おやすみなさい。また明日【白檀篇】
「・・・お養父様」
小さなノックを四回。返事を待たずして開けられた扉に視線を向けると、その非礼を唯一許した存在がこそり、と顔を覗かせる。
黒に近い濃緑のネグリジェにナイトキャップ。透ける素材を幾重にも重ね肌の色を隠す挑発的なそれは、白檀の趣味ではない。
買い与えた記憶がないが、それを買い与えそうな人物には心当たりがあった。
大方陽気でマイペースな兄貴分の落葉が土産と称して寄越したのだろう。
大抵は伽羅の元に届く前に荷葉により始末されるのだが、どうやら珍しく本来の持ち主の元に渡ったらしい。
幼いながらも白い肌が艶かしいく映り、子供の並外れた美貌と相俟ってアンバランスさが妖艶だ。
それでいて年相応にぬいぐるみを両手で抱いているのだから、マニア垂涎の愛らしさだった。
腕に抱かれているのが自分をデフォルメしたぬいぐるみと言うのが何ともいえないが、それもまぁ可愛い養女が自分を慕っていると思えば悪くない。
仕事をしていた手を止めると、席を立ち執務机の前に回る。
部屋に入らないで止まったままで居る彼女に向かいしゃがみ込むと、両手を広げて見せた。
白檀の仕草にぱっと顔を輝かせた伽羅は、とてとてと走り寄ると迷わず腕の中に飛び込む。
同じ石鹸を利用しているはずなのに、伽羅からは熟れた果実のような芳醇な香が漂い胸いっぱいに甘ったるいそれを吸い込む。
力を篭めれば折れてしまうだろう華奢な体を抱き込めば、一切の抵抗をしないで抱擁を受け入れる子供が肩口に顎を乗せてくすくすと笑う。
耳に吐息が当たって擽ったくて、つられて笑えば細い腕が首に巻かれ益々体温が密着した。
他の誰に対しても首に腕を回されたら働く防衛本能なのに、伽羅だけはただ愛しいとしか感じない。
兄貴分である落葉でも、執事であり教師であった荷葉にも許せない行為でも、この子供だけには許せた。
伽羅は白檀に二心を持たない。あるがままに捧げ、求めれば求めるだけ与える。
小さな子供は搾取されるだけされても尚与えようとする。
円らな瞳に白檀を映し、裏切られないと判るから、白檀は彼女に心を解く。
「どうした、養い子」
「───襲いに参りました、お養父様」
「襲う?俺を?」
「はい。子供の体温は抱き枕に丁度良いと教えられました。お養父様は最近ほとんど眠っていないと、荷葉が零しておりました。だから私、お養父様の抱き枕になりに参りました」
「俺の添い寝をしに来たのか?」
「はい。・・・一緒に寝てくださいませ、お養父様」
こてり、と小首を傾げた伽羅は碧の瞳を真っ直ぐに向けてきた。
異端と呼ばれ捨てられる原因となった金と碧の色彩は、酷く美しく白檀に映る。
その鮮やかさ故に気味が悪いと忌避するものの気持ちは生涯理解できないだろう。
自分が拒絶されるとは微塵も疑わない子供は、甘えるように胸に頬を摺り寄せる。
伽羅が自分以外にこんな態度を取らず、あからさまに線引きをしてくれるので、白檀も安心できる。
───この子は、俺のものだ
「仕方がない子だ、伽羅」
くつり、と笑うと首に抱きついたままの体をそのまま持ち上げた。
机の上にはやりかけの仕事がそのまま放置されているが、今日はもうお終いにしよう。
荷葉に伽羅を送り込まれるほど、最近の白檀は根を詰めていた。
暖かな体を抱きしめて初めて自覚したが、どうやら自分で思うよりもずっと疲れていたらしい。
「眠るとするか」
「・・・はいっ」
白い頬を淡く染めた子供の頬に、小さく口付けを落とす。
思わず噛み千切ってしまいたくなるほど柔らかな肌は、触れると微かに甘い味がした。
心を解ける存在を前に白檀は大きく破顔し、宝物を隠すようにそっと腕の中に仕舞いこんだ。