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執事の無意識と悪友のため息

仕事帰りに偶々知人の家に足を伸ばした。

少し前に爵位を賜ったばかりの弟分は、そろそろ仕事に慣れただろうか。

赤ん坊の頃から面倒を見ていた白檀の顔を見るついでに、食事も出してもらえるだろうか。

あそこは料理が美味いしここからの距離も丁度いい。土産は出張先の地酒にしたが気に入るだろうか。

落葉おちはがかの屋敷に足を運んだのは、本当に軽い気持ちだった。



風呂上り、タオルを片手に他人の屋敷を闊歩する。

自慢じゃないが我が家同然に馴染んでいるこの家は、落葉の部屋まできっちりと完備されていた。

室内に付属されている風呂ではなく、東の国と同じように外にある大きな風呂に入ってきた落葉の機嫌は上々だ。

鼻歌交じりに廊下を歩き、この後は寝酒でも嗜もうかと、片手に荷物・・を持ちながら考えていた落葉は、異質な気配を察し眉を顰めた。

どこから漏れているのかと眉間に皺を寄せながら見回し、気配の発信源へと足を向ける。

そうしてじとりと存在を主張する眉を寄せた。


その部屋は落葉にとってよく知った存在のものだった。

学生時代の先輩であり、家同士の関連で子供の頃から付き合いがあった幼馴染でもあり、今では弟分の執事長である荷葉の部屋だった。


緑がかった短い黒髪をがりがりと掻き毟ると、部屋から漏れるおどろおどろしい空気に舌打する。

どう考えても面倒な臭いがぷんぷんした。

濃緑の瞳を細めて───次の瞬間にはくるりと踵を返した。


面倒ごとは御免だ。その一言に尽きる。


主不在(白檀は仕事で留守だったが勝手知ったる他人の家ルールを適用し、顔見知りの執事に料理等の支度をしてもらった)のこの場で対面しても嫌味しか言われないだろうし、そもそも他人が上がりこんでいるのに部屋から出てこない現状が異常事態だ。

