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おやすみなさい。また明日【荷葉篇】

*以前掲載していたものに若干の手直しをしました。

ちょこちょこと扉をうろつく気配に、荷葉はじとりと眉を寄せた。

最近は仕事が立て込みほとんど睡眠を取っていない。

愛する小さな主との時間は絶対に死守したいためそのツケが回っているのだが、改めれば睡眠時間を得れるとしてもそれは絶対に願い下げだった。


睡眠時間より小さな主。


荷葉の秤は判り易いまでに傾いている。

目盛が壊れているので一生傾きが直ることはないだろう。

断言できるほど、心の天秤は一方にがしゃこと落ち着いていた。


荷葉が扉の前の気配に怒鳴らないのも、その傾きが起因している。

先ほどからちょこちょこと動く気配すら愛くるしい存在は彼が誰より愛する小さな主のもので、その近くをちょろちょろとドブ鼠のように蠢いているのは昔からの腐れ縁のものだった。

どちらか一方であればとうに行動を起こしているのだが、二つ揃っているので動きにくい。

仕方なしに相手の出方を待っているのだが、かれこれ半刻以上動きはなしだ。

ずっと扉の前にあるのに入ってこぬ気配に、仕事を一区切りしてそろそろ行動を起こそうかと腰を浮かしかけた瞬間にそれは始まった。


普段はノックと返事の後に開けられる扉が、前触れなく音を立てる勢いで開いた。

いきなりの事に眉をひょいと上げとりあえず観察をしていると、ぴょこり、と金色の物体がこちらを覗く。



「っっっっっ!!?」



目に映る姿に荷葉は息を呑んだ。

金色の髪を緩やかに纏めた少女は、頭に猫耳を生やしていた。

フワフワの触り心地が良さそうなそれは黒い布地で出来ていて、同色の胸元が開いたチューリップ型のドレスには同じ生地で作られた尻尾が生えている。

白い肌と対比する色合いは子供ながらに色っぽく、金色の長い睫毛が陰影を描くたびに喉が鳴る。

将来有望な子供は碧の瞳の色を濃くすると、首を僅かに傾げた。

その拍子に結い上げられていない耳元の髪が鎖骨へと流れ、咲き誇る前の花の危うさに目を奪われる。同姓には厳しい女ですら、見惚れずには居られまい。

異端と忌避される存在だが、彼女の美しさを否定できるものなどこの世に存在するはずがない。

身内贔屓を抜いてでも断言できる想いを胸に、荷葉は瞬きすら惜しんで目の前の小さな主を見詰める。


少女は子供でありながら、成熟した女のそれよりも艶がある仕草で髪を掻き揚げると、赤く濡れた唇を開いた。



「シャンパン頂きました」

「はぁ!?」



唐突な台詞に大きく目を見開く。

目に入れても痛くないどころか、出来れば体の中に収めてしまいたいくらいに可愛らしい伽羅の言葉に、不意打ちを喰らい間抜けな声が上がる。

常の自分らしくなく動揺している間に、何故か着崩したスーツ姿の腐れ縁が何事かを叫びながら部屋に突入してきて、指を鳴らすとあっという間にシャンパングラスのタワーが築かれた。

