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とある日常と幼馴染の苦労

梅香は非常に追い込まれていた。

目の前には逆立ちしても勝てっこない強力な敵の姿。

緩やかに笑みを浮かべた彼は怜悧な美貌を冴え冴えと輝かせた。

モノクルを指の腹で抑えた彼は、黒で統一された執事服を綺麗に着こなして背筋を伸ばして立っている。

絶対的強者に憧れる気持ちと、恐るべき相手に狙われる恐怖。

身動きすら赦されないほど、梅香は精神的に追い込まれていた。


伸ばしている三つ網を掴まれ無理やり顔を持ち上げられる。

痛みに顔を顰めれば、にたり、と背筋から怖気が駆け上るような笑みを浮かべた荷葉は、その美しすぎる顔をぐっと近づけた。



「小童。貴方、この落とし前はどうつけるつもりですか」



滑らかなテノール。

いつまでも聞いていたいと望むほど心地よい声なのに、低い響きは魂の底から恐怖を揺さぶり起こした。


怖い、怖い、怖い、怖い。


あまりの恐怖に逃げるなどという選択は浮かばない。

目の前に立ちはだかる相手は絶対者。

自分など赤子の首を捻るより安易に殺されてしまう。

抵抗など思いつかないほどの実力差。

呼吸も忘れて為すがままに掴んだ髪ごと体を持ち上げられる。


紺色の瞳が色を濃くする。

これは警戒色だ。

彼は、本気で怒り狂っている。

それだというのに普段なら仲裁に入ってくれる相手は誰一人おらず、凍て付くような殺気に身を晒されている。


そして、生命の危機に晒される理由が、梅香の遣る瀬無い気持ちを一層煽った。



「───どう落とし前つけてくださるんですか、と聞いているのです」

「ですが、荷葉さんっ」

「私は私の質問に答えていただきたいのですよ。反論を赦した記憶はありません」



だん、と壁に叩きつけられた。

息が止まり体が圧迫される。

じわじわと強まるのは彼の力で、気を抜いた瞬間に押しつぶされてしまいそうだ。


脳裏に太陽の光を凝縮したような金の髪を持つ知り合いの顔が浮かぶ。

その瞬間、体から溢れるような力が荷葉の力を僅かに押し留め、緩んだ隙間から身を転がした。

彼の実力が爪の先ほども発揮されていないからこそ出来た離れ業に、濃い色の紺の瞳がすっと細くなる。

どうやら機嫌を逆撫でしてしまったらしい。

だが自分とてここで終われない。

梅香は生きて白檀に仕えると決まっているのだ。それを、幾ら荷葉にとて歪まされるのは我慢ならない。

それ以前に、殺される理由が納得できてない。



「どうして、僕が伽羅宛の恋文なんか管理しなきゃならないんですか!」

「『恋文なんか』ですって?」

「っ!!」



どん、と音を立てる勢いで力が増す。

先ほどの圧力など目じゃないほどの力を局地的に発揮した荷葉は、一歩一歩歩くごとに床のある空間を消滅させていった。



「貴様、学生時代に受け取る恋文の重要性を知らないのですか!!」

「はぁ?」

「いいですか。学生時代に受け取る恋文。それは甘酸っぱくも切ない青春への架け橋。・・・類稀なる美貌を持つ清らかな悪魔であるお嬢さまに伸びる悪の誘惑。お嬢さまが心を奪われる心配など微塵もしておりません。しかしながら血気盛んで穴があったら突っ込みたい年頃のサル山のサル以下の性欲旺盛の輩の中に可憐に咲き誇る一輪の薔薇。朝露を含み今にも花開かんとする美しさに惹かれる気持ちは理解しましょう───しかしそれに手を伸ばすとなれば不届き千万!辛抱溜まらんと手を出されたなら・・・小童、貴様の命一つじゃ購えませんよ」

「・・・っ」

「それに考えてもみなさい。お嬢さまが億万が一好奇心を刺激され受け入れたとします。その場合どうなるか理解しているのですか?・・・『お嬢さま、私と一緒に出かけないですか?』『はぁ?今からデートがあるんですけど。荷葉なんてお呼びじゃないんですけど』『何ですって!?私は彼氏が出来たなんて聞いていないですよ!』『言ってないし』『どんな男ですか!?私より格好いいのですか?仕事は?性格は?』『てかマジウザイしー。そんなの一々報告義務ないでしょ。彼氏と荷葉なんて比べるまでもなく彼氏でしょ。そんなの聞くなんてキモイ』なんてことになったらどうなるんですか!!」