常なら落葉が屋敷に足を踏み込めば、怜悧な美貌を嫌そうに歪めてこんこんと遠回しな嫌味を告げるような男だ。

会わないなら会わないで全く気にならない。

決断すれば行動に迷いがないのが落葉の特徴だ。

さくっと未練なく歩き始め───ようとしたが肩に置かれた手に妨害されて動けなかった。


いつの間に。

喉奥まで出掛かった悲鳴を殺すと、酷くぎこちない動きで肩に置かれた手に視線をやった。

浅黒い落葉の肌と違い肌理細かく白い、けれど節くれだった男性の手は血管が浮き上がり、落葉の盛り上がった肩の筋肉を捥ぎ取らんとばかりに力を篭めている。

血管を圧迫される痛覚が悲鳴を上げている。

一言で言えば半端なく痛かった。



「───何故、部屋に入らないのです」



声そのものに呪詛が混じっているのはなかろうかと、防衛本能を刺激する低音に、落葉はぐぅと喉を鳴らす。

幼馴染の付き合いの長さから判断するに、今の機嫌は超絶悪い。

今落葉に突き刺さる視線は、真冬の極寒地に裸一貫で放り出された時の体感と少しだけ似ている。

もう寒いとかそんなレベルではなく、痛い。

以前一度だけこの幼馴染により体験させられた嫌な思い出の一つだ。

落葉は体格もよく格闘も大好き、魔力も十分の戦闘狂だが、細身で優男風のこの男に一度たりとも勝てたためしはない。

いつか思う存分あのお綺麗な顔をぶん殴り心からの謝罪と賠償を請求したい。


ささやかな妄想に耽っていると、左の肩がめきりと嫌な音を立てた。

経験から判断するに骨に皹がいったらしい。



「───私の悩み、聞いてくれますよね」



疑問系でありながら疑問符はついていない問いかけに、落葉は嫌々、渋々と振り返る。

そして今度こそ情けなくも悲鳴が喉をついてでた。


そこに居た男は、落葉の知る荷葉ではなかった。

白い肌は白どころか不健康な土気色で頬はこけ、そのくせ目はぎらぎらと血走っていて、普段はあれほど綺麗に纏められている髪がざんばらに乱れている。

はっきり言って恐すぎた。あわや漏らしてしまうかと思うくらいに恐ろしかった。

東の国で観た観劇の妖怪のようだ。

逃げようとしていた気力も萎え、自分より僅かに低い場所にある視線の呪縛で囚われた。

ぶわり、と全身から嫌な汗が流れ、何故ここに来てしまったのだろうと軽率な自分の行動を責める。

いつもなら危険上等、かかって来いやぁ!と叫ぶが、今は尻尾を巻いて逃げ出したかった。



「実は・・・」

「俺、まだ聞くとは言っちゃいねぇんだが」

「実は、私は悩んでいるのです」

「あっさり無視?しかもそれさっき聞いた」

「・・・実は、私、悩んでいる、の、です!」

「───・・・・・・」



繰り返しやがった。

しかも最後はやや強調されていた。

落葉から問いかけろというのか、全く興味もない荷葉の悩みを。

嫌だと喉元まで言葉が競りあがるが、骨を砕かんばかりに握る肩の上の手がそれを許さない。

聞いてくれますよねとか言いながら、こちらから問いかけろと暗に強制する荷葉に、顔面麻痺するんじゃないかと思えるくらい顔を引きつらせながら落葉は問いかけた。



「荷葉、何悩んでるんだ?お前が悩むなんて珍しい」

「何で私があなた如きにそんなこと言われなくてはならないのですか。私が悩むのがそんなに珍しいですか?あなた私を馬鹿にしてるのですか?まあ、そこまで知りたいのならお教えしましょう。耳の穴をかっぽじってよく聞きなさい。あなた如きの助言でも何か解決を見れるかもしれないですしね」



ツンデレかよ、コンチクショウ!いや、ツンデレはデレがあるがこいつには一切ない。

ハリネズミのが棘が少ないわと絶叫したくなるツンツン野郎だ。本気でウゼぇ!!


喉奥まで出掛かった怒りの叫びをなんとか飲み下すと、どうにか穏やかな表情を取り繕い鼻を鳴らした男をに視線を向ける。

ここで怒りに任せたらすぐさま叩き伏せられるだろう。

理不尽だがそれだけの実力差が二人の間には横渡っていた。

ただでさえ仕事帰りで疲れているのだ。白檀というストッパーがない今、下手に刺激しないのが得策だ。



「それで、悩みって言うのは・・・」

「ああ、そうでした。───実は、坊ちゃまがお嬢さまを学校に通わせると言うのです」

「・・・何だそんなことかよ」

「そんなこと?」

「いいいいえぇ、それはそれは激しく悩む種でございますよね!ええ、もう世界の始まりはいかなる部分から創造されたのか、生命の神秘や卵が先か鶏が先かと同じくらいの深い懸案だと思います!」



肩が音を立て砕けて、冷や汗を掻きながら慌てて言い募る。

痛みに耐性はあるが常人であれば転がり奇声を発してもおかしくないダメージを受けていた。

呻き声しか上げなかった落葉は誉められてしかるべき意志の強さを持つが、目の前に降臨した何だかわからない生物の前で命の灯火がつきかけているのは変わらない。

せめてこれ以上刺激しないよう支離滅裂な文句で必死に彼を肯定すれば、虫けらを見るような眼差しで荷葉はこちらを眺めた。



「何が言いたいのかはよく判りませんが、世界の神秘を持ち出すほど重要性が高いのは理解したようですね」

「ええ、まあ、とてもよく」

「坊ちゃまがお嬢さまを学校へやると聞き、私は悩みました。三日三晩寝ずに悩みそれがお嬢さまのプラスになるならとなんとか納得したのです。屋敷で手取り足取り腰取り懇切丁寧に教えて差し上げたかったのですが、断腸の思いでこれからは夜のお勉強のみお教えしようと決めたのです」

「───ちょっと待て。夜の勉強て何だ?嬢ちゃんはまだ年端も行かない子供だぞ」

「だから何だと言うのです。珍しくはあれども、全くないわけではないでしょう。房術は覚えておいて損はありません。勿論、相手は私に限りますけど」



突っ込んじゃダメだ。詳しく聞いてはダメだ。

心の中で激しく己を戒めながら、肉体的には無理でもせめて精神的な面でと心の距離を置く。



「私は身を裂かれるような痛みを感じながらも、お嬢さまのためにと決意しました。午前中会えなくとも、午後になれば私の元に帰って来てくれる。そう、涙を呑んだのです。それなのに、ああ、それなのにそれなのに」

