表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/26

嫌味ったらしい副学園長!

 ……と、いきおいこんで学園本館に乗りこんでみたのはいいけれど、学園長室にはだれもいなかった。学園長の聖徳太子先生は今、アメリカの学校を視察に行っているらしい。学園長がいないのなら副学園長に直訴しようということで、私と香子は副学園長室に向かった。

「新学期の時間割を変更? うーん。残念ですが、それはちょっと難しいですね」

 ソファーみたいにふかふかなイスにどっしりとすわった藤原道長副学園長が、立派な口ひげをなでながら、ニッコリ笑顔でそう言った。この先生、気に入らない生徒と接する時はとても冷たくて不機嫌そうにしゃべるけれど、優等生の香子みたいにお気に入りの生徒と話す時はいつも優しいの。えこひいきはよくないと思うんだけれどなぁー。

「そ、そうですか……。ですよね。し、失礼しま……」

 簡単にひきさがろうとする香子の背中を後ろにいた私はツンツンと指でつついた。すると、香子は顔だけチラリと振り向き、涙目で私をにらむ。「なぎこちゃんもなにか言ってよ! 言いだしっぺでしょ?」と言いたいらしい。

 私だって副学園長にガツンと一発言ってやりたいけれど、今はちょっと無理なのよ。だって、私、呼吸困難で胸が苦しい……この場でぶったおれそうなんだもの。

「ぜえ、はぁ、ぜえぜえ……」

 私が息もたえだえでふらふらなのを見た香子は、「はぁ~」とため息をつき、もう一度交渉するべく副学園長と向き合った。いつもいい子で大人に反抗することなんてほとんどしない香子は、恐怖で足がぶるぶるふるえている。

 ううう……。ごめん、香子。文学部の校舎からここまで全力で走ったら、口がきけなくなるぐらいグロッキーになっちゃったんだもん……。これは深刻な運動不足だわ。文学部の子は、一日中、室内で静かに本を読んでいて、体育の授業をやったことがないからなぁ。特に私は、何でも思いついたらあとさき考えずに行動する性格のくせして、体力ゼロなのよね。やる気に体力が追いつかないとか、我ながら情けない!

 私が後ろで「ぜーぜー、はーはー」言っている間にも、香子はしどろもどろで副学園長に「他の科目の勉強もできるようにしてください」と訴えていた。けれど、押しの弱い香子では、説得は難しいみたい。香子がお気に入りの生徒だから話はいちおう聞いてはくれるけれど、副学園長はニコニコしながら「それはできませんねー」の一点ばり。く、くっそぉ~! やっぱり、ここは私が……!

「ふ、ふくがくえ……はぁはぁ……副学園長先生……。わ、私の話を聞いて……」

「何ですか? 顔が真っ青な清少納言さん」

 副学園長は、面倒くさそうな声で私にそう言った。香子に対しては優しい対応だったのに、私にはこのあつかい! それぞれの学部の委員長、副委員長たちが集まって先生たちと学園について話し合う月に一度の偉人委員会で、私が先生たちに意見を言いまくっているのが気に入らないみたいなのだ。私はただ学園をもっとよくしたいと思っているだけなのに。

「ぜえぜえ……。ど、どうして、今学期から時間割を改善する方針を変えちゃったんですか。私たち子どもにだって、自由に勉強ができる権利があると思うんです」

「権利? 自由? 文学部の生徒だけあって、なかなか説得力がある言葉を使いますねぇ。でもね、権利とか自由を主張する子どもが一番危ない! ろくな大人にならないのです」

「ど、どういうことですか?」

「子どもたちに自由と権利をあたえたらどうなると思います? 子どもたちは、自分たちは好き勝手をしてもいいんだ、だったら勉強なんてやらないよとサボるようになるにちがいありません。そして、なーんにもできない無気力な若者ができあがる。善悪の判断がつかない未熟なあなたたちは、黙って大人の言う通り勉強をしていたほうが幸せなのですよ」

「そ、そんな言いかた、あんまりです!」

 少しずつ息のみだれが整ってきて元気になった私は、副学園長につめよった。香子も私の横で「わ、私たち、そんないいかげんじゃないです……」と小声で抗議している。しかし、副学園長はまったく動じていない様子だった。

「あなたたちは、平安時代のすぐれた女流作家のDNAを持つ文豪のたまごたちなのですから、よそごとは考えず、ただひたすら国語の勉強だけをしていればいいのです。せっかく文学の才能があるのに、余計なことを学んで文学者になる以外のつまらない夢を持たれたら困るのですよ。私たち大人はそんなことを期待していません」

 副学園長は、つきはなすようにそう言うと、偉人学園新聞の今週号を机の上にポンと置いた。これは、ジャーナリズム学部の子たちが毎週水曜日に発行している学園内の新聞で、私のエッセイと香子の恋愛小説が連載されている。私が毎週書いている『ワクワク草子』は、学園で起きた変わった出来事や、日常生活でのビックリする発見などをノリノリの文章で紹介していくという内容だ。偉人学園の女子たちに大人気の香子の恋愛小説『ピカリ王子とお姫様たち』は、ピカール王国のピカリ王子という、顔も頭も性格もカンペキな王子様が、世界中を旅していろんな国々のお姫様と恋をする物語である。