呆然としている間にどこからともなく取り出された酒瓶を持った伽羅が、落葉に抱き上げられタワーの上から酒を注ぐ。

黄金色をした酒が上手に一番下の段まで入ると、表情が薄いながらも得意そうに胸を張ったので思わず拍手してしまった。

してしまったが、展開は読めない。


こんな光景は遙か昔、そうまで自分が子供だった頃に見たことがある気がする。

少しばかり荒れていた少年時代。

目の前の腐れ縁の襟首を掴んで向かった、貴族御用達ではない飲み屋でこんな光景を見た気がする。


思い出した瞬間こんな茶番を仕組んだ腐れ縁をぎろりと睨み付ける。

今なら目から光線が出る気がした。視線だけで人を殺せる気がした。

先ほど伽羅に向けたのと違う意味で瞬きを惜しんでぎんぎんに睨み付けていると、卑怯にも抱き上げていた伽羅を間に入れた落葉は、隠れるように小さな体に収まった。



「貴様・・・お嬢さまになんということをさせている」

「!!?ほれ、嬢ちゃん。次の台詞、次の台詞!早く!俺、マジで殺されるから!」

「次・・・?次、だと?」



伽羅に隠れながら必死に指示を出した落葉に眉を顰めると、伽羅の口唇が再び開かれた。



「荷葉様のーちょっといいとこ、見てみたい」



やや───否、思い切り棒読みで告げられたそれは、なんと手拍子付きだった。

全くの無表情で繰り出される手拍子攻撃に、がちり、と荷葉は身を固まらせる。

そこで荷葉の意識は真っ白に塗りつぶされた。







何がどうしてこうなったか今一判らないが、手拍子とノリのいい歌声に、荷葉は最後の一杯に手を付ける。

あれほど詰まれたシャンパングラスは、全て中身を飲み干した上で床に投げ捨てられていた。

喉を焼くアルコールは昔戯れに口にした火酒と呼ばれる度数の高いものだった。

北の極寒の地で製造されるそれは、慣れぬものが飲めばアルコールというよりエタノールだ。

味はあるがそれを味わう前に意識が飛ぶほど強い酒は、ザルと呼ばれる荷葉の意識もじりじりと奪っていた。

今現在一気飲みを続けるのは最早本能に近い。

野太い男のものは無視するとして、銀の鈴を転がしたような甘ったるい声に誘われ、意識を朦朧とさせながら荷葉はグラスに口をつけた。



『一気、一気、一気、一気』



淡々とした声と、楽しそうな声。

二重奏に押されて酒はどんどん摂取される。



「ぷはぁ!」

「おお、いい飲みっぷり!格好いいねぇ、旦那!」

「五月蝿い、雑魚。死ね、下種。ヘドロは海へ帰れ」

「酷っ!!いつもより簡潔に纏めてるだけに、判り易く酷っ!それが心配して駆けつけた友達に言う台詞かよ!?」

「私は何一つ頼んでない。そもそも私は単細胞生物と友人関係を結ぶような奇特な精神を持ち得ぬ所謂真っ当な価値観を持ち千切れば分裂し自己を得るような気色の悪い特技を晒す種の存続の意味すらない生物でありながら女と見れば下半身をすぐさま反応させるような下等な生き物と・・・」

「もういい!もういいわ!もう黙れ!俺の心を砕いた上に靴で粉塵状態になるまで踏み荒らした後さらに火で炙るような真似はもう止めて!」

「黙れ」

「一言!俺の訴え一言で却下ですか!?」



喚く男は無視して、若干揺れる視界の中で金色の色彩を見つける。

嬉しくて顔を綻ばせば、口から先に生まれたと思しき男はがちりと凍りついたように動きを止めた。

だがそれに一切興味を持たぬ荷葉は、絨毯の上に座り込んでいる大切な主にふらふらと近づくと徐に跪く。

本来の荷葉であれば、絨毯が敷いてあろうと床に直接座り込むなど言語道断と諌めるが、そんな気は起こらない。

許容量を大幅に超えたアルコールの摂取により、理性が少し緩んでいるのだろう。

自己の解析をしながら顔を近づけると、この世の何より美しい少女の瞳を覗きこんだ。



「お嬢さま」

「何?」

「・・・私は、格好いいとこ見せれましたか?」



思考が空回りする頭で、それでもしがみ付いていた疑問をそっと口にする。

表情なく荷葉を見上げていた伽羅は、その言葉に少しだけ目元を和らげた。


常人にすれば僅かな変化だが、伽羅がすれば劇的な印象の変化を与える表情に、心臓を捕まれたようにきゅうと胸が痛む。

こんな感情他の誰にも抱いたことはない。


切なくて哀しくて苦しくて泣きたい。

抱きしめれば折れてしまいそうな華奢な体も、太陽の光を紡いだような金色の髪も、新緑の緑と海の青を混ぜた碧の瞳も、ふっくらとした桃色の唇も、淡く色づく柔らかな頬も、伏せれば音を立てそうな長い睫毛も、真珠のように輝く爪も、滑らかな触れ心地の白い肌も、何もかもが愛しい。


愛しくて愛しくて愛しくて─────────かなしい。


若輩であっても決して短い年月を生きていたわけじゃない。

一生誰にも抱かないと信じ込んでいた感情を、あっさりと胸の奥から拾い上げた存在は、可哀想なくらい特別だった。

こんなに曲がっている自分に執着されるなど、憐れで不憫で仕方ないのに、独占欲の緩め方すらわからない。


持ち上げた手は重くて仕方ない。

それでももう少しで触れると勢い込んだとき、体から力が抜けていった。



「・・・おやすみなさい、荷葉」



最後に聞こえた声に辛うじて返事をすると、抗いようのない闇に意識は沈んでいった。





後日、この馬鹿騒ぎの根源はやはり落葉が発端と発覚する。

徹夜続きの荷葉のために一計を案じたとは愚かな男の言葉だが、翌日激しい二日酔いに襲われた荷葉は、酒の選択に関して腹に一物があったと読み取った。

がんがんと痛む頭に抜けぬ酒臭さ。胃液が逆流しそうな中、それでもきっちりと報復したのでしばらくは屋敷に顔を見せぬだろう。

邪魔者の処分に加え、二日酔いの間は伽羅がとても優しかった。

ここ最近のストレスは伽羅の看病により一気に回復し、機嫌も上限値を上回る。

落葉の伽羅と自分に対する仕打ちは微塵も許す気はないが、それでも、伽羅との時間を与えてくれたことだけは、少しだけ感謝してもいいかもしれない。

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