第12章 白騎士Ⅱ
「まったくもって、お見苦しいところをお見せした。面目次第もございません」
眼前で、白騎士が深々と頭を下げる。
とはいえそれでも白い兜は小太郎のはるか頭上にあるのだけども。
「いえ、その、別に気にしてないっていうか。びっくりしたってだけで」
両手を振りながら、頭上の白い巨体を見上げる。
さっきまでの取り乱しようが嘘のように部屋の中央に鎮座する様はまさに屈強の騎士。いかな外敵からも主君を守る気概に満ちているようにも見える。だけど、
──この中にいるのは、あの美人さんなんだよなあ。
自分よりも全然華奢で、泣き虫な。
小太郎は、改めてまじまじと見上げる。気を抜くとまたアホの子のように口を開けてしまいそうになる。だってこれって、アレだろ。アニメとかである、ぱわーどすーつとか、そういうアレだよな。相棒が見たら狂喜乱舞するだろうか、それとも二足歩行の汎用兵器なんてナンセンスだと一笑に伏すだろうか。
「いや、まったくもって申し訳ない。女王陛下に至っては謝罪のしようもございません」
ひらに。ひらに。といった調子で頭を下げる白騎士に対して、女王はただ憮然とさっきの黒猫を膝に乗せ、やわらかな毛並みを楽しんでいる。
女王とふたり、ようやく通された部屋は、百畳はあるのではないかというばかでかい和室だった。
今に始まった話ではないけれど、どうにも統一感がない。というか、やっぱりこいつはどこか騎士と武士とを取り違えているような気がしないでもない。いや、まあ、だったらどう違うのか、と問われれば、ぐうの音も出ないんだけれども。
それとも、これこそがこの世界でいう〝騎士〟というものなのだろうか。
「だいたい、なんで入り口にあんなにたくさん仕掛けを? ここまで敵が攻めてくるとも思えないんだけども、」
「愚問であるなウィザード!」
ずどばん! っていやそんな無駄に書き文字躍らせなくてもいいんだけども。
「戦の場に、絶対というものはない。この世にはあらゆる危険が潜んでおる。ここまで敵はやってこれない? なぜそう思う? 象牙の塔があるからか? その塔が墜ちぬと誰が言える?」
「いや、誰が、って、そりゃ」
「例えば獅子だ」
「は?」
「獅子は百獣の王であるがしかし、大海に比ぶればミジンコのごときであろう。海へ潜ればその牙からも逃れられるやもしれん。だがしかし、はたしてほんとにそうか?」
いったい、なにが言いたいんだこの白兜は。
「例えばサメだ。海中にあってこそ発揮できるそのアギトは、だがしかし陸へ上がれば無力か? 陸にさえいればその無頼なる牙から逃れられるだろうか? 本当に?」
「いや、いくらなんでも陸にいればサメには──」
──なんだろう、引っかかった。陸のサメ?
「本当にそう思うか?」
白騎士が、にやりと笑った気がした。兜で見えないはずなのに。
思い出した。
「いた……陸にサメ」
象牙の塔の、空飛ぶサメ。
「まああれは、私が造ったのであるが」
「って、をい! っていうか、ええっ?!」
ツッコんでいいのか驚いていいのか。小太郎は思わず身を乗り出す。
「造った?! アレを?」
「いかにも!」
どどばん! ってだからそれはもういいから。
「アレはいいデキだろう! かまぼこ味を再現するのに苦労した!」
いや、別に普通サメはかまぼこの味はしないと思うけど、
「っじゃなくて! 造った?! アレを?!」
「いかにも!」
どどばばん!
無限ループだった。
眼前の白い巨漢を見上げながら、小太郎はやっぱりアホの子のように口を開けてしまう。
このぱわーどすーつといい、あのサメといい、このひと、もしかしてすごい人なんだろうか。
「空を飛ぶサメ然り、海を渡る獅子然り! この世にはあらゆる危険が存在する! それを証明するためにな! ほんとにアレは苦労した! かまぼこ味に苦労した!」
かまぼこはもういいから。
「け、けど、それはあんたが造ったからで、それってあんたさえ造らなきゃ危険なんてないってことで、」
「なぜかねウィザード? 私に造れるものが、敵に造れぬとどうして言い切れる?」
「う……」
それは、確かに。
「侮るなウィザードこの世界を! この世に絶対などない! そこかしこで! あらゆる危険が今か今かと貴殿らを待ち構えているのだ! それゆえ用心は宝だ! 用心しすぎてしすぎることはない! しすぎることはないのだよ! 大事なことだから二度言いました!」
「やかましいわ!」
高らかに哄笑せんとする白騎士に対し、堪忍袋の緒が切れたとばかりに再び女王が爆発する。
「黙って聞いておれば偉そうに! 其方はただ単に臆病風に吹かれているだけであろうが!」
立ち上がるや否や、おもむろにジャンプ一番、むしり取るようにして白騎士の兜を奪い取っていた。
「ああっ」
たちまち露になる美人さん。その顔が、耳まで真っ赤に染まる。
「こいつがなければ面と向かってもの申すこともできんくせに!」
「かっ、かぶとっ! 女王! ごっ、後生ですからかぶと! 返してくださいー!」
「ふんっ! こんなものはっ! こうじゃっ!」
振りかぶるやいなや、全力でもって窓の外へと投擲する。
「ああーっ!」
ひどすぎる。
「じょっ、女王のっ! ばかあああああああああああああああああああああああああああああ」
ドップラー効果を残して、逃走したのか兜を探しにいったのか、とにかく白騎士は部屋を飛び出して行ってしまった。
と、思ったらこけた。
「ふえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ」
泣いた。
泣きながら今度こそ走り去る。その背中をなんだか憐憫の情と共に見つめながら、
「……なにもあそこまでしなくても」
「ふんっ! 妾はかまぼこは好かんのだ!」
なんの話なのか。泣きじゃくる白騎士をこのまま放っておいていいんだろうか。追いかけようかどうしようか迷っていると、
「其方はどう思っておる」
「え」
相変わらずの唐突な問い。ついていけず、小太郎はただ女王を見やることしかできなかった。
まだ憤懣やる方なしという感じで足元の黒猫を抱えながら、女王は言葉を放り投げる。
「空飛ぶサメの話だ」
白騎士の言葉。いったいどういう意味で女王が問うているのか。真意がわからず、小太郎は女王の言葉を待った。
「癪だが、あやつの言うとおりだ。この世には、あらゆる危険がある。それを恐れるがゆえにひとは古来より道具を扱ってきた。知識を漁ってきた。イメージを膨らませてきた。その権化が、あやつだ」
あらゆる危険を想定し、あらゆる兵器に精通し、この国に貢献してきた。それがあの白騎士なのだと、女王は言う。
「事実、そのおかげで我々は今、ようやく手に入れようとしている」
手に、入れる?
「いったい、なにを……?」
「〝ハンプティ・ダンプティ〟」
女王は、静かに即答する。
「古人が遺した、我々の切り札だ」