第8話:「騎士の誉れ」で腹は膨れません。――軍馬オークションと、爆速デリバリー騎士団の誕生
王立更生・復興総商会、第一会議室。
そこには、全身を白銀の鎧で包んだアイギス守護騎士団の幹部たちが、まるで行軍前の軍議のような悲壮感を漂わせて着席していた。だが、上座に座る総裁エルゼが提示したのは、戦略図ではなく一通の「経費報告書」であった。
「……シグリッド執行役員。この軍馬の維持費、控えめに言って『国家に対する背任罪』レベルの赤字資産ですね」
エルゼが事務的にペン先で叩いた数字を見て、騎士団長シグリッド以外の幹部たちが一斉に色めき立った。
「な、何を不敬な! 騎士にとって馬は魂! 戦場を駆けるための神聖な相棒だぞ!」
「戦場? どこにありますか、そんな不採算な場所。現在、我が国の周辺諸国とは不可侵条約の協議中。国内の治安維持に、わざわざ血統書付きの高級馬でパトロールする必要性がどこにあるのか、論理的に説明してください。……馬糞の処理費用だけで、平民の世帯年収一倍分が消えているのですが?」
エルゼの冷徹な正論に、幹部たちはぐうの音も出ない。彼女は構わず、ルナが用意した別の書類を配らせた。
「本日をもって、騎士団が保有する軍馬のうち、儀礼用の十頭を除く全頭を『一般競争入札』にかけます。落札先は、農家、運送業者、および地方の開拓団です。……なお、浮いた厩舎の維持費は、全額『騎士団の装備近代化』……という名の、実務用制服(作業着)の製作費に充当します」
「……オークションだと!? 我らに歩けというのか!?」
「いいえ。走るのです。……シグリッド、例のものを」
シグリッドが会議室のカーテンを引くと、中庭にはミラ率いる物流ギルドと共同開発した、軽量かつ頑丈な『総商会公認・多機能配送用背負い袋』が積み上げられていた。
「今日からあなたたちは、王都の物流を支える『爆速デリバリー騎士団』として再雇用します。……戦いがないなら、その鍛え上げた筋肉を経済のために使いなさい。配送一件につき銅貨五枚の歩合給を支給します。……あ、一分遅延するごとに、報酬から十パーセントをペナルティとして差し引きますので、そのつもりで」
数日後。王都の街角には、前代未聞の光景が広がっていた。
かつては重々しい蹄の音を響かせて優雅に行進していた騎士たちが、今や総商会のロゴが刻印された軽装鎧(通気性抜群のメッシュ加工)を身に纏い、猛烈な勢いで石畳を疾走しているのである。
「どいたどいたぁ! 総商会指定、焼き立てパンの特急配送だ! 遅れたら俺の昼飯抜きなんだよ!」
背中に巨大な保温ボックスを背負った若手騎士が、驚異的な脚力で人混みを縫うように駆け抜けていく。その速度は、下手に馬を操るよりも遥かに速く、小回りが利いた。
「……ミラ執行役員。物流の回転率は?」
本部の監視塔から、エルゼはストップウォッチを片手に街を見下ろしていた。隣ではミラが、ウハウハと笑いながら帳簿をめくっている。
「最高だよ、エルゼ! 騎士たちの身体能力は化け物だね。重い荷物を背負っても速度が落ちないし、何より『騎士の意地』で絶対に納期を守ろうとする。……顧客満足度は、前代未聞の九十八パーセントさ!」
実際、平民たちの反応は熱狂的だった。
急ぎの書類、新鮮な魚、あるいはテレーザが作った「冷えた魔導デザート」。これらが注文から数分で、しかも鍛え抜かれたイケメン(騎士)の手によって届けられるのだ。
「騎士様、ご苦労様! これ、少ないけどチップ(小銭)だよ。お水でも飲んで!」
「……はっ。……ありがたく、頂戴いたします。……では、次の配送がありますので、失礼!」
かつては「名誉」という実体のない報酬を追い求めていた騎士たちは、今、民衆から直接手渡される「銅貨一枚」と「感謝の言葉」に、未知の充足感を覚えていた。
「おい、お前の配送効率、ルート選択が甘いぞ! 裏路地の三叉路を使えばあと三十秒は短縮できる!」
「隊長こそ、荷物の積み込み時間が目標値を三秒オーバーしていますよ! それでもアイギスの精鋭ですか!」
いつのまにか、騎士団の詰め所は「戦略本部」ではなく、いかに最短ルートで荷物を届けるかを競い合う「ロジスティクス・センター」へと変貌を遂げていた。
「……シグリッド。部下たちの様子はどうですか?」
視察を終えたエルゼが尋ねると、シグリッドは満足げに頷いた。
「……悪くない。馬に乗って威張っていた頃より、奴らの足腰は格段に引き締まった。……何より、国民を守るという実感が、以前より強く湧いているようだ」
「そうですか。……ですが、シグリッド。浮いた予算をすべてプロテイン(高タンパク食品)の購入に充てるのは、少し予算の配分が偏りすぎてはいませんか?」
「……騎士にとって筋肉は資産だ。……投資だと思って見逃してくれ」
エルゼは小さく溜息をつき、帳簿に『騎士団の健全な資産化:成功』と記した。
無駄な維持費を垂れ流していた軍馬は、農家で豊かな実りを生み、その一方で騎士たちは自らの足で国を潤し始めている。
「……ルナ。次の案件は?」
「はい、総裁。……地方へ出向しているクロエ様たちから、定期の『資産監査報告』が届きました。……どうやら、地方領主たちが隠し持っていた『死に金』の抽出が完了したようです」
「……素晴らしい。溜まった膿を、数字という名のメスで一気に切除しましょうか」
エルゼの眼鏡が、不敵な光を帯びてキラリと輝いた。
王都を駆け抜ける騎士たちの足音は、新しい時代の、そして徹底的な「実利」が支配する脈動そのものであった。