「清少納言さん。あなた、本当は勉強が嫌いで、学園の授業を混乱させるためにそんなことを言っているのではないのですか? あなたの『ワクワク草子』ときたら、猫のフンは犬のフンよりもくさいだとか、学園で飼っているニワトリのアネゴはスマートだから高度五メートルをたもって五十メートル近く飛びながら移動できるだとか、あとは教室で自分が活躍した自慢話ばかり! 読者が勉強になるようなことをちっとも書いていない」

「別に、私、勉強になることを書こうと思って、『ワクワク草子』を連載していません。私が、面白い! すごい! この喜びをみんなに共感してほしい! そう思ったことを面白おかしく書いているだけです」

「面白ければいいというものではないのですよ、文学は。まったく……。その点、紫式部さんの『ピカリ王子とお姫様たち』は、すばらしいですね。ピカリ王子をめぐる姫たちの恋愛模様がロマンチックに描かれていて、人が人を愛することの喜びと悲しみをみごとに表現しています。主人公のピカリ王子のモデルを私にしたことが正解でしたね」

 副学園長がご機嫌で香子へウィンクすると、香子はササッと私の背中にかくれた。

 知る人ぞ知る、学園で大人気『ピカリ王子とお姫様たち』の秘密。それは、ピカリ王子の元になった人物が、香子の初恋の相手だということ。つまり、今、目の前にいる嫌味な藤原道長副学園長がピカリ王子なのだ!

 私たちが三年生の時に藤原道長先生は、生徒指導の教師として偉人学園にやってきた。男ざかりの三十代である先生は、見た目だけは、イケメンで優しそうな顔をしていたから、学園に来た最初のころは女子たちに大人気だった。私だって、まぁ、ねえ……ちょーっとあこがれていた時期もある。その中でも、一番熱をあげていたのが香子だったわけ。

「初代・紫式部が理想の男性の光源氏を『源氏物語』で書いたように、私も道長先生をモデルにして最高にステキな王子様を恋愛小説で書くわ!」

 そう意気ごみ、香子が書きはじめたのが『ピカリ王子とお姫様たち』だった。この物語が偉人学園新聞に連載されるようになると、たちまち女子生徒たちの間で人気爆発したの。

 でも、香子の初恋は、連載が一年目を迎えたころに、あっけなく幕を閉じちゃったの。

 道長先生が偉人学園に来てから、教師が三人クビになり、二人が遠く離れた学校に飛ばされるという出来事があった。その教師たち全員が道長先生と仲が悪いとウワサされていた人たちだったので、もしかしたら道長先生の仕業ではと生徒たちの間でささやかれるようになっていたのだけれど、ついに前の副学園長が生徒に体罰をしたという理由でクビになったのだ。前の副学園長は、とっても優しくて穏やかな性格のおじいちゃんで、私や香子も大好きだった。体罰なんて、絶対にするわけがない。学園新聞の記者がこっそり調べた情報によると、副学園長が道長先生に「君は生徒をよくえこひいきする。それはやめたほうがいい」と注意した三日後に、「僕は副学園長に体罰された」と訴える男子生徒が現れたらしい。

しかも、その後に新しい副学園長になったのが道長先生! これはどう考えても道長先生の陰謀だということで、女子たちの人気はだださがりとなったのだ。それでも、香子は最後まで道長先生のことを信じていたみたい。でも、前の副学園長に体罰されたと主張していた男子生徒が道長先生の息子である藤原頼通くんだったと知った香子は……。

「やっぱり、体罰なんて、なかったんだわ。前の副学園長先生はなにも悪いことをしていないのに、道長先生が息子を使っておとしいれたのよ。先生が、子どもを利用してまで嫌いな人間を地獄に落とすようなひどい人間だったなんて、ショックだわ……」

 道長先生に失望した(息子がいたこともショックだった)香子は、ピカリ王子の物語をやめて新しい小説を書きたがったけれど、学園で大人気の恋愛小説をまわりの生徒たちが毎回楽しみにしていて、「早く続きを書いて」とせがまれ、いまだに完結できずにいるのだ。

 というわけで、香子は副学園長に対してビミョーに複雑な気持ちをかかえている。普段は気が弱くて自己主張とかできない香子だけれど、副学園長が香子の気持ちも知らずに無神経なウィンクをしてきたものだから、ムカッときたらしい。私の背中に隠れながら、

「……私、ピカリ王子のお話を書くのをやめます」

 と、ぼそぼそと言った。これを聞いて、さすがの副学園長もおどろいたようだ。

「ええ⁉ な、なぜですか? ピカリ王子の活躍はまだまだこれからなのに……」

 副学園長も、自分がモデルの大人気小説が連載終了してしまうのは嫌なのだ。いつも冷静な副学園長にしては、珍しく取り乱した様子で、香子に考え直すようせまった。

「ネタ切れなら、先生が提供してあげましょう。私の若いころの大恋愛を……」

「自分が生み出したキャラだけれど、ピカリ王子にはもううんざりなんです。だって、ヒロインたちの気持ちも考えず、あっちへふらふら、こっちへふらふら。浮気ばかり」

「そ、そんな……。いったい、どうしたら考え直してくれるのですか?」

「……副学園長先生が時間割のことを考え直してくれたら、私も考え直します」

「うっ……! き、君、それはちょっと卑怯……」

 副学園長は、ガタリと大きな音を立てて椅子から立ち上がると、キッと私をにらんだ。……え? なんで、私?

