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どうしようもない大人たちの会談

「クーデレです」

「いや、素直クールだ」



顔を付き合わせる年長者を前に、白檀は黙って酒を飲む。

普通なら執事の荷葉は主と席を共にしないが、相手が落葉なので特例だ。

白檀の私室で友人として酒を囲むのは純粋に楽しく、息抜きにもなるのだが、どうやら今日は面倒な展開になりそうだった。


モノクルを指で押し上げた荷葉は、普段着ている執事服ではなく、ラフなシャツと黒のパンツ姿だ。

同じように落葉と白檀も普段のきっちりとした格好ではなく、一般庶民のようないでだちで寛いでいた。

グラスに手酌で注いだ酒を一息に飲み干すと、苛立ちを篭めた眼差しで落葉を睨む。

その迫力たるや半端なものではなく、鬼神と呼ばれた過去を髣髴とさせた。

膝の上で大人しくしている伽羅を思わず強く抱きしめる。胸の中の温もりが恐怖を紛らわすための唯一の特効薬だ。


若干引いている白檀を尻目に、二人の酒豪は談義を続ける。



「本質も読めない愚か者が。お嬢さまは絶対にクーデレです。ツンデレの部分を微妙に引き継いだ萌えの化身です。いいですか?普段は氷のようにクールでありながら、ふとした瞬間に見せるはにかみ笑顔。二人きりになると警戒心を緩めた野良猫のように僅かな接触を許し、自ら擦り寄る場合もあるという甘え方。かといって構いすぎれば牙を剥き、愛らしい爪で引っかくというツンの部分もしっかりと内包している。私を見る冷めた瞳にふとした瞬間過ぎる愛しさ。・・・愛してます、お嬢さま」

「はいはい、お触り厳禁ね。つか、お前の濁ったまなこは真実すら映せねぇのか?嬢ちゃんはどうみても素直クールだ。基本的に愛情表現は真っ直ぐだし、子犬のように忠実だ。お前らにありとあらゆる影響を受けながらも淡々と我が道を歩いてるし、そもそもはにかみ笑顔なんてないだろうが。はにかみ笑顔じゃなく、白檀専用の笑顔だろうが。正反対だろ。クーデレとは正反対だろう。そういうわけで、ほれ、嬢ちゃんこっちに来い」

「無骨な腕をお嬢さまへ伸ばすな。お嬢さまに変な病気が移ったら困る」

「変な病気なんて持ってねぇよ!遊び相手くらい選ぶわ!」

「聞きましたか、お嬢さま。この男は第一級危険人物です。近寄ると妊娠してしまうので近寄ったら駄目ですよ」

「子供並の嫌がらせしてんじゃねぇよ!嬢ちゃんが信じたらどうすんだ!いいか、嬢ちゃん。誤解だ。俺は変な病気は持ってねぇ!」



じりじりと距離を詰めだした二人を回避しながら、腕の中の幼子に顔を向ける。

状況を理解できてないのか、白檀と視線が絡むと心底嬉しそうに頬を染めて笑う伽羅はやはり可愛かった。

この可愛さゆえに危険人物から狙われると思うと、今から将来が心配でならない。

柔らかな金の髪を梳ると、留めておくにはさらさら過ぎる髪は指から零れ落ちた。



「・・・・・・二人とも俺の養女むすめに近寄るな。いいか、伽羅。あれらは幼女趣味の変態だ。手篭めにされそうになったら先日渡した銃をぶっ放すのだぞ。合言葉は覚えているか?」

