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パパンの悩み

下ネタ注意です。

「そういや、嬢ちゃん。お前さん、将来俺の嫁になるって荷葉に言ったらしいな」



いい酒が入ったので招いた兄貴分の言葉に、白檀は握っていたグラスを落とす。

がしゃん、と無作法な音を立てて割れたグラスに、その原因を作った落葉は器用に片眉を跳ね上げただけで何も言わなかった。


しかしながら白檀の受けた衝撃は相当なもので、飲んだアルコールには平常な回転をしていた脳みそが今の発言で動きを止める。

ビシャビシャになった夜着を見た伽羅が最近漸く上手く操れるようになった力を駆使し片付ける。

衣服は上手く乾かせなかったが、壊れた食器などはきちんと戻ったので、頭に手を置いて撫でると上機嫌な猫のように目を細めた。

養女むすめの愛くるしいさまに白檀も微笑む。

濡れた衣服は自分の力で作り変えると、鮮やかなさまに目を輝かせている幼子を抱き上げ膝の上に乗せた。

重みで僅かに軋んだソファーはすぐに元の位置まで戻る。

伽羅は同年代の子供より発育が悪いため抱いた体の細さが気になり、用意させた酒の肴を一つ取るとそっと口元まで運ぶ。

抵抗するでもなく口を開けたのでそのまま放り込めば、無表情で咀嚼を始めた。


気分がほわりと軽くなる。

他のどんな生き物に対しても抱いたことがない感覚だが、きっとこれが『和む』というものだろう。

愛玩動物さながら膝の上で大人しくしている伽羅に頬擦り擽ったそうに首を竦める。

思い切り腕に力を篭めてしまいそうになるのを辛うじて自重し、目尻を下げて金色の髪に指を通した。



「それで、嬢ちゃん。俺の嫁になりたいって本気か?」

「!!?」



折角現実逃避をしたのに、衝撃の言葉をもう一度くらい今度は息を詰めて動きを止める。

強張った体に気づいた伽羅が顔を上げてきたが、取り繕う余裕はない。


今日は仕事で荷葉がいない分、普段よりゆったりと寛ぐ兄貴分は随分と意地の悪い笑みを浮かべていた。

今この場に荷葉が居れば速攻で沈められるような発言をしつつ、実際にはいないので彼は強気だ。

この分だと、伽羅の成長を一部も逃さぬようにと彼が開発した記録媒体の存在を知らないらしい。

屋敷内の監視を兼ねるそれは、もちろんこの部屋にも付いている。

父親の権限で風呂場の映像だけは死守しているが、一応そこも一日交代制で侍女に監視はさせていた。

屋敷に帰ってきた荷葉にズタボロにされちまえと心から祈りながら、腕の中の幼子へ顔を向ける。



「伽羅」

「はい、お養父様」

「落葉の嫁になると言ったのは本当か?」

「いいえ」



真っ直ぐにこちらを見上げた碧の瞳から嘘は伺えなかった。

最悪の事態は回避したとほっと息を吐き出す。

まかり間違っても落葉のような遊び好きに可愛い養女むすめはやれない。

否、落葉だけではなく、白檀の基準を超えない男は絶対に許さない。


伽羅だけを一途に愛し、心から尽くし、体を張って守り、白檀より力があり、富もあり頭も回る。

若干一名そんな男に心当たりがあるが、彼は性格の面で初めから試験に落ちているので一考の価値すらない。


そう言えば先日何をトチ狂ったか伽羅に向かい『婚姻届』と給料三か月分の『婚約指輪』を捧げていたが、どうしようかと相談に来た伽羅に全てを塵と化せと言ってやった。

影から様子を伺っていたが、伽羅に拒否された瞬間のあの荷葉の顔は、色々な意味で一生忘れないだろう。

白檀の心に永久保存版として刻まれている。

ついでに実際荷葉の発明した記録媒体にも永久保存版で録画してやった。

有事の際に活用すると、百戦錬磨の男の弱点を得たのは棚から牡丹餅の運の良さだった。


養女むすめの返答にやや落ち着きを取り戻した白檀は、ほうっと息を吐き出し汗を拭う。

しかしながら次の彼女の一言でまたがちりと体を強張らせた。



「『お養父様が駄目なら、落葉と結婚する』と言いました」

「っ、何だとォお!?」



信じられない返事に、口から魂が飛び出るかと思った。飛び出た魂が天国へ行ってしまうとこだった。

早鐘を打つ鼓動を宥めながらぎょろりと目を剥いて伽羅の手を取る。

最早額からは滝のような汗が流れ落ち、落ち着きのなさは不審者そのものだ。



「何故だ!?何故落葉などとっ!?」

「おいおい、『落葉など』って言い方はないんじゃねえの?俺、仮にもお前の兄貴分だぞ」

「私が『落葉など』を選んだのは」

「スルーか?流石荷葉に教育されただけあるなこの親子」



大げさに嘆く落葉は、親子にあっさりと無視をされる。

一応身分的には落葉の方が上なのだが、清々しいまでに無礼な態度だった。



「最初に『お養父様と結婚する』と言ったら、荷葉が懇々とお養父様と結婚できない理由を上げたからです。なので他にお養父様の傍近くにいるにはと考えたのですが、荷葉はお養父様自身に却下されましたし、それなら落葉が余っていたと思い出して」

