指輪とブローチ
強面の辺境伯と共にパーティー会場に戻ると、母さんは案の定、ぽつんと隅っこの方で手を震わせながらワインを飲んでいた。……俺も上役を接待する時、ド緊張して酒ばっかり飲んでたから、気持ちはよく分かる。こういう時の酒って、水みたいな味なんだよな。
辺境伯に挨拶をしてから母の元に向かう。
「ど、どうだった?」
声には出さず、首を横に振った。
「そんな……」
「やっぱり、簡単にはいきませんね。ただ、必要な情報共有はできました。後は──」
「……ええ。分かってるわ」
母さんが、自分の胸元のブローチに手を置いた。今日のために用意した、アクアマリンのブローチだ。
「俺はフィーア様と話してきます。頃合いを見て、母さんは夫人にご挨拶を」
「緊張してきた……」
「大丈夫です、母さんが夫人のもとに行ったら、俺も向かいます」
母さんとはいえ、まだ21歳の若者。対する向こうは、30代後半。酸いも甘いも噛み分けた大人を相手に、ボロを出さないのは無理な話だ。
チラッと夫人の方を見ると、キラリと輝く宝石をつけた指輪が見えた。母さんと同じ位置につけているブローチもまた、輝いている。
鑑定魔法を使ってないけど、多分同じ宝石だな。
「……母さん、予想通りです。ここは絶対に外さないようにしましょう。夫人の周りが落ち着いたら、向かいましょう」
「ええ。……勝負どころね」
母さんは、冷や汗をそっとハンカチで拭った。
フィーア様は、やはり一人ぼっちで寂しそうにしていた。
「フィーア様」
「あ、エルクくんだ!」
にぱぁっと笑顔を輝かせて、俺の方に走ってきた。可愛らしいと思うと同時に、脳内に「辺境伯領の資金はそこそこ潤沢」というワードがよぎる。
子供にも高価な宝石をあしらったブローチや髪飾りを与えていること、そしてドレスの素材は、柔らかく艷やかなシルクだ。フリルの刺繍は職人のこだわりが垣間見える繊細さがある。
これ一式で、軽く2000万ディルを超えていると見た。
自分達にこれだけの資金を回せるということは、国防や領地運営のための資金がそれ以上に潤沢で、盤石な領地であることが窺える。
貴族目線で考えると、こことは是非とも交流を持ちたい。先々の事を考えても、まず財政破綻する恐れはないだろう。
ただ、それは逆に言うと、「財布の紐が硬い」ということにも繋がる。
下手な出費をしないから、着飾る事ができるのだ。矛盾しているようだけど、見栄を重視する貴族にとってそれは、必要経費だ。
「ありがとう、きてくれて!」
「とんでもない、お友達なんですから」
「おともだち……! おともだち!」
「はい、お友達です」
フィーアちゃんは純真無垢な子だと、表情で分かる。この子が捻くれたり、俺を突き放した瞬間、全てが終わる。子供だから適当でいい、なんて思ってはいけない。どんな案件も、最後まで、面倒を見るべきだ。
「あのね……いつもさみしんぼなの」
「そうなんですか?」
「うん。……フィーア、こわいこなんだって」
意味が分からない、怖いものを遠ざけるというのは、正しいように見えて逆効果だ。怖いものから逃げるのが猿、立ち向かうのが勇者、支配下に置いてコントロールするのが人間だ。
多くの人が飼ってる犬だって、本来怖い生き物だからね? あんな牙で喉笛を噛まれたら、普通に死ぬから。
それでも飼い慣らし、自分の支配下に置くことでペットとしている。人間には誰しも、そういう力があるのだ。
「怖い子なんかじゃありませんよ。フィーア様はとっても良い子です」
「フィーア、いいこ?」
「はい。だから神様がフィーア様を守るために、テイムの力を与えたんです」
「そうなんだ……! でも、かみさまにきらわれてるって……」
「それ、誰が言ってましたか?」
「おとうさまとおにいさま……」
「神様には、直接言われましたか?」
フィーアちゃんは首を横に振った。
「じゃあ、神様に嫌われてませんよ。お二方が勘違いしているだけです」
「かんちがい?」
「テイムを怖いものだと思いこんで、「こんな力を与えられるなんて、神様を怒らせたに違いない!」と勘違いしてしまっただけなんですよ。
大丈夫、フィーア様は神に愛されてますし、とってもお利口さんです。だから少しずつ、誤解を解いていきましょう」
こんな天使みたいな子が、神に嫌われてるわけがない。神に嫌われているのは、前世に引き続き営業マンをやらされ、回収不能な債権を抱えさせられている俺だから。
営業マンに比べたら、全然神に愛されてる。
「そうかなぁ……っ、フィーア、おとうさまと、おにいさまと、なかなおり、できるかなぁ……っ」
あ、フィーアちゃんが泣いちゃった。交渉で不利になるか? と一瞬過った。
──いや、そんな事言ってる場合じゃないだろ!
