茅野さんがそうなることはないと思いますよ。双花は少しでも限界を感じたら戦闘専門になる筈ですから」

「茅野さんでも?」

「はい」

 まぁ吸花と比べれば身体能力は高いだろうけど。

「ギリギリまで使われるのが吸花です。まぁ吸花本人もそれを望んでる場合が多いですね。対カフカ部隊にいられなくなった後の生活のことを考えて」

 徒花は戦わなければ認められない。人としては生きていけない。

 もしかすると、限界を見誤って腐化してしまった吸花のうちの何割かは故意にそうしたのではないだろうか。

 つい、そんな考えが浮かんでしまう。

「私の前に戸舞班の一員だった吸花も、突然腐化が始まって殉職したそうです。どちらが手を下したかまでは分かりませんけど」

「そうなんだ」

「その前の人も殉職しています。この人は自分自身の負の感情でカフカになりかけたところを、といった感じだったらしいです」

「へぇ。それはもう完全に限界を無視してるね」

「そういうことでしょうね。その前の人も、その前の人も、最終的に腐って死んでるんです。知ってますか? 私みたいな『恨み』に強い耐性を持っている吸花の間では、戸舞班は地獄の門的な扱いをされてるんですよ。入ったらもう帰ってこれない。『使い捨て』にされるだけだって」

「使い捨て……」

 その時、室内に大音量の警報が鳴り響いた。音源は三ヶ所。部屋に備え付けられているスピーカー、それから私と逆井さんのスマートフォンだ。

 そして、隊長の声がカフカの出現を告げた。

 体長三メートル弱の中型カフカ。四足歩行タイプ。出現場所は扇野中央公園。出撃部隊は銀山ぎんやま班。一週間前の任務で班員の一人が殉職して新人(といっても私より歳上)が入っていたはず。今日が初任務か。

 他の班も出撃に備えておくように、という言葉を最後に放送は切れた。

「休日の大きな公園ですか」

「人がいっぱいいそうだね。あぁ、だから戦いに備えろって」

「腐化は感染しますからね」

 頷く。

 カフカ出現に伴う恐怖、あるいは家族や親しい者が目の前で腐った場合の絶望。それらは新たなカフカを生み出すに足るものだ。この三ヶ月で二度、そういった事態に直面した。

 一度目は、小型カフカ討伐の際に現れた中型カフカ。この時は茅野さんに囮になって逃げ回ってもらっている間に小型カフカを私と梅長さんで素早く倒して事なきを得た。中型カフカを人に戻せたことを考えると上出来だったと思う。

 二度目はどちらも中型カフカで、しかも両方が徒花より人間を執拗に狙ったため、こちらとしては一般人を守るだけで精一杯。応援を要請して、なんとか討伐を完了した。防戦一方になっている間、ずっとカメラを構えていた人は死んでくれた方が嬉しかったけど。

 逆井さんはやっぱり一年もここにいるだけあって、そういう経験も多くしているらしい。しかし、組んでいる二人が二人なので、カフカが一体や二体増えたところで大して苦戦することもなかったそうだ。

 そんなことを話していると、再び警報が鳴った。

 応援要請。

 新たに二足歩行タイプの大型カフカが出現。

 出撃部隊は、猪坂班と梅長班。


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