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終章 同じ空をみている。

 その日は、びっくりするくらいの快晴だった。

 こっちの世界に戻ってきた時もついついあほの子のように口を開けっ放しにして見上げてしまっていたなと、苦笑混じりに思い出す。

 今さらながらに小太郎は思う。空って、こんなに青かったんだっけ。

『……たろー!? ちょっとこたろー聞いてんの?!』

 ちょっと耳にきん、ときた。思わず携帯から距離を置いて、おそるおそる答える。

「聞いてます。聞いてますよ」

『本気で言ってんの、あんた。頭大丈夫なの、比喩的な意味でなく』

 相変わらずでぼちんの言動には容赦がない。

「だいじょぶだよ。検査でも問題なかったし。前から言ってただろ。もう一回、あっちに行きたいって」

 今から一週間前。赤の女王の笑顔を手土産に、小太郎とでぼちんはようやく現実世界に帰還した。

 なんだかそうすることが当然のような気がして、その時は疑問を挟む余地さえなかったけれど、ずっとずっと、気にはなっていた。いつだってあの世界の行く末が脳裏に引っかかっていた。

 別れ際、白の女王は自分たちに協力してくれと懇願した。

 赤の女王は、お前の好きにしろと言っていた。

 だから小太郎は、好きにしようと思うのだ。

「あの時のアカウント、まだ残ってるよね」

『そりゃ残ってるけど。……』

 不穏な沈黙。う。やっぱり機嫌悪いなと思う。

 今回の件の後始末だとかで、でぼちんは今学校にも行っていないらしい。こっちの世界に戻ってきてから、こうして電話でしか話したことがないけれど、いつだってこんな調子だった。

 疲れているのか自分になにか落ち度があるのか、今朝呼び出した時の反応を思い出しつつ、小太郎は待ち合わせ場所である土手向こうの方向へと視線を馳せた。

「……でぼちんは、気になんない?」

『ならない』

 即答。

『まさかあんた、白の女王の言ってたこと、本気にしてるわけじゃないでしょうね』

「ど、どういうこと?」

 ちょっとびっくりした。

「でぼちん、言ってたよね。自分が用意したのは器だけだって。彼女たちがどこから来たのかは知らないって」

『確かに言った。けど、〝わからない〟って言っただけで、彼女らがここではないどこかから来た誰かとは言ってない』

「で、でも、」

 とっさに反論しようとして、だけどその主張になんの根拠もないことに気づく。

 でぼちんは続ける。

『そもそも彼女たちがどこかから生まれた〝意識〟だという確証もない。脳の仕組みなんて、まだ三十パーセントも解析できてないもの。レプリカと言ったって、はたしてそこに流された電流が、本当に〝意識〟と呼べるものを生み出したり、喚び出したりしたかなんてわかんないでしょ。私たちが、いいえ、彼女たち自身さえそう思い込んでいるだけ、という可能性は絶対に否定できない。そうじゃない?』

「…………」

 でぼちんの言うことは、いちいちもっともだと思う。専門的なことはよくわからないけれど、なによりでぼちんは嘘をつくのが下手だから。携帯電話を通した声からだって、それがほんとか嘘かくらいは見当がつく。

 だけど、

「……だけど女王は、確かにいたんだ」

 なにが本当で、なにが嘘なのか。どうすればそれを証明できるのかなんて、小太郎にはわからない。他の誰にも、わかるものではないのかもしれない。それでも小太郎は思う。根拠もなく思う。

