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第17章 黒の惨劇Ⅲ

 全身を、しこたま壁に打ちつけた。

 熱量だけは、なんとか掌で消滅させた。

 痛みはいつものことだったが、やっかいなのは衝撃だった。脳みそが盛大に揺らされ、今自分が立っているのか寝ているのかさえ判断がつかなかった。

 ありえなかった。いったいこれはどういう了見だ。そんなことが実際に可能なのか。

 奴らは、放たれた無反動砲の弾丸をこともあろうにベレッタで撃ち抜いたのだ。トゥイードゥルディーが、掌で受け止めるその直前に。

 周囲を見回した。視界はほぼゼロだった。だけど爆煙にまみれたその向こうに、幾人かの影が倒れていることがかろうじて視認できた。

 玉砕覚悟か。何かが狂ってた。苦労して頭を上げて、ようやく自分が床にうつぶせに倒れていることに気づいた。

 気配がした。

 脊髄反射で身を起こし、今まで自分の頭があったところに切っ先が突き刺さるのを視界の片隅に引っ掛けて、がむしゃらに影へと抱きついた。

 ぼちゅん、もうどこを握りつぶしたのかもわからない。

 次々迫り来る軍靴の音。ベレッタの銃声は聞こえない。弾が尽きたのかトゥイードゥルディーには効率が悪いと思い切ったのか。

 横殴りの銃剣を腕ごと受け止めて消滅させる。立ち上がろうとして、右脚の踏ん張りがきかなかった。こなくそ。鞭打って立ち上がる。振り下ろされる刃に、踏み込んで打点をずらす。腕が肩を叩く前に、

 ぼちゅん、

 幾人かが女王のドアに取りついている。銃剣をドアに突き立て、蹴破ろうとしている。

 やめろ。脇腹に熱量。身体ごと突っ込んできた影の頭を、

 ぼちゅん、

 それから、どれだけの頭を潰し、何本の腕を引きちぎってきたのだろう。ただ条件反射だった。目に映るすべてに反応して、ひたすら手を伸ばした。握りつぶした。息が切れた。忘れていた痛みが精神を圧迫する。もう意識しないようにすることもできない。いつまで続くのだろう。それは、施術を受ける前、物心ついた頃からのトゥイードゥルディーの呪文。この痛みは、いったいいつまで続くのだろう。

 さっき抉られた脇腹の熱が尋常じゃなかった。周囲がかすんで見えるのは未だ燻る爆煙のせいばかりじゃない。自分がもうどう戦っているのかもわからない。ただ動くものに反応して、条件反射だけで迎え撃っているような感覚、

 捌ききれなかった銃剣の突きが、髪を薙いだ。大きく踏み込んで、影のどてっぱらを鷲掴みにして風穴を開ける。シャワーのような返り血を右へかわそうとして、

 足元から伝わる震脚の振動。

 弾丸よりも疾いその縦拳を受け止めることができたのはほとんど、奇跡という名の偶然だった。

 だが捕まえてしまえばこちらのものだ。このまま握りつぶし、踏み込んで、

 だけど、拳は弾けなかった。

 ──え、

 再び震脚の衝撃。同時に影は拳を引くように肘を突き出して、

 ごん、

 久しく感じていなかった衝撃が、胸のど真ん中を撃ち抜いて、ああ、トゥイードゥルディーは頭の片隅で、やはりあなたでしたか、静かな諦観と共に考えている。

 女王の部屋のドアを突き破り、ベッドの角にまともに背中を打ちつけた。呼吸が止まった。

 だがトゥイードゥルディーは吹っ飛ばされた勢いを無理に殺さず、そのまま後転してベッドの上へ。

 間髪入れず放たれた三点バーストを横転してかわして地を蹴った。

 迎え撃つべく第二波が放たれ、邪魔だ、避けるでもなく掌で受け止めようとして、だけど、

 消し去れなかった。

 ひとつは掌を穿って止まり、ひとつは貫通して天井へと跳ね上がり、ひとつは右胸を突き破って胸骨にぶちあたって止まった。上体がのけぞる。喉の奥をせり上がってきたものを床にぶちまけて初めて、とっくの昔に限界がきてしまっていたことにトゥイードゥルディーは気づいていた。

