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「健全なる肉体に健全なる精神は宿る」

はっきり言いまして、大嫌いな言葉です。

そもそも、何が健全であるかも分からない世界にあって、適当にも程がある格言でありまして、

つまりはそれだけ、この言葉の出来た古代ギリシャと言うものが、平和に満ちていた、ということでありましょう。


といって、ギリシャの頃にも戦争と言うものが存在したのは確かで、プラトンを読んだことのある人ならご存知のことと思うが、

有名なところで「ペロポネソス戦争」というものがあった。

アテネとスパルタの二大巨頭による、大戦争でありました。

スパルタは質実剛健たる尚武の国で、昨今までは「スパルタ教育」なんて言葉が使われていた通り、

青年諸君には一定期間の厳しい兵役が課せられておりました。

小説をお薦めするならば、三島由紀夫の「禁色」の全編に、その様子が散りばめられております。


一方、アテネは「知」をよしとする国で、軍部もあったにはあったが、これよりは大らかであったことでしょう。


しかし、軍隊が存在するくらいですから、ペロポネソスは規模こそ全ギリシャを揺るがしこそすれ、

その他にも小さな戦争は、いくらでもあったに相違ないのです。

喉元過ぎれば熱さを忘れる、なんて、人間の真理をつきすぎていて、逆に痛々しい言葉がありますが、

それでも、同じ人間です、戦争があって、「よっしゃ、これからもバリバリ攻めるぞ!」なんて言うヤツはそうそう見られない。

まして、かつての日本人じゃあるまいし、天下のギリシャ人でありますから、平和への意識は皆、高かったろうと思われるのです。


といって、現代の日本を見れば分かる通り、平和になると、今度は一転ノイローゼになりがちで、中々上手くいかないサジ加減であります。


説明が長くなりましたが、そういうわけで、この格言は、こういう時期に発生したものなのではないかな、と、俺は思うのです。

だから、嫌いなんですね。


そこで、まず、俺の体験談を載せましょう。

こう言うと、歳がばれてしまうから嫌なのだが、事実です、つい二ヶ月前のことでした。

俺も、ようようアルバイトを始めたんですね。

初めの頃など、仕事に慣れないため、異常に疲れる毎日でした。

小型のスーパーのようなお店でのアルバイトなのだが、商品の陳列を終えますと、今度はレジに入り、

オバサンに罵倒され、先輩には迷惑がかかる。加えて、足が棒になってしまう。

クーラーの目の前にレジが据えてあるため、涼しいは涼しいけれど、三時間もすれば喉が枯れ、

目が乾き、肩が凝り、挙句、

「ありがとうございましたー!!」と言えなくなるのである。

「あっとうごらっららーーーー!!」

滑舌が悪くなるのである。勢いで誤魔化すのが精一杯、うむ、自慢にもならぬが、若いが故に、元気だけが資本。

技術も何も、至りませーん、ごめんちゃいorz という具合でありました。


まぁ、モノカキの(さが)で、多少大袈裟に書いた嫌いはあるが、

たかが時給650円前後の仕事なんて、こんなもんだ、というのが、先輩のご意見であります。


しかし、それにも増して重大な危機が迫っていたのは言うまでも無いのです。

何かと申しますに、「達成感」です。

何てことでしょうね、疲労さえもが心地良くなってしまうのです。

仕事終わりには、しばらく顔が緩みっぱなしです。『あぁ、楽しかったな』と、

酷ければ一人、うわ言のように呟いておるわけです。

嗚呼、いけません。いけません。


……え、どこがどうしていけないかって?

そりゃあ、あぁた。俺はね、文学青年なんですよ。

堅苦しいところから説明すれば、欲望の基本原則は、欠乏をこそ望む、ということです。

「達成感」とは、つまり、欠乏の満たされた状態に「達成」しているからこそ、それ以上を望まない点において危険なんですよ。

高慢が嫌われるのと、理由は同じです。


事実、文章を書こうと思えなくなってしまいましたからね。

何故って、まず、疲れてるのに、書く気なんて起きるはずがないですし、

そもそも、今現在が楽しいとなると、仕事についてのアレヤコレヤについては思い浮かびこそすれ、

創作ノートをまとめる気なんて起きないのが人情です。


大体、不健全なことなんて、考えられなくなってしまうのです。

俺にとっては、欲望云々以上、こちらの方が重要でありましょう。


そう、十全な愉悦に浸っていると、悪さをする気が起きなくなってしまう。

下衆な考えが浮かばなくなってしまう。

カフから、下衆(guess)を差し引いたら、一体何が残りましょう?


「甲羅を噛む」には、残酷な描写をほんの少量加えたが、あれは完全に、バイトが休みの日に書いたものです。

仕事という、社会に対しての奉仕行動を行ってホウホウの体になりながら、

片一方であんな、自己完結の戯画(あるいは、「堅実」の正体)を描けるのは、はっきり言って、

相当、表裏のある、よく言って出世できるタイプ、悪く言えば、よほどの悪人なのでしょう。

(だからこそ、サラリーマンをしながら執筆したカフカは凄い、とも言えるが)

俺は自分について、さんざ悪ぶってみた過去もあったけれど、結局、

残念ながらそんな素養なんてない、と見切りをつけてしまいましたから、

だから、休みの日に執筆するに限るな、と。


ウダウダと書いてしまいましたが、つまり、俺にとっては不健全こそが資本なのであって、

肉体を動かすと、ストレスやら何やら、悪魔の秘薬作りの原料が根こぎになってしまって、

最悪、心が非常に晴やかになってしまう。

母に言われました。「前に比べて、ずっと健康的じゃん」

そうではない。俺はもっと、色々のことを書かねばならない。

恋愛のこと、学問のこと、汚職のこと、精神のこと、ともかく色々です。

そうなると、どうしても恋愛について欠乏を感じなければならない。


綺麗な恋愛を望むのは、童貞か、人擦れしすぎたドン・ファンのいずれかで、

片一方は知らないがため、もう一方は得られなかったがために、です。


だから、そういう欠乏をどーでも良くしてしまう労働なんて、俺は認めない。

まして、人類を一定の水準の元、押し付けがましい「健康」なんて概念に導こうなんて、

俺は断固として、認めるわけにいかないのです。


瓢箪から駒、不健全なる精神からの言葉でありますが、

それでも、「自由」への希求に繋がったのだから、あながちそう不健全でもなさそうなのだが、

あぁた、いかがお思いです? 

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