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徒花の少女  作者: 野良丸
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徒花 ーツカイステー 1




 扇野支部に所属する徒花のうち、外で暮らしているのは戸舞班の三人だけだ。戸舞流華さん、紋水寺莉乃さん、それからもう一人の名前も最近覚えた。

 逆井さかさい真奈まなさん。もっとも彼女自身が有名なわけではなく、全能と万能の二人と班を組んでいることが大きい。というか十割それだろう。吸花である彼女の能力は『恨み』に対して耐性が高く、その他は平均かそれ以下とされているらしい。容姿も、徒花だから不細工ではないけど、テレビなどで一緒に映る同班の二人のせいで注目されることはない。

 私がどうして彼女についてここまで詳しいのかと言うと、茅野さんが原因だった。どうやらいつの間にか仲良くなったらしく、学校の話に彼女がちょくちょく登場するのだ。

 そんな茅野さんは今日はお休み。公休だ。寝起きのぼんやりタイムからようやく抜け出して、枕元に置いていたスマートフォンを手に取る。十二時。メールが届いていた。四通もきている。全部隊長だ。最初のメールは三時間前。

『起きたら私の部屋にきてくれ』

『まだ寝てるのか?』

『いい加減起きろ』

『一時まで食堂にいる』

 最後の着信が十分前。どうやらこの音で目を覚ましてぼんやりしていたらしい。

 ベッドから降りて着替える。メール連絡ということは重要な話ではないんだろうけど、ちょっとだけ急ごう。こんなだらけた生活をお父さんに報告されるのは御免だ。

 部屋を出て食堂へ向かう。茅野さんの部屋をチラリと見ると外出中の札がかかっていた。久し振りに家に帰ると言っていたことを思い出す。

 お昼時ということもあって食堂は少しだけ混んでいた。室内を見回しても隊長の姿はない。何か急用でも出来たのだろうか。フレンチトーストの食券を買ってカウンターに置き、そのまま近くの空席に腰掛けた。

 番号札を手慰めにいじりながらぼんやりしていると、向かいの席に誰かが座った。顔を向けると、トレイに乗った食べ掛けの日替わり定食が視界にはいる。

 顔をあげると作り笑顔の女の子と目があった。

 それが作った表情だって分かったのは、あまりに完璧すぎて逆に人形のようだからーーではなくて、ただ単に下手くそだったからだ。緊張しているのか知らないけど、少し口元がひきつってるし。会ったばかりの茅野さんがこんな顔をしていたように思う。

「こ、こんにちは」

 逆井真奈さんは私を上目遣いで見たまま頭を下げる。礼をするときも相手から目を離さない。彼女はいっぱしの格闘家になれるだろう。

「おは……こんにちは」

 危ない危ない。くだらないことを考えながら返事をしたせいで、初対面からだらけた生活を晒してしまうところだった。

 ところでどうして逆井真奈さんがここにいるのだろう。彼女は戸舞さん達と同じでマンション暮らしの筈だし、茅野さんに会いに来たということも有り得ない。

「初めまして。逆井真奈です」

「初めまして。川那子沙良です」

 お辞儀をして頭を上げると、逆井さんの肩越しに隊長の姿が見えた。食堂に入ってきて、軽く眉間に皺を寄せてから辺りを見回す。目が合った。入り口近くのテーブルに置いてあったトレイを手に取るとこっちへやってくる。

「ようやく起きたか」

 逆井さんの隣に腰を下ろしながら言う。

「まだ半分くらい寝てる」

「起きろ」

「それ、人のご飯?」

「自分のに決まっているだろう。電話がきてな。少し席を外していただけだ。戻ってきたら連れの姿が消えていて少々困惑したが」

「すいません」と逆井さん。その時、おばさんの声が私の番号を呼んだ。カウンターへ行って札と交換でトレイを持って戻る。

「それだけで足りるのか」と隊長。

「朝からガッツリいくのはちょっと」

「今は昼だ」

「そうだった」

 溜め息をつく隊長。苦笑する逆井さん。

「それで何か用? まさか任務じゃないでしょ?」

「なんだ、まだ何も聞いてないのか」

「挨拶したくらい」

「なら話は早い。今日一日、逆井君が茅野君の代わりを務めることになった。他の隊員に適任者がいなくてな。そういうわけだから面倒を見てやってくれ」

「班長は?」

「支部内にいることはいるが、今日は新聞や雑誌の取材が入っている」

「ていうか戸舞さん達はいいの?」

「あの二人はテレビの収録らしい」

「もしカフカが出ても戸舞さんと紋水寺さんなら問題ないですし」

「へぇ」

「あの、迷惑でしたら、私は別に一人でも……」

「ううん。そういうわけじゃない。ただ疑問を口にしただけ」

 ようやく話が一段落したようなのでフレンチトーストをかじる。

 それからすぐ、素早く完食した隊長が「じゃあ頼んだ」と言って食堂を後にした。

 黙々と食事を進める。ほとんど同時に食べ終えて、トレイをカウンターに置きながら訊く。

「なにか買いたい物とか……ないよね」

「えっと、はい」

 普段から外で暮らしている人が、わざわざここで買うものなどないだろう。せいぜい、指定の制服くらいか。それだってほとんど着用しないから汚れたり破れたりなんてこともなく、買い替える必要がない。

