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徒花の少女  作者: 野良丸
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カフカ ーアイー 4



 開けた場所に出て声をかけると、二人の徒花が姿を現した。殺せるだろうか。一人は新人のようだけれど、もう一人は『正義』梅長仁美。人間だった頃、テレビなんて滅多に見なかった私でも知っているほど有名な徒花だ。

 そして何より厄介なのは、実力よりもその異名。

 正義。

 それは、大前提として『人間にとっての』ものだ。

 今回の一連のことが発覚すれば、その正義は私からあの子を取り上げて、このような山中に捨て去った人間くずの元に戻すのだろう。

 徒花が、私を見てカフカか人間か徒花かも分からないと知ったときは思わず呆れてしまったが、同時にチャンスだと思った。徒花だと言い張れば戦いを避けられるかもしれない。

「泣き声を聞いた」と正義が口にした時は、顔をしかめたくなった。昼寝の前、あの子が大泣きした時の声を聞かれていたのだ。思わず咄嗟に嘘をついたが、口にしてから、赤ん坊の死体を見つけたとでも言うべきだったと後悔した。知らない、では、捜索が続いてしまう。

 そしてミスは続いた。いや、これに関しては何が悪かったのか分からない。ただ私は、言われるがままに右腕を刀に変えただけだった。カフカと徒花では何か過程に違いがあるのだろうか。

 そこから、殆ど嘘はつかなかった。あの男を殺したときのことは全て正直に話した。何より、私がカフカだと露呈しても尚、戦闘を回避できる可能性が残っていた以上、下手な嘘はつくべきでないと判断した。

 そして、徒花二人の会話で判明した、知能が高く人間への害がないカフカへの特別措置。たまに来るという見回りは若干面倒だけれど、このままここで、あの子と暮らせるかもしれないという希望が見えてきた気がした。

 そうして余裕が出てくると、興味は目の前の、初めて話をする生物に向いた。徒花。カフカ(わたしたち)から見れば、本能に逆らいながら生きているとしか思えない不思議で不憫な存在。

 正義が電話を始めたのを見て、徒花の少女に話し掛けてみた。まだ警戒しているのか、それとも元々こういう性格なのか、つれない態度だった。

 生殖について口にしたのは話の流れでしかなかった。カフカがそういう風に生殖できるということは、この身になったときから本能的に理解していた。むしろ教えられないと分からない人間がおかしいのだ。

 そして、あの子を私の子供だと偽ることを思い付いた。泣き声は私の子供のもの。先程咄嗟についた嘘は、自分の子供を隠すため。

 そうだ。おそらく、この後、あの子ーー放置された赤ん坊についてもう一度訊かれるだろう。

 殺したと言おう。上司との話がついた以上、現場の判断で決定を覆すようなことはないだろう。

 それで、全てが終わる。





「最後に、もう一回だけ訊くよ」

 スマートフォンをポケットにしまった後、梅長さんは強い口調で言う。

「赤ん坊、あんたは知らないんだね」

 女性はしつこさに呆れたのか苦笑した。

 そして、ほんの少し、本当に微かなーーでも確かな違和感を覚えるくらいのーー間を空けてから、頷く。

「えぇ。知らなーーーー」

 言いきる前に。

 女性の背後。

 地面から突出した一撃が、その身体を貫いた。

 胸から飛び出した鋭利な先端に突き刺さっているビー玉のような丸い球体。不自然なほどに白いそれは、紛れもなく核だった。

 女性はその顔を驚愕に染めた後、諦めたように笑った。

「どこから、嘘だったの?」

「悪いね」梅長さんはそれだけ言った。その両足はいつの間にか腐化が進んでおり、硬化したヘドロが地中へと消えていた。下を通って人型の背後へ。話をしている間、慎重にことを進めていたのだろう。