俺はフィーアちゃんを抱き寄せ、背中を擦りながら、宥める。
「大丈夫、大丈夫です。必ず上手くいきます」
「ううっ、うえぇぇんっ……」
この子の理不尽な不幸が消え去って、ただ笑顔が増えることを願うばかりだ。
フィーアちゃんが落ち着いてから、俺は母さんが動いたのを見て、頭を仕事モードに切り替えた。
「少し場所を変えましょう」
「でも……あんまり真ん中にいちゃだめだって……」
「今日の主役はフィーア様なんですから、いいんですよ」
ちょっと強引に、フィーアちゃんを連れて、夫人のもとに向かった。フィーアちゃんを怖がっている人物の中に、夫人はいなかった。多分、そこそこ良い関係を築けているんだと思う。
そう思って夫人の方に行くと、
「おかあさま!」
「フィーア、遊んでもらえた?」
とてとてと走って、夫人にギュッと抱きついた。
俺はちょっとオロオロしていた母さんに、アイコンタクトを送った。
「……っ」
母さんが気付いて、頷き返す。
「本日はお招き頂き、ありがとうございます」
パーティーの途中なので、雰囲気を壊さない程度に敬語を崩した。
「あらあら、貴方がラウルス家の? 随分と大人びた子ねぇ〜」
「お褒めにあずかり、光栄です。今後も精進してまいります」
ちょっと固いけど、軽く喋った感じからして、多少こちらも弁えた発言をした方が良さそうだと直感した。辺境伯とは少し雰囲気が違う、生粋のお嬢様って雰囲気だ。あまり崩しすぎると、不信感を抱かれる。
挨拶をかわすと、母さんがカチコチになりながら、
「よろしくお願いします!」
頑張った。よく言えた。
──ガシッ!
母さんが俺の手を握ってきた。これは事前に決めていた「助けてくれ」という合図だ。……早くないですか? もうヘルプが必要なんですか?
「まさか、呼んでいただけるとは思ってませんでした」
「ふふふ、そんな謙遜しなくていいのよ? フィーアのことをちゃんと見てるのは、貴方だけだったもの」
……さっきの直感の正体が分かった。
この人、周りをよく見るタイプだ。いわゆる抜け目ない人。
穏やかに接してきているのは、多分無駄に大人びて見えるであろう俺が、「どういうつもりで辺境伯の娘に近付いてきたのか」を見極めようとしているのだろう。
男爵家の長男である以上、そこに政治的云々がある事は容易に想像がつく、と向こうは考えている筈。
まさか、可哀想だったから声をかけた、というふざけた理由だとは思わないだろう。
「あのね、エルクくんはね、とってもやさしいんだよ!」
「そうなの? よかったわねぇ、良いお友達ができて」
ここで「優しいお友達ができて」と言わないところが、ネックだな。まだ信用を得ていない。寧ろ警戒されている。
俺は母さんの手を一瞬握って、合図を送った。
「っ! ルマーレ夫人、本日のドレスも素晴らしいですね。先日お会いしたときも思ったのですが、特にこの刺繍にはこだわりがありそうです」
まずは服を褒め、アクセサリーを褒め、そして靴を褒める。肌や髪のデリケートな話は避けてくれと、母さんには伝えてある。
キレイなお肌ですねというと「そんな事ないわ、あなたの方が若々しくてキレイよ」と返されるに決まっている。母さんが21で、夫人が35くらいだったから、肌や髪なんて褒めたら、皮肉だと思われる。
「あら、よく見てらっしゃるのね、実はこのドレス、特注で作って頂いたの。サイズが無かったから、結構大変だったのよ?」
……出た。
このサイズというフレーズはとんでもないトラップだ。ここに反応するなよ……?