「何だって言うんだ」



いい加減面倒になってきておざなりに相槌を入れる。

肩も砕かれたしまさか抉り取るまでしないだろう。

痛覚は切り離したため痛みは感じないし、もう何だか面倒になってきた。

テンションが下がる一方の落葉とは反対に、無駄にテンションを上げてきた荷葉はぎらりとモノクルの奥で瞳を輝かせた。



「お坊ちゃまはガザーフ学院を選ばれたのです」

「・・・へぇ」



ガザーフ学院は別名エリート養成学校と呼ばれるほどの名門だ。

荷葉や落葉、白檀もそこの卒業生である。

在学期間は二十年。

最年少は百歳、そして最年長は千歳までの年幅の生徒を内包する。

門は広く開けられており、実力さえ伴えば異国だろうと貴族だろうと平民だろうと誰でも通える。

しかし入る門は広くとも、出る門はとても狭い。

入学時千人近くは居る生徒は、卒業時十分の一以下まで減っている。

二桁の留年も少なくなく、卒業を諦め退学する存在の方が遙かに多かった。

種族も、性差も、年齢も、貧富も、そして格差も関係ない。

完全なる実力主義のその学校に、白檀は伽羅を入れようというのか。

面白い思いつきに、落葉は口の端を持ち上げ───目の前の男が何故ここまで悲嘆に暮れているか気付いた。



「ガザーフ学院は全寮制だったな」



びくり、と荷葉の体が揺れる。

そして血走った目をこれでもかと見開いて目と鼻の先に近づけてきた。



「そうなんです!そこが問題です!私は一週間坊ちゃまに付きっきりで懇願しました。誠心誠意心を込めて朝ベッドから起き上がられてから夜就寝なさっても付きっきりで。枕元でも必死に懇願しました」

「それで白檀居ねぇのか。可哀想だな、あいつ」

「それでも坊ちゃまは聞き入れてくださらず、ついに三日ほど前から領地の視察に行かれてしまいました。付いて行こうとしたらお一人で仕事をなさりたいと仰るので、お嬢さまの勉強もございましたし私は残ったのです」

「そりゃ一人になりたいだろ。お前なんかに付きっきりで涙交じりの脅迫されたら誰だってノイローゼになるわ」

「坊ちゃまがいらっしゃらない間、私は考えました。お嬢さまの勉強も交替してもらい、悩んで悩んで悩みぬきました」

「お前が嬢ちゃんの世話を代わってもらうたぁ確かに重傷だな。それで?」

「つい先ほど、あなたの顔を見て結論に達したのです。───坊ちゃまを殺して、私も死にます」

「何でだぁ!!何で俺の顔見てそんな結論になったんだ!!?」



顔を赤くして唾を飛ばしながら絶叫する。

至極真面目な顔をした男からは本気の気配がむんむんした。

幽鬼のようなゆらりとした掴めない動きで胸元から何かを取り出した荷葉は、にたり、と凄絶な笑みを浮かべる。

本日二回目だが漏らしそうになった。

心から怯える落葉も気にせず取り出したそれをぺらりと突きつける。

とんでもなく歪な魔力が込められたそれは、有り得ないほど強力な呪詛だった。

白い紙が黒く見えるほど小さな文字───古代語だ───がぎっしりと書き連ねられているそれに瞠目する。

幸か不幸か落葉はその文字を読む能力を有していた。



『殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺愛殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺御嬢様愛殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺滅殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺主人命殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺守殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺以下略』



「恐ぇ、恐すぎるぞ、お前ぇ!!何嫌な結論出してんだ!?何主人呪殺しようとしてんだ!?時折お前の迷いも見えるけど、ほとんど『殺ス』って書いてあんじゃねぇか!何だよ、お坊ちゃま命のお前はどこ行ったんだよ!一生お仕えするんじゃなかったのかよ!!」

