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第13章 ハンプティ・ダンプティ



 ハンプティ・ダンプティが塀の上


 ハンプティ・ダンプティがおっこちた


 王様の馬みんなと王様の家来みんなでも


 ハンプティを元に戻せなかった



 それが放たれたが最後、もはや誰にもどうすることもできない──そんな畏怖と絶対的な力の象徴という意味を込めて名づけられたと、女王は言う。

 赤の女王の、切り札。

 確かめる必要があると、女王は言った。

 はたしてそれを扱うに値する力を持っているのかどうか。


 ──見せてもらうぞ、ウィザード。


 見覚えのある部屋だった。光と影がお互いに乱反射して、色どころか広ささえ判然としない。

 入ったことも、見たこともないはずなのに、頭のどこかに引っかかる。なんだか漠然と、ああ、これから俺、ここで夢をみるのかな、と思っている自分がいる。

 ビンゴだった。


 ──其方はなにもしなくてもいい。ただ、眠れ。


 嫌な夢をみた。

 悲しい夢だった。叫んだり暴れたり、唇を噛みしめたりシーツを握りしめたり、そんな激しい揺さぶりはない。ただそれは、心さえ抵抗をなくすような、どうしようもない、痛み。

 夢は夢らしく、目を覚ました途端、泡となって消えてしまったから、くわしいことはなにも覚えていない。

 けれど、ただ悲しい、それだけは溶け残った砂糖のように胸の奥に沈殿して苛んだ。

 ちょっと考えればそれがなんなのか推測することはできたけれど。できたとしてそれがいったいなんになるのか。


 ──嫌な想いをさせたか。


 いいえ。小太郎は首を振る。


 ──嘘はよせ。其方の力の臨界点を正確に測る必要があった。許せ。


 抗力とは、かけられた負荷に比例して、強く激しく発現する。

 そういう意味では確かに女王はこれ以上ないほど効率のよい方法を取ったのだろうと、小太郎は思う。胸の傷よりなにより、消えない傷が、小太郎にはある。


 ──ちくしょう。


 今もまだ、亀裂のように脳裏をかすめるのは、でぼちんの顔。



「〝ハンプティ・ダンプティ〟とは、抗力により閉じ込めた反物質の砲弾を、亜光速で撃ち出す星間反粒子砲のことだ」

 百畳を超える無駄に広い空間に、白騎士の朗々とした声がこだまする。

 あれから数時間。部屋から出る頃にはもう、夜といっていい時間だったが、おもむろに小太郎は女王と共に、先ほどの和室のど真ん中に正座させられていた。

 まだどこか頭の中が判然としない。ぼうっと目の前の巨漢を見上げながら、ああ、白騎士、かぶと、見つかったんだな、よかったな、と思った。

「もともとは通信機として建造されたのだそうだが、その大出力に目をつけた時の王が、兵器として再構成したのだと言われている」

「……あんたが造ったんじゃないんだ」

「いくら私とて抗力制御の術は知らぬよ。あれはこの地下より発掘したいわば過去の遺物。文献によると、一億八千万キロワットもの大出力に加え、対消滅による破壊効果もあいまって、理論上この世に破壊できないものなどなにもないのだそうな」

「つまり──」

 口を開いたのは、女王。

「完成すれば、この忌まわしい偽りの空ごと、彼奴らを一掃できるということだ」

 息を呑む。

 覚悟はしていたけれど、改めて垣間見る女王の真意に、正直戦慄を隠せなかった。胸の奥で、もうひとりの自分が絶叫している。本当にこれでいいのか。胸が詰まる。息もできない。

 振り絞る。

「……それで、俺が必要ってわけですか」

 ここにきて、ようやく話が見えてきた。

 どうして自分が、こんなところまで連れてこられたのか。抗力を糧とする最終兵器。生まれながらにして抗力を扱うウィザードというイキモノ。その両者が交わる先にあるものは、たったひとつだ。

