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第16章 黒の惨劇Ⅱ


 〝赫奕たる冥奴〟


 その名を、影たちは知っていた。この国に生まれた者で、その名を知らない者はいなかった。物心ついた頃から、お伽話で聞かされる。悪い子は、冥奴さんにさらわれちゃうぞ。女王と謁見して、それが実在の人物であることを思い知る。

 議会が施術した人形。その最高傑作。放つ光は万里を超え、彼女さえいればハンプティ・ダンプティなど不要とまで言わしめた無敵の魔女。

 しかし、彼女が赫奕たる冥奴と呼ばれ恐れられているのも、すべてをこの世界より強制排除するあの光があったればこそだ。

 戦場がこの塔である限り、戦略タイプのプロトコルは百害あって一利もない。地の利は、我々にあった。伝説の魔女などおそるるに足りない。

 その、はずだった。

 囮に食いついた。挟撃していることにも気づかず、メイドは左手から先行した同士をぶちのめし、こちらへ無防備な背中を向けていた。

 ──くたばれ、化け物。

 〝彼女〟の目がなければ、影はそう叫んでしまっていたに違いない。

 終わってみればあっけないものだった。今までの苦労はなんだったのか、拍子抜けな安堵とじわじわと湧き上がる達成感の中、だけど影は目を見張ることになる。

 必殺の三点バースト。だけど轟いた三つの轟音は、直後響いたひとつの音にかき消される。


 ぼちゅん、


 目を疑った。そんなわけがなかった。憎きあのメイドは確かに完全にこちらに背を向けており、こちらを振り向くことも、ましてや飛来する弾丸へとあの掌を突き出すこともできなかったはずだ。

 現に。三つの弾丸をかき消した今もなお、メイドは未だこちらへと背を向けている。

 ゆらりと、メイドがこちらを振り向く。

 赫奕たる冥奴。それは、この国に生まれた者なら、誰もが知っている名だった。

 悪い子をおしおきする化け物であり、

 いつでもどこでも変わることなく、悪を退治する、魔女なのだ。



 失態だった。挟撃されていることに気づかなかった。だからあの時も進言したのだ。女王の部屋は角部屋にするべきだと。拠点防衛の観点から、中央はありえないのだと。

 が、弾丸はトゥイードゥルディーに決して届くことなく、いつものごとく消滅していた。事前に手は打っていた。つい最近、大量のベレッタが流通したことを武器商から聞いていたから。

 あらかじめメイド服に触れていた。ベレッタの弾丸を記憶させていた。それに反応して、自動的に抗力が発動されるように。

 が、それにも限りがある。長引かせるわけにはいかない。

 背後の影が、怯んだのがわかった。ゆらりと振り返り、慌てて前方の影が銃口を向けるよりも早く地を蹴った。影の数は三。他の気配が感じられないのが気になったが、時間もなかった。

 影が引き金を引く前に、銃口を握り潰した。暗視ゴーグルの向こうの瞳が恐怖に歪むのがわかって、だけど身体が止まらなかった。銃口を握りつぶしたその手で、暗視ゴーグルごと、

 ぼちゅん、

 飛び散る血飛沫の向こうから銃声。三点バーストがふたつ。計六つの弾丸は、三つを掌、二つをメイド服で消滅させたが、ひとつは頬をかすめて一筋の紅の線を引いた。

 が、トゥイードゥルディーはケほども怯まず赤のカーペットをローファーで噛む。右回し蹴りが後衛のふたりのうちのひとりの首を刈ると同時に、二人目が悲鳴を上げながらも発砲。回し蹴りの勢いを利用してさらに旋転、弾丸を背中で見送りながら、トゥイードゥルディーは後ろ回し蹴りを二人目の側頭部へと叩き込んでいた。

「ふ……っ!」

 翻ったメイド服が元の場所に戻るよりも早く、トゥイードゥルディーは再度背後を振り返る。今度は気づいた。その先にいる影の数に、ぞっとする間もなかった。山のような銃声。三点バーストの嵐。その数──数えている間に受け止め消滅させないと。いくつかが二の腕をかすめた。太ももを抉った。焼けつくような痛み。だけどいつだって精神を苛むそれに比べたら、どうということはなかった。掌で捌いていては埒が明かない。一か八か弾丸はメイド服に施した反応式に全部まかせて特攻するべきか、そう思案したその時だった。

 三点バーストの嵐がやんで、その間隙を縫って、トゥイードゥルディーはそれを見た。影の奥。ぽっかりと闇より昏く穿たれた銃口は、八四ミリ無反動砲のそれだった。

 轟音。

 バカな。口径が大きければいいってもんじゃない。笑みさえ浮かべて掌をかざした、だけどその瞬間、迫り来る砲弾の背後からさらに三点バーストを聞いた気がした。それはもとより、トゥイードゥルディーを狙ったものではなく、

「……!」

 きん、という間抜けな音を聞いたと思った瞬間、目の前が閃光に包まれていた。



 爆発音が聞こえたのと、小太郎が階段を登りきったのはほぼ同時の出来事だった。

 正、副、予備、三系統すべての電源を落とされたエレベータを捨て、無限の階段地獄に突入して数十分。息も絶え絶えに非常ドアを開けたその瞬間、屈強の兵士たちに囲まれた。

「陛下!」

「陛下ご無事でしたか!」

 近衛隊士たちの切羽詰った声。小太郎以上に体力の限界にきているだろうに、いつものごとく女王は朗々たる声を張り上げる。

「うろたえるな! 状況を説明せよ!」

 全員が口々に声を上げて、一瞬塔の第一階は不協和音に包まれるが、すぐに小隊長と思しき痩身の男が歩み出た。報告はまったく要領を得なかったが、内容は問わずともわかったような気がした。突然の敵襲。敵味方識別信号に感なし。完全なるアンノウン。第三階から侵入され、巧みなジャミングにより今も完全には動向を把握できていないということ。

「敵の目的は妾の自室だ! 最上階の布陣はどうなっている!」

 隊士の回答に、女王の顔面が蒼白となる。

「この痴れ者どもが!」

 爆発するやいなや駆け出そうとする女王を、だけどさらなる喧騒が押しとどめていた。

 塔の入り口。近衛隊士の一隊が押し寄せる民衆をせき止めているように見える。

「なにごとだ!」

「報道局の連中です! 今回の件について、」

「調査中だ! 後日正式に会見を開く!」

「しかし法令第二十一条により、」

「議会より特措法が発令されたと伝えろ! 書面など後でどうとでもなる! まだ敵がどこにいるかもわからんのだぞ! ウィザード!」

 突然呼ばわれたことに驚く間もなく、女王はそれを投げてよこした。反射的に受け取って、ずしりとした重さに戦慄する。

 女王の、護身用のリボルバー。

「抗力は使うな! 敵は最上階だ! ゆけ!」

 たじろぐ、

「ゆかねば妾が其方を撃つ!」

 転がるように走り出す。



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