「目の前にいたんだ。泣いて、怒って、苦しんで、そして、笑ってたんだ」

 そう、思ってしまったんだから、しょうがないじゃないか。

『ばか』

「へ?」

『最初からそう素直に言えばいいでしょ』

 どこか呆れたような、しょうがないなあ、という、でぼちんの声。

 もしかして自分は、試されていたのだろうか、小太郎は思う。でぼちんは嘘が下手。それも実は思い込みなんじゃないかと思う今日この頃だった。

『所詮、私たちが本当だと信じている世界だって、実は脳が今まで蓄積してきたデータを使って補完しているものなわけだし』

 うわあ。またこのひとは嫌なこというなあ。

『なにその嫌なこと言うなあみたいな顔』

 いや携帯だし。見えないし。

『世界は、そのひとの脳の中にしか存在しないし、ひとの数だけ世界が存在する。そういうものでしょ』

 だから、争いが起こる。ひとはひとの顔色を伺い、不安になって、やがては拒絶するようになる。

『でも、だからこそ、すごいことなんじゃないかな、と思う。そんな中で、少しでも同じ世界を見ることができる、ってことが』

 小太郎は問う。

「できるのかな、そんなことが」

『……でしょ』

「え、なに」

『なんでもないばか! 泣き虫!』

「今それ関係ないよね?!」


 ──見てるでしょ、私たちは。


 そう聞こえたことは、内緒にしておこう。

『で?』

「で?」

『だから、いつ行くの? まさか今日これからっていうんじゃないでしょうね』

「いや、今日これからだけど」

『…………』

「でさ、ゲームでいつもつるんでた奴がいるんだけどさ、そいつも誘おうと思うんだ」

「……簡単に言うけど、大丈夫なの? 危険がないとも限らないのよ?』

「だいじょうぶだって。なんとかなるって」

『……前向きっていうか、能天気っていうか』

「ん?」

『なんてひとなの?』

「え?」

『そのひと。名前』

「ああ、えっと、わかんね。そういえば忘れた。てか聞いてない。ハンドルもとっかえひっかえだしあいつ。でもだいじょぶだよ。目印にあぶないみずぎ着てこいって言ってあるから」

『……女?』

「わかんね。ゲーム以外で会ったことないから。……もしかして、やきもち?」

 ブツッ!

「うわっ、嘘、切るかフツー!? でぼちん!? でぼちんでぼちんでぼちん?!」

「四回もゆうな」

「って、フェイクかよ! いったいどうやってんだよ?!」

 携帯に向かって叫びながら、小太郎は、はた、とそのまま硬直する。

 いつもでぼちんと遭遇する、ふたりの通学路が交わる土手。すでに今回の待ち合わせの場所に到着していることに、ようやく気づいていたから。

 目の前で、でぼちんがぱたん、と携帯を閉じる。

「だから電話は嫌い。だまそうと思ったら、いくらでもだませるから」

 だけどその言葉はもう、小太郎の耳には入っていなかった。

 久しぶりの対面だった。あっちの世界から戻ってきてからこっち、一度も顔を合わせていなかったから。だから。

 びっくりしていた。声も出なかった。だってでぼちんが、あの、でぼちんが。

 眼鏡を、外していた。

 前髪を、上げていた。

 真昼間だというのに、お月さまが、今度はこんなところまで迷い込んできたのかと思った。

「でぼ、ちん……?」

「でぼちんゆうな」

 声はさっきと同じく相変わらずのぶっきらぼうだったけれど、違う。耳まで真っ赤な顔を見ればわかる。

「だって、……だって、」

 感無量とは、まさにこのことだった。

「だって──でぼちんだもん」

「あ、あんた、実はおでこが好きなだけなんじゃないの」

「……そんなことないです」

「こっち見て言いなさい」

「でぼちんのでぼちんだから好きなんです」

「お約束よね」

「そこはデレてよ」

「知らない」

「やきもち?」

「腐ってんの?」

「やきもちならいいや」

「というか腐れ」


 出会いは、最悪だった。

 月も出なかった透明な夜。ふたり見上げる空は、なにもかもが軋んでズレていた。

 小太郎は思う。底抜けに明るい頭上の青を見上げて思う。

 世界は辛辣で、それに対して自分たちは笑ってしまうくらいちっぽけで。だからこそ齟齬が生じる。見えるべきものが見えなくて、見えなくていいものばかりを見てしまう。

 言葉だけじゃ足りない。声だけじゃ届かない。できる限り、めいっぱいの方法で伝えよう、自分が見ている、この世界を。だから教えて、君が見る、君の世界を。

 これからもずっと、いつだって同じ世界を、見続けていきたいから。


とりあえず一巻の終わりであります。

いろいろとツッコミどころ満載かと思われますが、楽しんでいただけましたら幸いです。

あとあと、そんな楽しまれた感想をですね、ちょこっとその、えー、……あの、


……なんでもないです。


次はなに書こう……

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