 白騎士が言い募る。

「当初、女王から話を聞いた時には正直信じ難かった。生まれながらの抗力使い。その規模。が、合点がいった。すさまじいまでのポテンシャルだ。抗力そのものは今だ未知数のガジェットであり、本質を単純に計れるものではないが、大よそにしてあの象牙の塔が誇る議会の最高傑作、〝赫奕たる冥奴〟ことトゥイードゥルディーの実に三十九倍。──三十九倍だ。この白騎士謹製の測定器がもう少しでオーバーフローするところであった。が、しかし、」

 白騎士が饒舌だったのは、そこまでだった。兜の中の視線がどこを彷徨ったのかは知らない。考えるまでもなくそれはただの一点に違いない、なんの根拠もなくそう感じて、小太郎は女王を見ていた。

 引き結ばれた唇はいつものごとく。が、いつだって硬質な意思を称えていた瞳は、膝上の黒猫へと落とされ、どこか翳りを帯びているように見えた。

 ざわざわした。落ち着かなかった。急かすように白騎士へと問うた。

「……しかし──なんなんだよ」

 それでも白騎士は渋った。が、やがて兜の向こうの声をさらにくぐもらせて、答えた。

「貴殿ほどの抗力使いを、私は知らない。それは真実だ。が、それ以上に、ハンプティ・ダンプティがとんでもなかった、というだけの話だ」

「え」

「出力不足なのだ。貴殿の力をもってしても」

 一瞬、その言葉の意味が理解できなかった。

 ハンプティ・ダンプティは反粒子砲と呼ばれる兵器だ。砲弾となるべき反物質の生成はもちろん、それを地上まで撃ち出すための加速に要するエネルギーは並大抵のものではない。かの兵器が考案された頃にはおそらく抗力とは日常の現象だったやもしれず、その動作のほとんどが抗力によって賄うように設計されていたのだという。

「ともすれば、今ある貴殿の抗力によって賄うことも可能なのやもしれん。が、正直どう取り回せばよいのか見当もつかぬ」

 抗力しかり、ハンプティ・ダンプティしかり。ろくに解析さえできていないひよっ子の我々が、それらをどうにかしようということ自体おこがましいことだったのかもしれないと、白騎士は言う。

「私も信じたくはなかった。女王の命もあった。何度も検証を重ねたが、結果は変わらなかった。ハンプティ・ダンプティの、ひとり勝ちだ」

「…………」

 言葉にならないとは、このことだった。いったい何の冗談かと、正直思う。この国の切り札。ハンプティ・ダンプティ。女王の剣となるはずだった。ウィザードであれば、動かせるはずだった。そのためだけにここまできた。だけど足りない。すべて足りない。自分では、女王たちを守れない。戦えない。


 戦ワナクテ、イイ。


 ふいに、女王が微笑った。

「ほっとしたか?」

 一瞬で、頭に血がのぼった。

 今ほど、女王を憎いと思ったことはなかった。

 それはつまり、その女王の言葉が、図星であることの証明でもあった。

「冗談だ、許せ」

 想いがちゅうぶらりんだった。どこへもっていけばいいのかわからなかった。そんな小太郎の気持ちなど存ぜぬとばかりに、

「白騎士、暗号壁の解析はどこまで進んでいる」

「は、」

「フェイズ664は攻略したのか、と聞いている」

「は、いや、それは、」

 白騎士の声音には、暗に、まだやるのか、という色がにじみ出ている。が、女王は怯まず、

「役立たずめ。よい。妾が直々に出る。其方らはここで待機していろ」

 放り投げるように命じて、女王は立ち上がる。

 まだやめない。肝となるべき動力源の確保も危ういというのに。どうして。小太郎は思う。出会ったあの時からずっと考えている。どうして彼女は、こうまで、ただ頑ななまでに、前しか見ないのだろう。

 足早に部屋を出ようとする、誰かさんにそっくりな背中は、どこまでも危なげで、

「女王!」

 呼び止めてから後悔した。なにもかける言葉が見つからず、やがて、女王は振り返りもせずに答える。

「すぐに戻る」


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