第5話:優しすぎる幼馴染さん(後編)
どうせならと、しのと一緒に朝ごはんを食べることにした。
キッチンには母さんがいた。
「おはよう、しのちゃん。毎朝ありがとうね。ユートを起こしてくれて」
「いえいえ、お母さん。好きでやってることですから」
「あらあら、ユートも感謝しないといけないわね」
「いえいえ」
「あらあら」
キッチンは階段を降りて一階にある。
ドアを開けると広いテーブルが目の前にあって、イスにかけて朝ごはんを食べる。
「いただきます」
「いただきますっ!」
俺の席はちょうどテレビが見える位置にあって、左に制服のしのがいて、母さんはエプロンをつけて台所で洗い物をしていた。
朝ごはんは、目玉焼きと、焼き魚と、お味噌汁とご飯だ。
ザ・スタンダード。我が家の王道と言って良い。
ご近所さんではパンやスープやお肉が多いが、我が家では父さんの好みもあって『和食スタイル』が定番となっている。
ちなみにしのもこの『和食』を得意レシピとして持っている。
中学生くらいから、料理スキルをコツコツと上げているしのは、この前ようやくふわふわのだし巻き卵を作れるようになったと喜んでいた。
「ユートってば、しのちゃんに毎朝起こしてもらいたいからって、わざと遅刻ギリギリまで寝てるのよ」
「えっ、そうなんですか?」
「そうよ、お休みの日は一人で早起きするもの」
「ええっ!? そうなの? ユート君?」
母さん……。
本名、ヴァルダ・イルーヴァールシュタイン。
元・エルフ族の最高位のお姫さま。
現在は、美しい金髪をポニーテイルに縛って、エプロン姿でお皿洗いをしている。
ご近所でも評判の美人さんだが、その実態は闇ゴキブリを最大火力の魔法炎で消し炭にする家事の鬼、元最強勇者の父さんを尻に敷く、恐怖の暴力妻204○歳なのだ。
「……ユート、いま歳のこと考えなかった?」
「いえ全然」
俺はエルフの長寿さについてはこれっぽっちも考えずに、
テレビ番組のやたらこの人の料理スーパーオイルを使うよなーとか考えてた。
「ゆ、ユート君、お休みの日はちゃんと起きてるってホントなのっ?」
「ああ、ほんとだよ」
するとしのは何故か頬を少しだけ赤く染めて、俺の顔を見てきた。
不思議だなぁ。
……。
……いや、勿論わざとだけど。フツーに俺が「しのに起こされたい」って思ってることを喜んでんだろ。
俺はしののことが好きだ。
しのも俺のことが好きだ。……多分。
『傲慢』と一部の人は笑うかもしれないが、でも俺は結構マジでそう思えてるし、しのを信じてる。
これがもし恋愛ゲームのヘタレ主人公であれば、女の子の気持ちが分からない振りをしてはぐらかしたり、時には「え、何だっけ?」ととぼけてみるのだろうが、残念ながら俺は違う。
俺は素直にしのの優しいところや毎日笑顔を振りまいてくれるところが大好きだし、時折見せる強い部分とか負けないで頑張ろうとする部分が好きだ。
将来は何も分からないけど、この気持が変わらなければ、しのと結婚して幸せな家庭を築いてもいいなとすら思ってる。
きっとしのもそんな風に思ってるんじゃないかなと、俺は『傲慢』に思ってる。
(まぁ本音を言えば、しのにはもっと俺以外のいろんな世界を知って、世の中にはいろんな良い奴がいるってことを知ってほしいと思ってるけど)
そして最終的に俺を選んでくれたらもっと嬉しいと思う。
しのは、……なんというか『依存性』や『従属性』が高いと言うか。
誰かの後ろをついていきたがる性格で、大事な決断を平気で俺に委ねたりする時がある。
同級生の泉野知恵に言わせれば、
しのは俺にどこまでも付いてくるピルミンというキャラに似ているらしい。ピルミンとはちーちゃんが個人通販してる異世界のゲームに出てくる生き物だ。主人公にどこまでの付いてくる小さい妖精みたいらしい。
ま、しののこともそのうちどーにかなるだろ。俺はそう思う。委員会活動も始めたことだし、何もかも変わらずにはいられないと思うけど。
「ねぇ、ユート君。ほ、ホントなの?」
しのが問いかけてくる。だから俺はこの一瞬の時を楽しむように当たり前に答える。
「ああ、毎朝しのに起こされるのは楽しみにしてるよ」
「…………わぁ」
両手をぴったりと合わせて花のような笑顔がほころぶ。
うわぁ、見てください皆さん。
惑星フィール中を探してもこんなに純粋な子はいませんよ。
い、いやもしかしてダマサれてるのかな俺、実は裏で「へっ、チョロいぜユート君」とか思ってるのかな。
別人格の闇しのが現れるのかな。
「ユート君、よければ私お休みの日もユート君のこと起こしにいくよっ」
あ、違うわ素だわこの子。
フツーに純粋に喜んでるわ。
「いや、それはしのに悪いよ」
「そう? 私は気にしないよ?」
「いいのよ。しのちゃん、ユートがダメ人間になっちゃうから、この子しのちゃんが起こしに来れなかった時、本当に遅刻しそうになるんだから」
否定しきれない事実である。
実際、しのが風邪をひいて俺を起こすことができなかった日は、朝飯を食べずに出発するハメになったこともある。
しかしそれを聞いてしのはさらに喜んでいた。
「も、もうっ、しかたないなぁユート君は」
「うん、仕方ないんだよ俺は」
「そ、それじゃあ、私がついてて、あげなきゃダメだね」
「うん、俺はダメダメだよ」
「そうねダメ息子だわね」
母さんは余計なこと言わないで。
そうこう言ってるうちに朝食を終えて、俺はごちそうさまを言って、お椀と食器を水につけて、学校カバンを手に持つ。
「それじゃあ、行ってきます」
「いってらっしゃい」
「も、もうっ、もうっ、しょうがないなぁーユート君は、しょーがいないから、これからも毎日私が起こしてあげるねっ」
「うん、頼むよ」
「えへへ、えへへぇぇ……」
大丈夫かこいつ?
俺はドアを開けて、居間を後にする。
お花畑のなかにいるようなしのと一緒に出る途中、母さんは、
「……しのちゃん、完全にユートにあしらわれているわね。ありゃ将来ダメな男に引っかかりそうだわ」
それは俺も心配になった。
「いや、もう引っかかってるのか」
それは我が親ながら失礼だと思った。