「ええ、お仕えしますとも、黄泉路の果てまで」

「上手くねぇよ!怖い、怖すぎる!!お嬢さま愛は関係ないだろ!?巻き込むなよ、嬢ちゃんまで!」

「いや、やはり魂の果てまで愛を叫ぼうかと思って」

「いらねぇよ、んな重苦しい感情!白檀はともかく嬢ちゃんまでお前の変な世界に連れ込むな!碌な結論に達しねぇなお前は!!そこまで思いつめる前に相談しろよ!何でも相談に乗ってやるから」

「・・・私があなたに相談ですって?馬鹿仰い。それではまるで対等な立場みたいではありませんか」

「もうお前本気で面倒だな!?何だよ、結局俺にどうして欲しいんだよ!悩み聞けって言ったくせにもう掌返してんのか!?ウゼぇ!本気で鬱陶しい!」



さりげなく呪いの紙から距離を取りつつ肩を治療する。

いざとなったらコイツを殺そうと力を蓄えようとして───持ち続けていた荷物・・を思い出した。

気配を読むのに長ける荷葉が気付かなかったのは、ドアのおかげで死角になっている荷物・・が気配を殺すのが上手だったからでなく、相手が相手と荷葉が油断しているのと、流石に力を使い過ぎて疲れていたからだろう。

腰に回していた腕を外し、バランスを崩し落ちかけたそれの襟首をひょいと掴む。

抵抗なくぶらりと下がったそれを顔近くまで持ち上げると、乱心している男の眼前に晒した。



「・・・お・・・嬢様?」

「こんばんは、荷葉。何してるの?」



黒いレースがヒラヒラのネグリジェに、ナイトキャップを被った伽羅は、両手に白檀がデフォルメされたぬいぐるみを抱いて淡々と問いかける。

幼女趣味の男が見たら垂涎ものの美少女だ。現に目の前のロリコン予備軍は目から心の涎を垂れ流している。

構造上涙など流せない作りの悪魔のはずなのに、無理やり眼球の辺りから血を流してる。


気持ち悪い。心の底からドン引きだ。

そもそもこいつは本当に自分と同種なのだろうか。それにしては色々と規格外すぎるし、やはり別の生き物じゃないだろうか。

凄まじい勢いで心の距離を取りつつ眉間に皺を寄せる。


男女構わず気に入れば手が伸びる落葉ですら将来性に期待だと楽しみに待っている状態なのに、目の前のコイツは腹を空かせた狼のようだ。

襟首を掴んでぶら下げていた伽羅を思わず引き寄せ腕に座らす。

巨体で隠すように体の角度を変えれば、瞬時に目つきを鋭くさせた荷葉に睨みつけられた。



「何であなたがお嬢さまを抱いてるんですか」

「外の風呂で会った。一人だったから、抱き枕にしようと思ってな」

「だぁきまくらだとぉ!?貴様、私のお嬢さまを抱き枕にする気だったか!?確かに眠ると上がる体温やふわりと薫る甘い香りや小さくとも抱き心地がいい体は眠りの共に最高だが許さん、許さんぞぉ!それは私の特権だと決まっている!私がお嬢さまに添い寝を・・・っ」

「一緒に寝ないわ」



気色悪い解説を始めた荷葉に眉を顰めていると、腕の中からあっさりとした声が響く。

びくり、と大きく体を震わせた荷葉が目を見開いてこちらを───正確には伽羅を覗いた。

何を言われたか理解できないと首を振りながら一歩二歩と後退する。

傷ついた気持ちを隠すことなく今にも倒れそうな儚げな様子で伽羅を見詰める荷葉は、ただの飛び抜けた美青年に見えなくもない。

本性を知っているから食指は動かないが、見た目だけなら相当な美形なのに、心底勿体無い。

ただの腹黒執事なら救いがあるのに、腹黒の上に変態だ。

未来のハーレム筆頭候補を毒牙に掛けられるのは勘弁して欲しいので、伸ばされた腕はひょいと避けた。

ダメージが大きすぎたのか血反吐を吐きながら匍匐前進してくる荷葉は、もう何か色々と次元が違う。

精神的ダメージのみで内臓までやられるとか、そんな器用な話聞いたことない。



「どう゛じで・・・どうじで、いやなのですかぁ・・・荷葉の、荷葉の何が気に入らないのですか」

「お養父様を呪う計画を持ち上げる荷葉は嫌い」

「っ!?冗談!冗談でございます!私が主を呪うなど、目の前に天使が現れリンボーダンスするくらいに有り得ないです!これは護符です!坊ちゃまを呪おうとする全てから坊ちゃまをお守りするタリスマンです!」

