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第7話:「火球」を投げる暇があるなら、パンを焼きなさい。――魔導師団、調理場への「左遷」

 新生国家『王立更生・復興総商会』の地下第一演習場。

 かつては「国の至宝」と持て囃され、一発の呪文で城門を吹き飛ばすことを誇りとしていた宮廷魔導師たちが、今、屈辱に震えながら整列していた。彼らの前には、テレーザ魔術師団長が設計した、不気味なほど巨大な鉄製の箱――『試作型・大規模魔導オーブン一号機』が鎮座している。


「……納得がいかん! 我ら高潔なる魔導師に対し、この鉄の箱に魔力を流し込めとは何事だ!」


 一歩前に出たのは、旧魔術師団の副師団長、ゼフ。彼は燃え盛るような赤髪を振り乱し、視察に訪れたエルゼに向かって怒号を浴びせた。


「我らの『爆炎エクスプロージョン』は、敵軍を一撃で灰にするためのもの! それを……それを、平民が食うパンを焼くために使えだと!? 魔道の冒涜だ!」


 周囲の魔導師たちも「そうだ!」「職人芸を馬鹿にするな!」と口々に野次を飛ばす。

 だが、バインダーを片手にしたエルゼは、眼鏡の奥で冷徹に数字を弾くだけだった。


「ゼフ副師団長。あなたの言う『爆炎』、一発あたりの魔力消費量を、金貨に換算したことはありますか?」


「……は? 金だと? 魔道は神聖なものであって、そんな卑俗な物差しで測れるものではない!」


「私は測れます。計算しました。あなたの魔法一発にかかる魔力触媒の摩耗と精神安定剤のコストで、王都の一般家庭が一年間に消費するパンが十万個買えます。つまり、今のあなたは『歩く国家予算泥棒』、あるいは『不採算な過剰在庫』に過ぎません」


 エルゼは事務的にバインダーをめくり、鉄の巨大オーブンを指差した。


「対して、こちらのシステム。あなたの余った魔力を『摂氏二百十度』の熱量として定点保持し、庫内の空気を魔法陣で循環させれば、一度に一千個のパンを完璧な品質で焼き上げることができます。これにより、王都の食糧価格は三割低下し、国民の栄養状態改善による労働効率の向上が見込めます。……文句はありますか?」


「衛生だの労働効率だの! そんな下卑た話のために、我らの誇りを――」


「誇りで腹は膨れませんし、予算も湧いてきません。……テレーザ執行役員。彼らが『誇り』を理由に業務を放棄した場合、どうなりますか?」


 隣で眠そうに欠伸をしていたテレーザが、気だるげに指を鳴らした。

 すると、魔導師たちの足元に、淡い光の鎖が絡みつく。


「……あー、その場合はね、みんなの魔力を『強制徴収』する抽出陣に切り替えるだけだよ。意志を持って効率よく流してくれれば『熟練工』扱いだけど、拒否するなら、ただの『魔力タンク(電池)』として地下室に閉じ込めることになっちゃうかな。どっちがいい?」


 テレーザの言葉は、魔導師たちにとって死刑宣告に等しかった。

 エルゼがさらに追い打ちをかける。


「現在、魔術師団の予算は『実質ゼロ』です。ですが、この製パン事業に参加し、市場で収益を上げれば、その売上の一割を『新しい調理魔導具』……いえ、『魔導研究費』として還元しましょう。……拒否して地下で使い捨ての電池になるか、協力して『王都の食卓を守る守護聖人』として崇められるか。三秒以内に決めてください」


「くっ……お、おのれ……!」


 ゼフは唇を噛み締め、震える手で魔導オーブンの制御端子に触れた。

 彼が放ったのは、敵を焼き尽くす無慈悲な炎ではない。エルゼに命じられた「パンの生地を均一に膨らませるための、緻密で退屈な一定の熱量」だった。


「……温度が三度高いです。外側だけ焦げて中が半熟になれば、それは『商品』ではなく『産業廃棄物ゴミ』ですよ。修正してください」


「……わかっている! わかっているから、一々細かく指示を出すなッ!」


 かつての英雄が、額に汗を浮かべ、必死の形相で「パンの焼き加減」を調整する。その滑稽な姿を、エルゼは無慈悲に「品質監査」し続けた。


 数時間後、王都のメインストリートには、これまでにない芳醇な香りが漂っていた。

 総商会直営のベーカリー『レガリア・ブレッド』の店頭には、焼き立ての白いパンが山積みにされている。


「うわぁ、いい匂い! おじちゃん、これいくら?」


 小さな子供が、店番をさせられている若手魔導師に声をかける。魔導師は屈辱に顔を赤くしながらも、エルゼの「笑顔不足は減給」という通達を思い出し、引き攣った笑みを浮かべた。


「……銅貨一枚だ。……持っていけ、ガキ」


「わぁ、安い! おじちゃん魔法使いなの? かっこいい! 世界で一番美味しいパンだね!」


「……っ。……ふん、当たり前だ。宮廷魔導師の緻密な熱量制御を舐めるなよ」


 「人殺しの道具(魔法)」として恐れられていた魔導師たちが、生まれて初めて平民から純粋な「感謝」と「憧れ」の眼差しを向けられた瞬間だった。

 最初こそ屈辱に塗れていたゼフたちも、子供たちの笑顔や、行列を作る主婦たちの熱狂を見るうちに、妙な対抗心を燃やし始めていた。


「おい、そこ! 発酵時間が二分長いぞ! エルゼ総裁の計算した黄金比を崩すつもりか!」

「副師団長こそ、焼き色が薄いですよ! もっと魔力を繊細に流してください!」


 いつのまにか、地下演習場は「戦場」ではなく、最高効率を追求する「巨大厨房」へと変貌していた。


「……ルナ。進捗はどうですか?」


 視察を終えたエルゼは、執務室に戻ると窓から街を見下ろした。王都のあちこちで、白いパンを抱えた人々が幸せそうに歩いている。


「はい、総裁。パンの価格下落により、平民の生活余力が十五パーセント向上。それに伴い、他の消費活動も活発化しています。魔導師たちの離職率も、意外なことに建国以来最低値を記録しました」


「……『やりがい』という名の非論理的なインセンティブが、予想以上に機能したようですね。不合理ですが、結果が黒字なら文句はありません」


 エルゼは事務的に帳簿を閉じると、不敵な笑みを浮かべた。


「さて、胃袋を掴めば、次は『足』ですね。シグリッドに伝えてください。明朝から、騎士団の軍馬を全頭オークションにかけ、彼らを物流ギルドの『配達員』として再雇用する準備を始めると」


「……次は、騎士団のプライドを粉砕するのですね」


「いいえ。彼らの『体力』という埋蔵資源を、有効活用するだけですよ」


 エルゼの眼鏡が、夕日に冷たく、そして勝利を確信したようにキラリと光った。

 王都に漂うパンの香りは、古い権威の焼却される匂いでもあった。


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