 戦わずに済むように話をしながら。

 一撃で仕留められるように。

「赤ん坊は、さっきの洞窟のなかにいるわ」

 隣の梅長さんを見る。これ以上何も言うつもりはなさそうだった。ただ、溶けていく女性を見ている。

「赤ん坊って、あなたの?」

「人間のよ」

「生きてるの?」

「えぇ」

「どうして殺さなかったの?」

「実験よ」

「実験?」

「カフカに育てられた人間は、腐るのかどうか」

「そのために保護したっていうこと?」

「退屈なのよ、こんな山の中で暮らすのは」

 自嘲的な表情。溶けていく。地面に落下したヘドロが蒸発していく。しゅう、っという小さな音が連続する。

「自分以外の人型のカフカと会ったことある?」

「いえ、ないわ。誰か探しているのかしら」

「会ったことないなら、いい」

「そっちから聞いておいて、勝手な子ね」

 既に人としての原型は留めていなかった。どこから声が発せられているのかすら定かではない。

「最後の質問。あなたの名前は?」

 女性は笑った。顔なんてとうにないのに、何故かそう確信できた。

「答えたくないわ」








 洞窟の前まで戻った時、泣き声が響いた。急いで洞窟内に入ると、テーブルや椅子、ベビーベッドなどが置かれた生活スペースがあった。洞窟内は暗いけど、徒花の目なら問題はない程度。テーブルの上には数冊の本が重ねられており、よく見ると壁際にも数十冊置かれていた。

 ベッドに駆け寄っていた梅長さんと茅野さんの表情を見るに赤ん坊は無事らしい。まだ泣き続けてはいるけど。

 テーブルに手を触れてみる。がたがたと揺れた。足場が悪いというのもあるのだろうが、見るからに手作りだ。おそらく脚の長さがあっていないのだろう。椅子も同様。近付いてみると、ベッドもお手製のものだった。落下防止の柵だけが新しい。

「どうして泣き止まないんでしょうか」

 茅野さんが困ったように言う。その胸に抱えられている赤ん坊は『離せ』とでもいうように暴れている。

「お腹が減ってるか、トイレかってところかな。このくらいの年の子って普通にご飯をあげていいのかね。ていうかオムツとかないし・・・・・・」

 ベテランの梅長さんもこういった事態は慣れていないのか頼りなさげだ。

「トイレじゃないみたいですね」と赤ん坊をベッドに寝かせて茅野さんが確認する。「ということはお腹が空いてるんでしょうか。この年の子って乳離れしてるんですかね」

「さぁ。私にはさっぱり。妹も弟もいなかったし」

「梅長さん、お乳出ますか・・・・・・?」

「出るわけないだろ! ん? いや、この身体なら出そうと思えば出せるのか・・・・・・? ていうか、どっちにしろそんな危ないもの飲ませられないっての。サラは知らない?」

「知らない、けど」

 ふとテーブルの上にあった本の表紙を思い出し、戻って手に取ってみた。

『三歳までの子育てガイド』

 まぁ実験で育てる気ならこれくらいは調べるだろう。付箋がしてあったので、そこのページを開いてざっと目を通す。

「離乳食だって。多分、どこかに置いてあるんじゃない? そのベッドの下の段ボールとか」

 梅長さんが引っ張り出して開ける。

「なんかそれらしき食材ならあるけど・・・・・・。あ、ミルクもある」

 もう一度本を見てみる。

「離乳食の後にあげるって書いてる。今はないし、ミルクでいいんじゃない?」

「えぇっと、ミルクの作り方とか書いてない?」

「作り方」ミルク、と書いた付箋を見つけて開く。意外と面倒くさいな、と思いながら見ていると、ふと、テーブルの下に何かが転がっていることに気付いた。覗き込むと、それは象のーーいや、マンモスかーーぬいぐるみだった。拾い上げて軽く叩く。砂埃が舞ったけど、どうやらもともと大分汚いーー年季の入ったものらしい。

 もしかして、と思い、ベッドの中に置いてみると、赤ん坊は嘘のように泣き止んだ。

 泣き疲れたのか、すぐに眠ってしまった赤ん坊を連れて下山した。赤ん坊を保護したことについては梅長さんが既に連絡していて、麓で待っていた運転手さんによると警察と保護者が迎えに来るということらしい。

 五分ほどでパトカーに乗って三名の警官が到着し、発見時の状況などを聞かれたが、梅長さんは上司への報告が済むまで答えられないと拒否を続けた。当然、私達もそうした。

 それから十分ほどで白い軽自動車がやってきて、五十代ほどの女性が運転席から降りてきた。一人だけのようだ。

 多分、赤ん坊から見たら祖母に当たるであろうその人は、私達に何度も頭を下げた後、パトカーに続く形で山を降りていった。




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