なぎこ、時間割にキレる
さてさて、ようやく物語の本題に入れるわね。今回、私と香子はある目的のために学園中を走りまわることになるけれど、その原因となったのが先生に渡されたプリントだったの。
「紫式部さん、清少納言さん。これがあなたたち文学部各学年の新しい時間割表です。一年から六年の各教室にはりつけておいてくださいね」
食堂でお昼を食べて、学生寮で制服に着替えた私と香子は、職員室に向かい、与謝野晶子先生から一年間使う時間割表を受けとった。偉人学園文学部の一期生、つまり、学園ができた年にここへ入学した私と香子には先輩がいない。だから、ピカピカの一年生の時に委員長と副委員長に選ばれてしまった香子と私は、六年間、ずっと文学部の代表をやらされていて、こうして生徒のみんなのお世話をしているわけ。これがけっこう大変なのよ……。
「はい、分かりました。ええと、一年生の時間割表がこれで、二年生がこれ、それで三年生が……。あ、あれ? な、なぎこちゃん。こ、これを見て!」
「どーしたのよ、香子」
与謝野先生からもらった時間割表を一枚ずつ確認していた香子が、なんだか動揺した様子でわたしに時間割表のプリントを見せた。
ここで読者のみなさんに質問でーす。あなたたちの学校はどんな時間割なのかしら? なになに? 体育がきつい? 算数が苦手? まあ、みんなそれぞれに教科の好き嫌いはあるわよね。……だったら、私の学園の時間割を見てどう思う?
文学部初等科六年生時間割表
一限目 二限目 三限目 四限目 五限目 六限目
月 国語 国語 国語 国語 国語 国語
火 国語 国語 国語 国語 国語 国語
水 国語 国語 国語 国語 国語 国語
木 国語 国語 国語 国語 国語 国語
金 国語 国語 国語 国語 国語 国語
土 国語 国語 国語
「ぜんぶ国語! これ、五年生の時の時間割とまったく同じじゃないですかぁ!」
時間割表を見た私は、ここが職員室だということも忘れて、そうさけんでいた。
そうなの。偉人学園の時間割は、うちの文学部だけでなく、どこの学部も「ただひたすら○○!」みたいな一つの教科ばかりを生徒たちに勉強させるという極端なものなのよ。私たち文学部の生徒ように文学作品を残した文豪、和歌や俳句をよんだ歌人のDNAを受けついだ偉人のたまごたちは、国語の勉強ばかりをさせられる。戦国武将をはじめとした武士たちのDNAを持つ子どもたちはサムライ学部で体育や武術の授業を毎日やる。そんなふうに、芸術学部は毎日美術の授業、音楽学部は一年間ずっと歌ったりピアノ弾いたり……。
私、国語は嫌いではないのよ。むしろ、好き。けれどねぇ、入学してから今日まで、ずっとずーっと国語ばかり勉強していたら、うんざりするというか、頭がおかしくなりそうというか……。ちょっとは他の教科もやってみたい。そう思っちゃうのよね。
私が五年生の時、学園の方針が変わって、「来年度からは全学部に国語・社会・算数・理科・英語の授業を導入する」ということになったのよ。だから、もしかしたら他の科目も勉強できるようになるかもって、新学期の時間割には少し期待していたのに……。
「なに一つ変わっていないわ! 下級生たちの時間割も!」
「落ち着きなさい、清少納言さん。職員室でさわいではいけません」
与謝野先生は、私を学園内での「通り名」で呼び、そう注意した。偉人学園では基本的に本名ではなく、それぞれがDNAを受けついでいる偉人たちの名前で呼びあう習慣がある。第一次子ども偉人化計画で生まれ、学園の国語教師になった与謝野晶子先生もその例外ではない。ただし、心を許しあった親友同士はおたがいの本名を呼びあうことができるという暗黙のルールがあるの。私と香子のようにね。
「でも、与謝野先生。時間割は今学期から新しくなるはずでしたよね」
「……また学園の方針が変わったらしいのです。くわしいことを聞こうと思っても、藤原道長副学園長は『あなたはだまって子どもたちに勉強を教えていればいい』なんて言うし……」
与謝野先生も、コロコロと学園の方針が変わってとまどっているみたいだ。
「私たち子どもが文句を言ってもしかたないよ。教室に時間割表をはりに行こう?」
香子が、私の制服のそでをひっぱり、小声で言った。これ以上ここにいたら、ケンカっ早い私が時間割をめぐって与謝野先生とケンカするかもしれないと心配になったのだろう。
ケンカなんてしないって。与謝野先生の授業は厳しいけれど、先生がつくる情熱的な恋の短歌は大好きだもの。時間割は学園長か副学園長に訴えないと意味なさそうだしね……。