「・・・・・・」


もう何を言っているか意味が判らない。

最早それは伽羅じゃないだろうとか、お前誰だよとか突っ込みを入れたいが、それをした瞬間に命を落としそうな気がして言葉を飲み込む。


大体学生生活における休暇にちょっと帰ってきただけなのに、単なる知人程度の相手が恋文を貰っただけで何故ここまで責められるのだ。

確かに伽羅の面倒を見るように白檀に頼まれているが、恋文の管理までが自分の仕事なのか。

納得いかない。

大体彼が言うサル山のサルと同じ輩の一人に自分も含まれている。

しかも寮生活をおくるに当たって隣の部屋でどれ程苦労していると思うのだ。

毎日毎日無駄に結界を張らされ、酷いときなど態々夜中に起きて進入しようとする阿呆の相手までしてやっている。

そこまで尽くしているのに、恋文の面倒まで見ろなどむちゃくちゃだ。


苛立ちが頂点まで高まりそうになった瞬間───不意に冷静な頭が問いただす。


荷葉は、どうして伽羅の貰った恋文の存在など知っているのか。

同じクラス、隣の部屋の自分ですら知らない事実なのに、何処から情報を耳に入れたのか。


カザーフ学園といえば独自の秩序を持つ外界とは縁を切られたような場所だ。

外部からの進入は愚か情報の収集や監視も絶対的な結界に守られどんな力を使っても無理なはず。

それこそ国最高の力を持つ悪魔ですら容易ではないはずなのに。



「・・・荷葉さん」

「何です?」

「どうやって恋文の情報を?まさか、伽羅が?」

「まさか。お嬢さまは恋文を受け取った瞬間塵とされました」

「・・・塵」

「当然です。孤高の美しさを貫かれるお嬢さまは、お養父様である坊ちゃま以外は眼中にありません」

「それって、荷葉さんも眼中にないってことですよね」

「───黙りなさい、小童めが」



がつん、という音と共に壁が消失した。

ブラックホール状に歪んだ空間に、背筋が冷える。



「私がお嬢さまが恋文を貰ったのを知ったのは、単純にお嬢さまの身につけるブローチに細工したからです。情報の収集は得意分野ですよ」

「・・・」



得意分野で済まされるような問題じゃないだろう。

世界レベルで有数の強固な守りを誇る鉄壁の要塞といっても過言ではないそこの包囲を潜り抜け情報を筒抜けにするなど、誰かに知られたらただではすまない。

だが彼がそんな手落ちを晒すとは思えない。

例え心の底から痛い目みろと望んでいても、荷葉相手では奇跡は望めないだろう。

事実、最高峰の防御をあっさりと抜いた彼は、いつの間に手にしたのか東の国の呪いの道具を手にしている。

頭には手ぬぐいを巻き、蝋燭まで火を灯した状態で刺さっていた。

あの蝋燭の蝋よ頭に降りかかれ!と魂から祈りながら梅香は荷葉を見詰める。



「いいですか。今回の狼藉に関しては不問にして差し上げます。サルの髪は入手済みです。私の必殺・五寸釘乱舞で止めを刺します。ですが二度目の手抜かりは赦しません。私の釘の餌食になりたくなければ、精々お嬢さまに虫けらが寄り付かぬように精進なさい」



きらり、とモノクルを光らせた荷葉は、いつの間にか服装まで変えていた。

東の国の知人が着ているのと酷似した服に、梅香は一歩あとずさる。

具体的に五寸釘乱舞で何がどうなるか判らないが、とにかくやばそうなことだけ理解できた。



「・・・では、私は行きます。人目につかない場所で儀式は行わねばなりません」

「儀式?」

「いいですか?このことは他言無用です。・・・もしお嬢さまに僅かでも漏らしたなら」



にたり、と口の端を持ち上げて嗤う荷葉に、梅香は腰を抜かした。


高笑いしながら去っていく執事の後姿を眺めつつ、体中の力が抜けていく。

見たこともない木の靴を履き、からーんからーんと音を立てる荷葉の姿は正真正銘の悪の帝王だった。



梅香には荷葉の怒りが全く理解できない。

伽羅に差し出されたのは正真正銘の恋文だ。

体だけの関係ではなく、眷族にして欲しいと望む嘘がない想いだった。

だからこそ梅香は口を出さなかったのだ。


悪魔は貞節観念とかけ離れた種族だ。

楽しければそれでいいし、束縛されるのは真っ平御免。

それこそが悪魔の本能だ。

唯一一途なのは本気の恋と神に誓った忠誠心のみ。

眷属の申し入れをしたならば、それは本気の恋である。

申し込みをしたのは学校でも1、2を争う将来有望な生徒だった。

見目も悪くなく頭もいい。

手に入れても損はないと考えたからこそ、眷属にするかの選択を伽羅に委ねた。

悪魔は恋に落ちた相手には縛られても良いと思う生き物だ。

相手に全てを捧げるのを喜びとし、自分を瞳に映してもらうためなら努力を惜しまない。


なのに荷葉の執着は異常だった。

彼は伽羅と眷属の契約はしていないし、その申し込みすらしていない。

白檀に忠誠を尽くす姿も、伽羅を溺愛する姿も理解している。

だが彼の執着は同じ悪魔の梅香にも理解し難い。


伽羅が現れる以前の荷葉はあんなに色々な意味で怖い人ではなかった。

賢く残虐、絶対的な強さを誇り敵と認めた相手には容赦しない。

その鮮烈なまでの力の振るい方は美しく、敵にしたら楽な死に方は出来ないと悟らせる君臨者。

一介の執事に収まるような器ではないのに、主が白檀だけだと誓う姿は尊敬すらしていたのに。


そもそも五寸釘乱舞って何だ。

あの異様な東の国の衣装と何か関係があるのだろうか。

振り乱された髪に、血走った瞳。

手に持っていたのは藁で出来た人形に、太い釘と木槌。

乱舞というくらいだから乱れ舞うのだろうが、全く想像がつかない。

異国の舞いでもするのだろうか。


首を傾げると、どこか遠い空から『カカカカーン』という不思議な音と、『だからお前マジでやめろよおぉぉ』という絶叫が聞こえた気がした。

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