0,1 きっとこうなる運命だった
0,1 きっとこうなる運命だった
『影』とは、その人物の欲望が形を成して出来上がった者であり、物。
『影』は、自分を作った『生産者』である人間が死亡したと同時…またはその人物の欲求が違うものへと移った場合のみこの世に産み落とされる。
そして産み落とされた『影』は、自分の『欲望』の力を実現させることと引き換えに、死後、肉体を『影』のものとする契約を人間と結ぶ。
『影』は、もとは人間の『欲望』。同じように『欲望』を持つ人間の傍にいなければ、その身は朽ち果て、霧散することとなる。
強い欲望ほど強い『影』を産み、人に与える影響も濃くなる。
だがそれと同時に、常に『欲望』を与えられていなければ存在し続けることが不可能な危うい存在なのである。
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青凛華学園。千葉県のど真ん中に位置するこの学校は、今年創立一〇〇周年という、節目ある年を迎える。もちろん、学校全体で『一〇〇周年記念』という年を祝おうと、色々な行事が企画される。
だが、そんなことを考えないのが現代の学生である。
創立一〇〇周年…そんなピンとこない年代を言われても「あそこの学校も長いね」くらいの印象しか湧かないし、そのように身近でないものを祝おうとも思わない。
それは、この青凛華学園高等部でも同じことであった。
一人の少年が、頭上にあるクラスの学年と組が書かれた板を見た。
『three―D』…ご丁寧に筆記体で書かれたそれは、確かに「3―4」と、言いたいことはわかる。
だが、ここのクラスを示す板は、教頭が直筆で書き、「三年四組」と、たいそう立派な物であったはずだ。
まあ、それが「ださい」と思い、勝手に変えたのは自分たちではあるが。
当時、青い顔をしてこの板を見た教頭達の顔を思い出すだけで笑いがこみあげてくる。
しっかり折檻は受けたが、反省の「は」の字もなく、懲りずにこの板を掲げている自分たちもどうかと思う。
クスクス、と、一人で笑っていても変人なので、少年は騒がしい、クラスメイトの声が聞こえる自分のクラスの扉を開けた。
「はよ――ッス」
その声に、一瞬だけ皆がこちらを見た。だが、その中に何事か、と目を凝らしてみてくる者はいない。当然だ。高校三年の、しかも受験が全部終わっているような人間が遅い時間帯に来ることに、誰も疑問など抱かない。
すぐに、その視線は笑いを含んだものへと変わる。
「艶君遅刻ー。今月十っ回目―」
「うるせーよ。別に内申もう関係ねーからいいだろーがよ」
「うっわ。ふつーそういうの、大学受験控えてる人の前でいいますか?AOで合格決定の艶君」
「とりあえず寝みー。寝るわ」
「いや、まだ来たばっかだろ!つーか、俺のさっきのボケスル―?」
後ろで騒ぐ友人たちをほっときながら、その脚は自らの席へと急ぐ。
だが、その脚は席の目の前でぴったりと止まった。
先客がいたのだ。
先客は、少年がよく知る、この高校の女制服を着た少女であった。
少女は、恥ずかしげもなく、足を机の上に載せ、友人からもらったお菓子を口に含んでいる。
少年は、げんなりとした様子で―しかしながらはっきりと―目の前の美少女に声をかけた。
「…おい。退け」
「きゃー☆ツヤ君ったらぁ、怖い顔しないでぇ♪」
予想通り、返ってきたのは、はぐらかすような、少々ムカつくその言葉。
だが、少女の容姿が、そのムカつく言葉を許している。
明るい…若干明るすぎるライトブラウンの髪に、くりっとした大きな目。その瞳を覆うかのような長いまつ毛は、生まれつきのカールを持っている。肌は陶器のようにぬけるように白く、だが病的さを感じさせないのはほんの少し頬に桃色が乗っているからであろう。
女子がその肌、髪、瞳…全てを手に入れたいと、間違いなく思うような、そんな容姿をしている目の前の人物…。
そう。女子であったならば。
少年―桜城 艶―はため息をついて目の前の人物に言った。
「男がそういうこと言うんじゃねえ。この馬鹿コウ。つーか、なんだその格好は」
そう言われると、少女…否、少年―天界 紅―はぷぅ、と頬を膨らませながら―けれども楽しそうに―言った。
「んもう、そういう萎えるようなこと、言わないでよねー。この制服はあやちーから借りました☆あ、そだ、チョコ菓子食べる?」
「…食う」
目の前の問題は片付いていないが、とりあえず、艶は差し出された菓子に手をつけることにした。
青凛華学園高等部三年生、桜城艶と天界紅。二人は、この学園の誰もが知る、究極の幼馴染コンビである。