「でも、ちょっと行ってみたい気持ちはあります」

「厚生棟に?」

「はい。入ったことがないので」

「へぇ。もしかして初支部?」

「来たことは二回だけ……。体力テストで。でもお店に行く機会はなくって」

「じゃあ行こう」

 食堂を出て玄関へ向かう。逆井さんは私と並んで歩く。茅野さんと似ている雰囲気の彼女だけど、そこは少し違った。茅野さんは私の後ろを歩く。

「体力テストを二回っていうことは入隊して一年くらい?」

 隣を見ながら問う。

「はい」

「ずっと戸舞さん達と組んでたわけじゃないんだ」

 戸舞さんと紋水寺さんが入隊したのは今から二、三年くらい前だったはず。

「はい。訓練生としては同期だったんですけど、あの二人が一週間くらいで正式に入隊したのに比べて、私は一年前までずっと訓練生でしたから」

「訓練生ってどんなことするの?」

「そっか。川那子さんは一週間どころか即入隊でしたね」

「うん」

 だから、自分には関係ないと思って訓練生については殆ど調べていないのだ。知っているのは、徒花専用の人材育成の場ということだけ。訓練校(正式名称は徒花能力開発ーーーーなんだっけ。妙に長ったらしい名前だった)はここからそう遠くない場所にあって、そこの生徒達が一ヶ月くらい前に支部へ見学に来ていた。やっぱり若い人が多くて、殆どが二十歳は越えてないだろうなって外見だったし、最年少の子は年齢二桁あるのかなといった具合だった。その表情は、誰もが一様に緊張気味だったけど、その奥に見える感情はそれぞれ違っていて、好奇心旺盛そうな人もいれば、見るからに不安げな人もいた。

 今まで深く考えていなかったけど、飛び級的に入隊した私を憎たらしく思っている訓練生がいてもおかしくない。訓練生と本職とじゃあ、給料も待遇もまるで違うらしいから。それに、地域によっては、家族に向けられる目も。

 そのことを聞いてみようかと考えながら寮の玄関を出ると、正門の方から人の声が聞こえてきた。何を言っているのかは分からないが大声だ。しかも一人じゃなくて複数。

「神眼教の人達の抗議活動ですね」

 足を止めた逆井さんが門の方を見ながら言う。

 そうだとすれば、こちらに向けて掲げているプラカードには『カフカ虐殺反対』とでも書いているのだろう。人間がその何倍も殺されていることについて彼らはどう考えているのだろう。なんて、馬鹿げた疑問だ。

「カフカは神の使い」逆井さんが門を見たまま呟く。「神は人間を滅ぼすことを決めた。カフカは神の使い。徒花は神の力を盗んだ悪魔。腐化は浄化。神は慈悲深く、悪魔にも救いの手を差し伸べられる」

 ふぅ、と溜め息をついてから私を見る。

「簡単に言うとこんな感じでしたよね、あの人達の考え方」

「うん。私も詳しくは知らないけど」

「知らなくていいと思います。カフカがこの世に現れた原因が判明してるのにあんなこと言うなんておかしいですから」

「でも、原因の原因は解明されてない」

「それはそうですけど……、そんなずっと昔のことなんて今更調べようがないじゃないですか」

「だから誰も否定できないんだろうね。確かに、あんなことを言うのはおかしいーー少なくとも言う相手を間違えてる気はするけど」

徒花わたしたちに言わないで誰に言うんですか?」

「人間」

 それだけ答えてから歩き出す。しばらく黙って足を動かしていたけど、そういえば、と先程考えていた疑問を口にした。

 逆井さんは顎に指を当てて「うーん」と斜め上を見る。「川那子さんを憎たらしく思いそうな訓練生……。一人もいないっていうことはないでしょうけど、それを言えばナオも同じですし」

「茅野さん?」

「あれ、知らないですか? ナオも訓練校に行ってないんですよ」

「へぇ」

 初耳。

「まぁ憎むより安心した人が多いと思いますよ」

「安心?」

「その分、自分の順番が遅くなりますから」

「やっぱり戦うのが嫌な子はいるんだ」

「そりゃあそうですよ。だから、さっき川那子さんも『抗議をするなら人間にしろ』って言ったんじゃないんですか?」

 答えない代わりに逆井さんの顔をじっと見た。年下の癖に彼女は少しだけ私より背が高い。

「な、なんですか? 解釈間違ってましたか?」

「ううん。逆井さんの第一印象は『茅野さんに似た子』だったんだけど、意外と元気そうな子だなって」

「あう。じ、実は少し意識してました」

「茅野さんの真似?」

「私の友達の真似です。ナオそっくりな性格の」

「へぇ」

「最初から素だと馴れ馴れしく思われちゃうことがあったので、その対策として……」

「極端過ぎて余計に驚かれない?」

「いえ、ついテンションが上がって川那子さんにはバレちゃいましたけど、上手いことやれば『人見知りだけど少しずつ慣れてきた』ように見えるんです」

「へぇ」

 人付き合いにそこまで気を遣わなくてもいい気がするけど。まぁ学校とかではやっぱりそういうのが大変なのかな。怖い女子グループに目をつけられたりとか。徒花は下手にやり返すことも出来ないだろうし。

 人を傷付けること、人を殺すこと。これらは、徒花が腐る大きな要因になるとされている。特に後者。殺人。人間がしたとしても人ならざる悪魔の所業と言われる行為を、人間離れした力を持つ徒花が犯せばどうなるか。自分は人間ではないと認めるようなものだ。

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