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なぜなろう読者はなろう作品しか読まないのか

作者: 相上和音
掲載日:2026/10/20

「ラノベは小説じゃないから」


 小説好きのクラスメイトから、おすすめ作品を教えてもらっていた。

 そのクラスメイトはSFが好きらしかった。


『夏への扉』

『虐殺器官』

『ハローサマー、グッドバイ』


 他にもいくつか教えてくれたけれど、覚えているのはその三作品だ。

 実際に読んで面白かったから。


「そっちも、何かおすすめある?」


 そう聞かれて、私が勧めたのは秋山瑞人先生の『猫の地球儀』だった。


「聞いたことない」

「ラノベなんだけど、これがさ——」

「ラノベ?」


 被せるように言葉が返ってきた。

 そして冒頭の言葉を口にしたのだ。


「ラノベは小説じゃないから」


 心底軽蔑するように。


 私だって、一応気は遣ったのだ。

 いわゆるオタクっぽい作品は避けようと。

 本当はハルヒを勧めたかったのに。


 そういうことが、昔はよくあった。

 ラノベはオタクの読み物——

 まあ今もその偏見は変わらないのかもしれないし、偏見と言い切れない部分もあるんだけど、オタクへの風当たりが今以上に強い時代だったから、ラノベを読んでるだけでキモがられた。


 これは友達の話なんだけど、高校に『灼眼のシャナ』を持って行ったら、クラスのお調子者に見つかって黒板の上に立てかけられたことがある。

 取り返そうとしても邪魔をされ、結局そのままチャイムが鳴って、針の筵の中で授業を受ける羽目になった。

 しかもお調子者が囃し立てるような真似をしたせいで、途中で先生に見つかって没収され、卒業まで返してもらえなかったし。

 思い出すたびに腸が煮えくり返ってマジでミヤモトのクソが……。


 いやまあ友達の話なんだけど。

 私は友達想いだから。


 でもそれは別によかった。

 許してはないんだけど……。

 でも、あのお調子者は小説を読まないから。


 それよりも小説好きのクラスメイトに言われた、


「ラノベは小説じゃないから」


 って言葉の方が、よっぽど私の胸を抉った。


 よくあるのだ。

 大衆文学や純文学を好きな人が、ラノベを見下すことが。

 同じ分野のはずなのに。

 同じ分野だからこそかもしれないけれど。


「出版業界の癌」

「こんなものが流行るとか終わってる」

「ラノベは文学を汚(けが)している」


 そんな言葉を耳にするたびに、


「いや確かに、萌に特化した読者に媚びるような作品もあるけど、ちゃんとした作品はちゃんとしてるし、読みもせずにジャンルごと否定するなよ」


 って思ってきた。

 でもそんなことを思う自分に、惨めさも感じていた。

 だってなんの反論にもなっていないのだ。

「出版業界の癌」とか「ラノベは文学を汚している」って言葉を、私は心のどこかで認めてしまっていたのだ。


 でも今なら言える。

 たとえ『萌に特化した読者に媚びるような作品』だったとしても価値がある。

『ラノベ』というジャンルそのものが素晴らしいからだ。


 なぜならライトノベルは文学への扉だから。

 私は鎌池和馬先生の『とある魔術の禁書目録』から入り、気づいたら純文学や海外古典なんかを普通に読むようになっていた。

 ラノベがなければ、私が文学の世界にのめり込むことはなかっただろう。

 私以外にも、最初はラノベから入ったという人は多いはずだ。


 まさに文学への扉(ゲートウェイブンガク)。

 ラノベを否定するということは、その扉を自ら閉める行為に他ならない。

 ただでさえ出版不況の時代に、初心者狩りみたいにラノベ読者を馬鹿にしてどうする。

 出版業界の癌はどっちだ馬鹿め。


 というのが、私が行き着いた答えだった。


 そしてその頃、ちょうど「小説家になろう」の黎明期だった。

 正直に打ち明けると、私はなろう作品に色々と思うところがある。


 ちょっと設定いじっただけで同じ内容やん。

 世界はそれをパクリと呼ぶんだぜ。

 ランキングシステムが醜悪すぎる。

 流行りを取り入れただけの作品を書き、PVが減ってきたら投げ出して、また最新の流行りを取り入れただけの作品を新しく書き始める……それがなろうでやっていく上での最適解ってやばくない?