職員室を後にした私と香子は各学年をまわり、時間割表を教室の掲示板にはっていった。
「次は三年生だね。……あれ? 三年生の教室にだれかいるよ?」
私の前を歩いていた香子が急にピタッと止まったため、私は香子の背中にぶつかって、手に持っていたプリントをバサバサと何枚か落としてしまった。
「こらぁ、香子。突然止まらないでよ。……うん? あれは漱石くんと……もう一人はだれかしら。文学部では見かけない顔ね」
一時間ほど前、「桜の屋根の道」であいさつをかわした夏目漱石くんが、黒板にたくさんの漢字を書いていて、その横で漱石くんと同じくらいの身長の男の子が「ふむふむ。そうか、そう書くんだね」と漱石くんが書く漢字を熱心に見つめていた。
「制服のネクタイが漱石くんと同じ黄色だから、三年生みたいだけれど、左胸につけているバッジが文学部のものとはちがうわ。よその学部の子よ」
香子に指摘されて、私はなるほどと思った。偉人学園の生徒は男女とも学園指定のブレザーの制服を着ている。男子のネクタイと女子のリボンは、学年ごとに決まっていて、一年は黒色、二年は白色、三年は黄色、四年は赤色、五年は青色、六年は紫色。左胸には各学部のシンボルマークのバッジをつけるきまり。ちなみに、うちの文学部のシンボルマークはペン。ほら、文章の力は権力や暴力よりも強いことを「ペンは剣よりも強し」って言うでしょ?
「鴎外くん。『幸せ』という字はこう書くんだよ。上の線が一本ぬけると、『辛い』になるから気をつけて。しあわせとつらいでは、えらいちがいだからね」
「ありがとう、漱石くん。今、医学部の先輩たちに隠れて小説を書いているんだ。でも、医学部では病気の名前や薬の名前とか医学に関係する漢字以外は教えてもらえないから、人間の感情をあらわす漢字が分からなくて困っていたんだよ」
教室内で話す二人の会話が廊下にいる私たちの耳に届き、私と香子は顔を見合わせた。
「なぎこちゃん。鴎外といったら、夏目漱石と同じくらい有名な明治時代の文豪・森鴎外だよね? ということは、あの子は二代目の森鴎外?」
私たち偉人のたまごは、歴史の偉人たちを「初代」と呼び、自分たちのことを「二代目」と呼んで区別している。だから、香子は教室のあの子のことを二代目の森鴎外と呼んだのだ。
「そうだと思うけれど、でも、文豪のDNAを受けついでいるあの子が、どうして医学部にいるのかしら? 医学部は、お医者さんになるための学部でしょ?」
わたしが首をかしげると、香子は「私、なにかの本で読んだことがある」と言った。
「初代・森鴎外は、小説も書いていたけれど、軍医でもあったらしいよ」
「軍医?」
「戦争中、兵士のケガや病気を治すお医者さんのことだよ」
「あっ、そういうことか……」
最近は、お医者さんになろうとする人がものすごく少なくなっているとかニュースで言っていたような気がする。なんでも、人の命に責任を持つのが嫌だから、医学系の大学に入っても、結局、医者にならないそうなの。だから、偉人のたまごたちに一人でも多く医者になってもらおうと大人たちは考えて、鴎外くんを医学部に入れたんだわ。本人は小説を書きたがっているみたいなのに……。
「僕も漱石くんみたいに小説家になるための勉強ができたらなぁ。初代の森鴎外は、軍医であることにプライドを持っていたらしいけれど、僕はお医者さんになるよりも小説家になりたいんだ。……でも、医学の勉強以外のことをすると、先生たちに怒られてしまう。僕は、医者になる以外の夢を持ったらダメなのかな?」
鴎外くんが悲しそうにそう言った。何と答えてあげればいいのか分からない漱石くんは黙ってうつむいている。その光景を廊下で見ていた私は……。
「やっぱり、こんな時間割はダメだ!」
「あーっ! な、なぎこちゃん! なんてことをするのー⁉」
バリ! バリ! バリ!
私は、時間割表のプリントを全部ビリビリに破って丸め、廊下のゴミ箱にポイと捨てた。
「香子! 行こう!」
「え? え? ど、どこへ⁉」
「直訴だよ、じ・き・そ! 直接、学園長に訴えるの! 学園のみんなも、もっといろんなことを勉強したいと思っているはずだわ! でも、だれかがはじめに動かないと何も変わらない! 最上級生の私たちがやらなきゃ!」
「そ、そんなことをしたら先生たちに怒られ……。ひ、ひっぱらないで~!」
私は香子の手をにぎると、文学部の校舎から西へ徒歩十五分はなれた学園本館――学園長と副学園長がいる建物へと向かって走りだした。
香子「次の投稿予定は2時です……。寝ていて誰も読んでくれないんじゃ……」