「はい、お養父様。『子供に性欲を滾らせるクソ虫どもめ!閣下の名においてこの俺が性根を叩き直してくれるわ!』」

「だから、本気でやめろよその教育!俺のハーレム筆頭候補が歪んだ大人になるだろ!閣下って誰だよ!俺って誰だよ!どこから仕入れてくるんだ、そのおかしな教育方法!」

「───坊ちゃまと私の教育にケチつけないで下さい。子供にしか滾らない異常者が」

「何だよその汚物を見るような目!お前だろ!それはお前だろ!俺は待つって言ってるじゃねぇか!美味しく熟すのを待つって言ってんじゃねえか!」



身振り手振りを交えて訴える落葉からさっと距離を取る。

白檀が彼に向ける眼差しは絶対零度を超えていた。



「・・・伽羅。身の危険を感じたらきちんと撃てよ───股間を」

「おいぃぃ!お前同じ男だろうが!何残酷な宣言してんだよ!明日から『落葉さん改』になれってか!?」

「いえ、改だと何となく響きが良すぎます。『落葉・改悪』と名乗りなさい」

「どんだけ残酷なんだお前ら主従は!嬢ちゃん!今からでも遅くない。俺んとこの子になれ!」

「嫌よ。子供に滾る性欲異常者は近寄らないで」

「ほら見ろ覚えちゃったじゃねぇか!こいつ素直だから記憶しちゃったじゃねぇか!」

「───ところで、子供に滾るってどういう意味?性欲異常者はどんな人?」

「それはな」

「やめろ!!これ以上伽羅に変なこと覚えさせるな!いいか、嬢ちゃん。大人になれば判るから、今はとにかく忘れとけ!これ俺の本気のお願い」

「判ったわ」



落葉の訴えに頷いた伽羅は、その細い体を摺り寄せるように白檀に寄せた。

子猫のように甘える子供の喉を指先で擽ると、すいっと碧の瞳を細める。

愛玩動物さながらの伽羅を抱き、先ほどから抱いている疑問を口にした。



「そもそも、『クーデレ』や『素直クール』、『ツンデレ』とは一体なんだ?聞いたことがない」

「何だ白檀。見識が浅いな」

「───黙れ下郎が。貴様のように坊ちゃまは世俗に塗れていないだけだ」

「はいはい。あー・・・『クーデレ』も『素直クール』も『ツンデレ』も別世界の表現だ。端的に纏めると、そいつの性格がどんなんか表した言葉だな。普通に暮らせば一生縁がない言葉だ」

「そうです。坊ちゃまはこの男のように、我々の世界では損にも得にもならぬ知識を蓄える必要はございません」

「だが何かの役に立つかもしれないのでは?」

「いやぁ、役に立たないだろうな。俺のこれは娯楽だ。ただ単に自分の見える範囲を広げておきたいだけだ」

「私のこれも娯楽です。知識はあれば選択の幅が広がります。───最も、こんな知識はあっても役に立つのは落葉との会話くらいでしょうが」



あっさりと告げる二人は、やはり自分より年長者で、普段意識させないが出来る男たちだった。

口で言うほど異世界の情報を集めるのは簡単ではない。

例え趣味に過ぎないとしても、娯楽以上にならぬとしても、自分の管轄外の知識を持つこと自体が凄い。

口が裂けても誉める気はないが、やはり純粋に敬える部分を持つ男たちだ。



「それで、『萌え』とは何だ?」

「お嬢さまの存在、それそのものです」

「ああ、そこは同意だ。可愛いもんなぁ、こいつ。何だかんだで素直だし」



黙っていれば精悍に整っている顔をくしゃりと崩した落葉が、伽羅に腕を伸ばすと髪を掻き混ぜる。

その笑顔に裏は一切なく、だからこそ白檀は避けなかった。

伽羅もぐりぐり撫でられるままに享受し、がくがくと首を揺らした。

乱暴に見える愛情表現に渋い顔をした荷葉がそれを叩き落すと、乱れた髪を手櫛で整える。

慈しみを篭めた行為は彼にしては本当に珍しいもので、何度見ても新鮮な驚きが沸き起こった。


二人の行為に伽羅は表情一つ動かさないが、拒絶しないので嫌ではないのだろう。

甘やかしてると判るのだが、可愛いのだから仕方ない。


『萌え』とは、可愛くて愛しくて大事な存在のことかと、微妙にずれた納得をした白檀に、知識の修正を入れる人物はその場には存在しなかった。


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