 定まらない視界の中で、影が地を蹴る。かろうじて左の視界が捉えたのは、旋転する黒い背中。まったくの意識の外から、裏拳が飛んでくることが予想された。

 つかまえようとして、躊躇した。まさか〝彼女〟の腕を握り潰すわけにはいかない。条件反射だった。たった今、タイムリミットを悟ったばかりだというのに。

 それが、命取りだった。

 左側頭部にハンマーで殴られたような衝撃、吹っ飛ぶ間もなくさらに影が旋転、同時に横殴りの右が脇腹を抉り、その勢いのままに三度旋転、後ろ回し蹴りが、

 その螺旋剄には、やはり見覚えがあった。

 それから後のことは、正直よく覚えていない。

 気がついたら、視界の左半分が完全に真っ暗に塗りつぶされていた。

 自分は女王の部屋の壁にもたれて、赤いカーペットの上にへたりこんでおり、周囲には血と硝煙のにおいしかしない。

 聞こえてくるのは相変わらず横殴りの風であり、女王の姿は見えず、目の前には無造作にベレッタを手にした〝彼女〟が立っている。

 もう、指先ひとつ動かせそうになかった。

「……すばらしいこんふーでした。結局私は、体術ではあなたにかないませんでしたね」

 暗視スコープの向こうから、〝彼女〟が答える。

「二個分隊をひとりで壊滅させておきながら、言うセリフではないですね」

「それでも負けは負け、です」

「お前のそういうところ、嫌いではなかったですよ、トゥイードゥルディー」

「……もう〝ディー〟とは、呼んでくださらないのですね」

 静かに銃口をこちらに向けながら、〝彼女〟は答えた。

「昔の話です」

 ああ、どうしよう。このままもう、泣いてしまいそうだと、トゥイードゥルディーは思う。

 なにもかも投げ出して、みっともなく泣きじゃくってしまえば楽になるだろうか。だけどでも、そんなことをしたら抗力が、

 そこまで考えて、習慣とはおそろしいと、トゥイードゥルディーは思う。

 銃口ではなく、その向こうの暗視ゴーグルの、さらにその向こうにあるであろう〝彼女〟を見上げる。

「もう、やめませんか」

 暗視スコープの向こうの瞳が、わずかに揺れた気がした。明らかな動揺、

「実は私、痛いの、嫌なんです。くる日もくる日も殺したり殺されたり──そういうのもう、飽き飽きなんです」

「……お前、ブロッカーを外しましたね」

「はい」

 もう、抗力なんてくその役にも立ちはしないから。

「貴女はどうですか。痛いのは好きですか。いつだって痛くて苦しくて。これからもずっとこんなことを続けるつもりですか」

「……この期に及んで、命乞い?」

「はい。私はまだ、死にたくありませんから」

 だって、まだみていない。女王が、あのひとが約束してくれたあの空。

 トゥイードゥルディーは繰り返す。

「もうやめませんか」

 届け、

「起動キーは、ここにはありません。キーは、キーであって実態をもたないんです。唯一、抗力使いだけがかの兵器と接する機会をもてる。なぜだと思います……?」

「キーとは、抗力そのものだからでしょう?」

 これには、素で驚いた。

「……ご存知だったのですか」

 〝彼女〟はさして感慨もなく、

「おばかさんたちにはいいエサでした。頭の堅い人たちは、なかなか自分では手を汚そうとしない連中ばかりでしたから。かわいいものですね、あんな大砲ひとつで世界を変えられると思っているのですから」

 照準した銃口をぴくりとも動かさず、〝彼女〟は言い切る。

「わたくしの目的は、最初からひとつですよ」

 それは、以前からトゥイードゥルディーの心の奥底に疑心と共に常にあったものだった。

 〝彼女〟の目的。

 真の目的から鑑みればおのずと出てくる答えではあった。

 最初から、狙いは自分だったのか。大臣や近衛たちとの関係を熟知している〝彼女〟なら容易かったはずだ。自分を、この状況に誘き出すことも。

 言うべきではない。それは決して言うべきではない。頭ではわかっていても、こころが止まってはくれなかった。

「……そんなに、女王が憎いのですか」

 それが答えだとばかりに、〝彼女〟は撃鉄を起こす。

 こんな銃より、花を愛でている方がよっぽど似合っているのに。額に冷たい銃口を感じながら、トゥイードゥルディーはそんなことをぼんやりと考えている。



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