「余ってたって・・・オーイ、嬢ちゃん。俺、これでも有望物件な。これでもお貴族のお嬢さん方から引っ張りだこな。富も権力も顔もいい伊達男とは俺のことだぜ」

「消去法で探したのですが、丁度いい相手が落葉しか余って・・・・・・・なくて」

「ちょ、お前さんなんだか荷葉に似てきてないか?何だそのスルースキル。仮にも俺の嫁になりたいと言ったにしては酷くない?」



首を緩く振りながら嘆く落葉は無視して、伽羅の肩に手を置く。

父親として、ここはしっかりと言い聞かせなければいけない場面だ。

可愛い養女むすめが自分と一緒に居たいがために、そんな苦難の道を選んでいるとは思っても見なかった。

胸の奥が締め付けられ、華奢な体を腕に抱きこむ。



「・・・そうか。伽羅、そんなにも俺の傍に居たかったのか。心配するな、伽羅。荷葉に何を言われたか知らないが全て忘れろ。───そして落葉を選ぶなんて『妥協』はしなくていい」

「あれ?お前も酷くない?もしかして嬢ちゃんの嫁宣言怒ってるか?」

「こんな穴があれば突っ込みたい年頃の絶倫変質者・・・・・を選ぶ必要はない。いくら俺の傍がいいからといって、そんな生贄的発想・・・・・しなくていいんだ」

「おい。なんか親子の絆っぽいこと言ってるけど、心温まるって感じの雰囲気出してるけど、お前俺を貶めてるよな?何だその生贄的発想・・・・・って。俺の嫁になるなら何してもいいって女がどれだけいると」

「そんな犠牲精神・・・・を発揮しなくていいんだ」

「言い直した!俺の言葉に無理やり挟んで言いなおしたよ!?しかもさっきとどっこいどっこいの表現!」



叫ぶ落葉を華麗に無視し、碧の瞳でこちらを見上げる愛し子の頭を緩く撫ぜる。

ここまで思い悩ませていたなど考えてもいなかった。

まさか、落葉などを結婚相手として選ぶほど伽羅を追い込んでいたなんて。

自分のふがいなさに歯噛みしつつ、白檀は笑顔を浮かべる。



「いいか、伽羅。落葉は駄目だ。父親として許可できない。触れただけで子を孕んでしまうから今後一切近寄るな」

「はい、お養父様」

「よし、判ったならいい。今後落葉が近づいてきたらどうすればいい?」

「撃ち抜きます───股間を」

「待て待て待てぇ!!撃ち抜くなよ!何で股間なんだよ!男としての俺がさよならだろ!女の俺こんにちはになるだろ!」



手首を回転させた伽羅が優雅に魔銃を取り出すと、泡を食って落葉が身を起こす。

手に持っていたグラスが揺れ、白檀の私室の絨毯に染みを作った。

両手を使い必死に訴える落葉を静かな眼差しで見詰めた伽羅は、銃口を股間に定めるとトリガーに指を掛けた。

思わずといった様子で落葉が股間を隠し、白檀は満足気に頷く。



「大丈夫。安心して、落葉。私はスナイパー。的を狙えば百発二中の女とは私のことよ」

「それ前にも聞いたぁ!どこに安心する要素があんだよ!?命中率落ちてるぞ!何があった!?あれからの間に優秀な嬢ちゃんに何があった!?」

「実は荷葉が銃を改造してくれたのだけれど、どうしてか狙った方向に向かわないの。お養父様落葉にも見せていいですか?」

「ああ。折角だしな」



頷くと指を振り的を出してやる。

赤い円を中心に白と黒の円が5つ重なったそれに、伽羅が自然な仕草で狙いを定めた。

格好は様になっており、我が養女むすめながら見惚れるほどに美しい。

その白く小さな指がトリガーに掛かると、僅かに力が篭められた。



「うをぉう!?」



無音で飛び出た弾は、目標としていた的ではなく───そこから正反対の位置にいた落葉に向かって飛んで言った。

くるりとした軌跡を描いたそれを慌てて掻き消した落葉が、目をまん丸に見開いて変な格好で止まっている。



「はははははははは!!」



普段格好つけている落葉の間抜けな様子に指を指して遠慮なく笑ってやると、苛立ちを含んだ眼差しが向けられた。

そのまま瞳は伽羅へ移動し、怒りから諦めへと感情が変わる。

伽羅に対して怒れない落葉は、肩を落として問いただす。



「おい、嬢ちゃん。それ、荷葉が改造したんだよな」

「ええ。それから真っ直ぐ飛ばなくなったわ。不思議ね」

「───ああ、不思議だな。それ、絶対に俺を狙ってるもんな。今5発撃ったけど、全部俺に向かったもんな。そりゃ、普通の的じゃ命中率も下がるわ。全弾股間狙いだから避けるのは容易いが、それの威力が荷葉並なら俺の股間ぶっ飛んでるぞ」

「別に構わないな。有害分子が消えれば伽羅への危険が減る」

「お前な」

「大体、俺の愛養女むすめに手を出そうとするのがいけない。いいか、伽羅。結婚するなら俺より顔が良くて頭が良くて権力と富があり尚且つお前に絶対の服従をする相手だ」

「それって、荷葉ですか?」

「いや、変質者は駄目だ」



きっぱりっと首を振れば、呆れたように落葉が首を竦めた。



「お前、嬢ちゃんを嫁に出す気ねぇだろ」

「だから俺より優れていれば考える」

「なら俺でいいじゃねぇか」

「寝言は寝て言え。なぁ、伽羅」

「はい、お養父様。『・・・ケツが青い坊やが。俺が欲しけりゃ追いかけな』」

「───なぁ、嬢ちゃん。頼むからそのまま成長してくれるなよ。変な世界に足突っ込んでるからな」

「善処するわ」

「そうしてくれ。───俺の未来の可愛い嫁さん」



気を抜いた瞬間に、伽羅の柔肌に落葉が唇を落とした。

伽羅の手から魔銃を奪うと全力で力を混めて撃ち放ったが、不埒ものはまだ男のままで生きている。

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