小噺【落葉&梅香】
活動報告からの再録です。
「・・・おい、梅香」
「なんです、師匠?」
「最近、俺は悩んでいる」
「そうですか」
それきり区切られた会話に、落葉の額に青筋が浮かぶ。
淡々とした空気を持つ弟子は、物腰こそ丁寧だが性格は曲がっている。
どうせなら伽羅の方を弟子にしたかったと思いながらも、仕方なしに彼が読んでいる本を取り上げると、切れ長の一重の瞳で睨み付ける梅香に肩を竦めた。
「子供っぽいことはやめてください」
「お前弟子なら師匠の心配をしろ。いいか、俺は悩んでるんだ」
「───はぁ、これで下らないことなら怒りますよ」
渋々ながらも体を正面に向かせた梅香に、腕を組むと重々しく口を開いた。
「実はな、最近夜中になると不意に胸が苦しくなるんだ」
「へぇ」
「こう、なんていうんだ?締め付けられるように胸が痛んで、息をするのすら苦しくなる。瞳が潤み、自然と体温が上昇し、下半身があらぬ状態に───」
「下ネタは止めてください。気持ち悪いです」
「いや、そうじゃなく本当にやばいんだ」
「何がですか。それ、恋煩いですか?勘弁してくださいよ、弟子に女関係で相談とか」
「違うんだって!下半身に激痛が走るんだって!冷や汗も止まらないし、爪を剥がされるような、生皮が剥がされるような」
必死に訴えると、ぽん、と梅香が手を打った。
そしてあっけらかんと言い放った。
「師匠」
「なんだよ」
「それって、呪いですよ。荷葉様が伽羅の脱ぎたてパンティをゲットしていた師匠に怒り狂って、毎日怨念を送ってるらしいです。前まで使ってた藁人形をバージョンアップさせたって伽羅が言ってました」
「はぁぁぁあ!!?あいつ、自分だってちゃっかり貰ってたくせに、何やってんだぁ!?」
「先日伽羅が人形作りしてたでしょう?あれの師匠に渡すはずだった人形を受け取って、包装してくれてるらしいですよ───全身を針で」
「針!?全身を針で包装!?どういうことだ!!?」
「毎日毎日こつこつこつこつと寝る前に針を押し込むらしいです。素材が柔らかいながらもしっかりしてるのでよく刺さるらしいですよ。全身に酌まなく行き渡ったら師匠に手渡すってとんでもなくいい笑顔で言ってました」
「お前止めろよ!それ儀式開いてんじゃねえか!俺殺されるじゃねぇか!」
「大丈夫です、すぐには死にません。なるべく殺さず苦しみを長引かせ不能にすると言ってました」
「不能!?不能って何を!?」
「何って・・・ナニ?」
下ネタは止めろと言った割に、弟子はあっさりと答えをくれた。
全身の中でも特に痛む下半身に、奴の怒りの深さを思い知る。
同じ穴の狢の癖に、なんと狭量な奴なのか。
怒りに拳を震わせる間も、着々と痛みは募っていく。
「ぶっ殺す!!」
「返り討ちにされるなら、四分の三殺しくらいで帰ってきてくださいね」
暢気に送り出した弟子に、鋭い舌打ちをした。
結果五分の四殺しくらいまで痛めつけられた落葉は、それでも気力で呪いの人形を持ち帰った。
針を全て抜かれたそれは、穴だらけの痛々しい体でありながらも一応室内に飾られている。
呪い主である荷葉は幽鬼のような顔をして毎晩窓の外にへばり付いてそれを奪い返しに来るのだが、殺されかけた代わりに落葉は呪符も手に入れていた。
今日も今日とて白装束に五寸釘とかなづちを装着した荷葉が窓に爪を立てる音をBGMに安眠を貪る。
『壊したら絶交 伽羅』と書かれた一筆箋は、療養中の落葉の安全を保障してくれていた。