小噺【荷葉&落葉2】
活動報告からの再録です。
【荷葉&落葉】
「おい」
「・・・何ですか」
「その物騒なもん、こっちに渡してもらおうか」
「これを取り上げたところで、あなたは私に太刀打ちできませんよ」
「そんなこと知ってる。だがな、男にはやらなきゃならねぇ時があるんだ」
ぐっと強く拳を握った落葉は、目の前に立ち塞がる大きな壁を睨み付けた。
子供の時分から荷葉の存在は目の上のたんこぶであり、絶対に超えられない力の差がある存在だったが、そんなの関係ない。
負け勝負と理解してても、せめて一矢報いたい。
そうでなければ───。
「俺はここ数年安眠してねぇんだよ!やっと仕事を終えて帰ってこれば、入れ違いで癒しは消えてるし、代わりに悪魔・オブ・悪魔が屋敷の庭で定住してるし、本気で勘弁しろ!!」
「癒し?癒しがないですって・・・?そんなの私とて変わりません。私の癒し、いいえ、心そのものであるお嬢さま。何処か知れぬ世界の闇で、泣いてらっしゃらないでしょうか」
「お前みたいな血の涙を流す不思議生物と嬢ちゃんを一緒にすんな!いいか、知らないようだから教えてやるがな、悪魔は普通涙なんて流さないもんだ!」
「・・・あなた如き下等生物に知らされずとも、それくらい判っています」
「お前は血の涙を流しやがるだろうが!吐血しながら這いずり回るお前を見た恐怖、未だに夢に現れるくらいだわ!」
「私の心の傷口から溢れた涙が、血となり眼球から垂れ流されるのです。それもこれもお嬢さまと離れねばならぬこの苦痛故。胸は締め付けられ、喉から心臓が飛び出そうです」
「怖い!喉から心臓を自在に飛び出させる悪魔なんて聞いたことないわ!もうお前絶対に悪魔じゃねえよ!悪魔以外の何か別の生き物だよ!」
「・・・ああ、お嬢さま。あなたへの想いは私を悪魔から別の生き物へと変えてしまうのですね。会えない時間が愛を育てるのですね。───せめてこの地からご無事をお祈りいたします」
「止めろよおぉっ!!人の屋敷の敷地内で、止めろおぉっ!!」
「何ですか。あなた、お嬢さまが心配じゃないんですか」
「心配だよ!心配に決まってんだろ!だが向こうには白檀も菊花も梅香も居るし、嬢ちゃんだって昔みたいに弱くねぇ!ちったぁ信じろ!」
「信じてます!ええ、信じていますとも!信じていても心配なのです!だから私は毎夜こうしてお祈りを・・・!」
「お前がやってるのは、それすなわち呪いぃぃい!!すっかり標準装備してるけど、それ五寸釘と藁人形ゥうう!ついでに言えばお前のおかげで俺の敷地の森が一つ消えたぁあ!なんだよ、あの高速釘打ち!目にも止まらぬ早業ってか!?無駄にスキル上げてんじゃねぇよ!無駄な能力開発してんじゃねぇよ!」
「木の一本や二本でこうるさい。ケツの穴が小さい男ですね」
「一本や二本じゃなくて、単位は千を超えてるんだよ!止めろよ、俺の土地を壊すの!そして俺の安眠を妨害するのも止めろ!毎日毎日寝入りばなにコンコンコンコンコンコンコン、呪いか!?やっぱり俺を呪ってんのか!?結界張っても音だけ聞こえるとか冗談じゃねぇよ!ノイローゼになっちまう」
「なればいいでしょう。狂ってしまえばいいのです。そうしたらあなたを口実にお嬢さまを呼べます」
「結局それか!お前頼むから消えてくれ!頼むから家に帰って!」
カカカカカーンとリズムよく鳴り響く木槌の音に、野太い叫びが重なるのはもう日常とかしていた。
憐れな落葉の苦労はまだ残り一年ほど続き、癒しが帰ってきた瞬間、彼が恐れる悪魔と同じく血の涙を流したとか流さなかったとか。