「なら荷葉が使えばいいわ。それを使って一週間後に五体満足なら、一緒に寝てもいいわ」

「本当ですか!?ぎゅうぎゅうに抱きしめても宜しいですか!?ネグリジェ選んでもいいですか!?バスソープも選んでいいですか!ベッドはお嬢さまのものでも宜しいですか!!!?」

「───別に構わないわ」

「うっしゃぁ、やったらぁ!約束ですよ、おーじょーうさまー!!」



雄叫びを上げてばたんとドアを閉じた男に頭痛がした。

風呂場の出来事や一緒に眠ると告げたことを有耶無耶にしてくれた存在は、ちょこりと腕の中で大人しくしている。

息をしているのかすら怪しむ傾国の美少女は、大きな瞳を幾度か瞬かせた。

白い頬に指先で触れ柔らかで病み付きになりそうな感触に瞳を細める。

淡く色づいた頬を突付いてからピンク色の唇に指を這わせると、ふっくらとした唇が徐に開いてかぷりと指先を齧った。

疼痛に眉を上げれば、ぺろりと舌先で舐め上げられ不意打ちの感覚にぞわりと背筋を快感が駆け上る。

挑発的に口角を持ち上げれば、ゆっくりと唇を開いた伽羅は伝う唾液をぺろりと舐め取った。



「何だ?甘えてんのか?」

「───・・・」

「白檀が居なくて一人寝が寂しいなら、そう言って甘えれば良かったんだ」

「荷葉は最近忙しそうだったわ」

「アホ。お前が甘えりゃあいつは何を置いてでもお前を優先すんだろ。ま、俺はおかげで役得だがな」



くつくつと喉を震わせ波打つ濃い金色の髪に顔を埋める。

同じ石鹸を使ったはずなのに、熟れた果実のような芳香が鼻を擽った。

小さく華奢でありながら、男の本能を刺激する柔らかさを持つ伽羅に、本当に将来が楽しみだと笑う。

今ですら衝動を堪えるので精一杯なのに、これが年頃になった時には一体どれ程の美しさだろうか。


微笑み一つで並み居る悪魔を篭絡していく、そんな姿が目に浮かぶ。

金色の豊かな髪を揺らし、碧の瞳を濃くして、艶やかな美貌を誇り、微笑み一つでどんな輩も好きなままに利用する。

それはとても魅力的で心躍る未来だ。


暫しの妄想から我に返ると、落葉は淡く苦笑した。

これでは荷葉をどうこう言えない。

所詮落葉とて伽羅が可愛くて可愛くて仕方ない、同じ穴の狢なのだから。

白檀や荷葉同様、腕の中の子供に落葉もメロメロだ。

そうでなければ疲れているのに、理由をつけてまで他人の家で休まない。

無表情のまま甘えるように肩に擦り寄った伽羅の頭を、自分には似合わないと理解している優しさを持ってゆっくりと撫でる。

すいっと瞳を細めて享受する様は、さながら愛玩動物だ。

部屋から漏れる邪気を丸無視して寝ようと寝室へ足を向ける。

腕に染み入る暖かな温度は、ささくれた精神を癒すには持って来いだ。



「そう言えば、嬢ちゃん」

「何?」



腕の中でうとうととまどろみながら返事をする伽羅の髪を指先に絡めて遊びながら、ふと思い立った疑問を口にした。



「お前さん、一週間後にはもう学院に入学してるんじゃないか?」



確か、先ほど風呂場で体を洗ってもらいながら聞いた内容だと、四日後には寮に入ると言っていた気がする。

首を傾げると、くぁと欠伸を漏らした伽羅は、猫の子のように腕の中で丸くなると体を預けてきた。



「別に私が一緒に寝ると言ってないわ。お養父様に等身大人形を作って渡すように言われてるから、それと一緒に寝てもらうの」



さらりと流した伽羅に、落葉は哂った。

絶望にのた打ち回る荷葉の姿が目に浮かび、とてもとても愉快だった。

記録媒体を屋敷に設置する算段を素早く立てると、伽羅が戻るまでは足を踏み入れないだろう屋敷に心の内で暫しの別れをそっと告げた。

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