「そ、そんな、サイズが──っ!?」
手を強く握って母さんを黙らせた。
「フィーア様のを見て改めて思ったんですが、ドレスもさることながら、素敵なブローチですね。この宝石は……魔晶石ですか?」
ここで必殺、話題逸らし。サイズ、スタイル、肌、髪、年齢。この辺の話題が出たら、回れ右だ。
「へぇー、まだ小さいのに随分と詳しいのね。そう、これはダンジョンでしか取れない魔晶石なの」
「以前、行商人から聞いたんですが、魔晶石の加工ってかなり難しいんですよね。それをこんなに綺麗に成形できるなんて、凄腕の職人がいるんですね。フィーア様のも、小さい魔晶石が沢山ついていて、可愛らしいです」
「ふふっ、この子のも特注品なの。見て、ここのレリーフに家の紋章を入れてるのよ」
「おおっ、これは良いですね! 見ればどこの家なのかすぐに分かります」
「そうなの! これなら目印になるから、たとえ迷子になっても探しやすいでしょ?」
なるほどね、夫人のことよりフィーアちゃんの方に話題を逸した方が進みやすいな。
理由は……まあ、分かるよ。
この子を探られようがどうされようが、夫人にとっては全く痛みがないからだ。
「ははは、僕にこそ必要かもしれません」
「あらやだ、貴方くらいしっかりしてたら、迷子になんてならないでしょ?」
危なっ! その話題は「それに引き換えうちの子は──」って流れになるやつ!
「いえいえ、よく山に行く機会がありますから。自然は侮れないものです」
緊急回避成功……。
あと……話してて分かった。この人はフィーアちゃんを大切に思ってる訳じゃない。
ただ、政治の道具として価値があるかどうか、推し量っているだけだ。貴族にありがちな考え方だな。
子供に、「小粒の宝石」をあしらったアクセサリーなんて持たせたら、誤飲の恐れがある。それを考えていない辺り、察しがつく。
そりゃこの子の肩身が狭い訳だ。
さて、切り込むか。
「こういうのは、直接職人に発注するんですか?」
「まさか。商会を通さないと、職人が嫌がるわ」
「あはは、確かにそうかもしれませんね。職人はあまり人と話したがりませんから」
「職業病なんでしょうね。でもそういう人ほど、腕が良いのよね〜」
やっぱり商会と繋がりがある。睨んだとおりだ。
「これだけの物を扱えるとなると、さぞ大きな商会なんでしょうね。この辺りで大きな商会といえば……アルドワ商会ですか?」
さあ言ってくれ、その商会の名前を!
「そうでもないわ。リエッタ商会っていう、最近出来た商会よ」
よし来たぁああああ!!
この情報が欲しかった!
「リエッタ商会……聞いたことがありませんね。宝石商なんですか?」
だが落ち着け。あくまでもポーカーフェイスだ。まだだ……まだ引き出せる……!
「リエッタ商会は行商人なの。色んなものを売ってるわ。妖精族の職人と提携してるって話よ」
ほら来たっ! こういうのがほしかった!
「妖精族! それはまた、随分と凄いところと手を組んでるんですね。よっぽど信用できる人なんでしょう」
「ええ。素直で良い子よ」
良い子……商人は女性だな。
宝石を取り扱ってるってことは、ターゲット層も女性か。いや、まだ断定するには早いな。
「行商人ということは、あまり来ないんでしょうか」
「いいえ、本拠地はここにあるわ。妖精の里とこの領を行き来してるの」
「そうなんですか! それは良かった、母さん、後で行ってみませんか?」
「そうね! 私、そろそろ新しいブローチが欲しかったの」
よし、後は所在地を探すだけ。そんなのは商業ギルドに行けば一発だ。
母さんに事前に覚えてもらった言葉を、それっぽく言ってもらった。
「お話が聞けて嬉しかったです……実はずっと気になってたんですよ、凄い綺麗な宝石だったので」
「あぁー、そうだったのね。よく見てるわねぇー」
辺境伯家と懇意にしている行商人の情報。これが一番欲しかった。
さっきの辺境伯との交渉失敗が、これでチャラ……にはならないけど、当初の目的は達成した。
周りに上流貴族が寄ってきたので、「すみません、長々と」といってから離れた。
「……変ねぇ。もっと政治絡みのことを聞かれると思ったのに、行商人の事が気になってたの?」
夫人、最高に美味しい情報をありがとうございました。
あとは、商会と商会を繋ぐだけだ。
……でも、上手くいくかなぁ……。この人と取引できるって事は、相当な曲者に違いない。