「君が紫式部さんに私をおどすように強要したのかい? 大人しい紫式部さんが、こんなことを自分で考えて言うはずがない。友人を利用して教師をおどすなんて、恐ろしい子だ!」

「い、いや……。私は……」

 息子を使って前の副学園長をクビにした人に言われてもなぁ。それに、副学園長は、香子の初恋を台なしにしたのだから、自業自得だと思う。気が弱い香子が、こんなことを言うなんて、よほどのことだもの。……私というタテにかくれながらだけれどね。

「……分かりました。いいでしょう。あなたたちに、チャンスをあげます」

「チャンス?」

「そうです。あなたたち二人で署名活動をするのです。偉人学園の今の時間割を変更することを希望している生徒たちの名前を集め、学園の生徒全員の三分の二以上があなたたちに同意した場合、時間割の変更を検討しましょう。タイムリミットは新学期が始まる前日――二日後の午後五時までとします。一人でも署名が足りなかったり、一秒でも提出が遅れたりした時はアウトです。いいですね?」

「つまり、みんなが私と香子の意見に賛成してくれたら、オーケーということですよね? やったぁ! そんなの簡単、簡単! みんなだって同じ勉強ばかりやらされて、うんざりしているはずだもん! すぐに集めてくるから、絶対に約束を守ってくださいね!」

 私はガッツポーズをとると、香子の手をにぎり、副学園長室を後にした。なーんだ、副学園長も意外と優しいじゃない。これから急いで名簿表をつくって、明日、あさってと署名活動をしたら楽勝だよ!

「な、なぎこちゃん。ま、待って! どうしてそんなに喜んでいるの?」

 文学部の校舎へと戻る道すがら、香子が私の手をふりはらい、少し怒った口調で言った。

「え? だって、全生徒の三分の二以上の署名を集めたたらいいんだよ? 楽勝じゃん!」

「学園の生徒は全学部あわせて二千七百人だよ? それの三分の二以上ということは……」

 香子は両手を使って指をおりながら計算をしようとしたが、途中で分からなくなり、しゃがみこんで木の小枝をひろい、地面に計算式を書きはじめた。学園でまともに算数の授業を受けているのは、科学者の偉人のたまごが集まっている科学部など、理数系の学部にいる生徒ぐらいである。そのせいで、わたしたち文学部の生徒のほとんどが、簡単な計算ひとつを解くのに、ものすごーく時間がかかってしまうのだ。……ここだけの話だけれど、実は、私、たまにかけ算やわり算をまちがえて買い物を失敗しちゃうことがあるの。

「できた! 千八百! 千八百人だよ! 二日後の午後五時までに千八百人以上の署名を集められると思う?」

 何度かまちがえて五分ぐらい計算していた香子が、晴ればれとした顔をあげ、私にそう言った。……千八百人? ええと、それは一日に何人の署名を集めるればいいのかしら? 千八百……わる……うーんと、えーと……。

「まっ、なんとかなるんじゃない?」

 計算が面倒くさい私が、のーてんきに笑うと、香子はガクリとずっこけそうになった。

「お気楽すぎるよ、なぎこちゃん……。それに、今はまだ春休みなんだよ。みんなちゃんと学園に来ているか怪しいし……」

 生徒の全員が学生寮で暮らさないといけない偉人学園では、長期休暇の間、家族のもとへ帰ることは許されているのだ。

「新学期の三日前には学生寮に入るというきまりがあるから、大丈夫よ」

「たった二人で千八百人の署名を集めろと言われているのになんでそこまでのんきなの?

副学園長は、私たちが署名活動に失敗するだろうと最初から予測したうえで、あんな約

束をしたに決まっているわ。子どもをバカにしているのよ」

「だからこそ、意地でも成功させなきゃ! 私、副学園長に負けたくないもん」

「で、でも、どうやって? ちゃんと作戦を立てないと……」

「作戦はただ一つ! 根性でなんとかする!」

「つまり、いきあたりばったりということね。はぁ……」

 ため息まじりの香子の言葉は、小声すぎて私には聞こえていなかった。

「がんばろうよ、香子! このままあきらめたら、副学園長先生の言いなりになったみたいで、くやしいでしょ?」

 わたしがそう言って励ますと、しゃがみこんでいた香子は立ちあがり、「うん。それは嫌」と、この子にしてはハッキリとした声でうなずいた。こうして、私と香子の三日間にわたる偉人学園での大冒険が始まったのだ。

「よぉし、さっそく行動開始だよ!」

道長副学園長「紫式部さんの日記が同時投稿されているらしいから、そちらも読むといいぞ。ふふふ、可愛い教え子の日記をのぞいてみるか……」

なぎこ「おまわりさん、この人です」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