 とか色々。

 ぶっちゃけまだまだあるんだけど……。

 でもわざわざ言葉にはしなかった。


 ジャンルに貴賤はない。

 なによりなろうにもまた、ラノベと同じで文学への扉としての価値があるはずだから。

 そう思っていたんだけど……。


 でもなんかそうじゃないっぽい。

 なろう読者はなろう作品しか読まない。

 全く文学への扉になっていない。


 なんでかなと思って自分なりに調べてみたんだけど、出るわ出るわ、なろうに対する偏見のオンパレード。


「負け組が現実逃避のために読むもの」

「なろうの主人公には友達がいない。そういう人が書いて、そういう人が読んでる」

「電車好きと同じで、決まりきったパターンしか受け入れられない」

「恋愛描写にはリアリティがないのに、いじめ描写だけはやけにリアル」

「主人公は基本的に受け身。物語の中ですら主体性がない」


 この手の言葉が、まるで真実のように語られていた。

 Xでリサーチしたから、特に言葉が汚いってのもあるかもしれないけれど……。


 なんにしても、私はこれが正しくないと知っている。

 ライトノベルも同じようなことを散々言われてきたから。


 でもならなぜ、なろう作品は文学への扉(ゲートウェイブンガク)になり得ないのか。

 なぜなろう読者はなろう作品ばかりを読むのか。

 自分なりに考えてみて、一つの答えに辿り着いた。


 私が最初に読んだ小説は鎌池和馬先生の『とある魔術の禁書目録』で、その次に読んだのが雨木シュウスケ先生の『鋼殻のレギオス』。

 そこからさらに杉井光先生の『神様のメモ帳』、秋山瑞人先生の『イリヤの空、UFOの夏』、橋本紡先生の『半分の月がのぼる空』と続いて行った。

 どれもライトノベルだけど、ジャンルは『現代異能バトル』『異世界ファンタジー』『ミステリ』『SF』『恋愛』と様々だ。


 つまりライトノベルの場合、Aって作品の次の候補は『B、C、D、E、F…』と多岐に渡る。

 もしEを選べば『B〜H』まで選択肢が広がり、それを繰り返せばあっという間にZに辿り着く。

 気づいた時には純文や古典なんかも読むようになる。


 でもなろう作品はそうじゃない。

 異世界転生ものを読んで「面白かった!」と思った人は、ほとんど同じ内容の別の異世界転生ものを読み始めるのだ。

 つまりなろうでは、Aって作品の次の候補が『A’、A’’、A’’’、A’’’’、A’’’’’…』となるわけで……。


 もちろん反論はわかる。

 なろうにも『スローライフ』『追放もの』『悪役令嬢もの』『現代ダンジョンもの』とかジャンルがたくさんあるだろう、と。


 でもそれらは、


『A’’’’’’’’’’’’’’’’’’』

『A’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’』

『A’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’』

『A’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’』


 というだけで、決してBでもCでもDでもEでもないのだ。

 だから決してZには届かない。

 なろうの外に出ることはない。


 私はこれを文学への扉(ゲートウェイブンガク)の対義語として、なろうの迷宮(ラビリンスオブナロウ)と呼んでいる。

 まあゲートウェイブンガクも私が勝手にそう呼んでいるだけなんだけど。


 もちろんそれが悪いって言っているわけではない。

 繰り返しになるけれど、ジャンルに貴賤はない。

 そもそも小説なんて娯楽なんだから、面白いと思うものを読めばいい。


 かくいう私も、今やなろう作家の端くれだ。

 まだ二冊しか上梓していないけれど、『ダンジョン配信』という人気ジャンルで書籍化まで漕ぎ着けた。

 ばちこりフリーライドしてる。


 でもなろう作家でありながら、私を文学の世界に導いてくれた作品たちを、どうしても忘れられなかった。

 だからなろうの迷宮(ラビリンスオブナロウ)の一部になるのではなく、文学への扉(ゲートウェイブンガク)足りえる作品が書けたらなと、日々試行錯誤する毎日である。


 なにより今の時代、AI小説の足音がすぐそこにまで迫ってきてるから。

 似たような設定で、似たような関係で、似たような性格(キャラクター)で、似たような世界線で、そんな作品を量産する。

 それこそAIの得意分野だ。


 流行りを取り入れただけの作品を書き、PVが減ってきたら投げ出して、また最新の流行りを取り入れただけの作品を新しく書き始める。

 その手のクリエイターは、AI小説に淘汰されるんじゃないかなーと思っている。

 というか淘汰されて欲しいなーと願っている。


 まあでもそういうタイプの人は、AIで小説を書くことに抵抗がなさそうな気がするし、むしろ率先してAI小説を量産する側になるのかも……。

 そう考えると、もうこの業界は終わってるのかもな、なんて思ったり。

 でもこの業界で生きていくと決めたのは私なので、これからも苦しみながら創作活動に邁進するつもりだし、似たような志を持つなろう作家さんが増えて行ってほしいなぁ、と思う今日この頃です。

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