第6話:隣国の皇子様、なかなかの「強気」ですね。――不採算な交渉は、こちらからお断りしますわ
王立更生・復興総商会、本館一階。
かつては贅を尽くしただけの「無駄の象徴」だった応接室は、今やエルゼの手によって、一分一秒の遅滞も許さない「高効率な商談空間」へと改装されていた。
中央の円卓を挟み、エルゼ・ド・ヴァレンティーヌと、隣国ヴォルガ帝國の第三皇子アルベルトが対峙している。
「……さて、アルベルト殿下。わざわざ高い席料を払って私に会いに来たのです。相応の収益を提示していただけるのでしょうね?」
エルゼは手元の時計をチラリと見て、事務的な冷徹さを込めて五つの質問を突きつけた。
訪問の真意、軍事境界線の撤退、交易手数料四十パーセントの受諾、王族としての資質、そして――。
「……最後に。あなたは私を『女』として見ていますか? それとも『巨大な金庫』として見ていますか? 答え次第では、この紅茶代も請求させていただきます」
傍らで控える秘書ルナが、内心で「総裁、それはさすがに私情が混じっていませんか?」と突っ込みを入れたくなるような質問だったが、アルベルトは眉一つ動かさなかった。
彼は優雅に、だが芯の通った声で、エルゼの瞳を真っ直ぐに見つめて答える。
「一国を買われた方がどのような方か、気になりましてね。隣国ですので、ご挨拶を。それが訪問の真意です。……軍事境界線については、あなたが手を出さないと確約いただければ、今日一緒に撤退いたしましょう」
「……ほう。損切りが早いですね」
「そして交易の利についてですが……。今まで付き合いのある方々に申し訳がありません。いきなり四十パーセントの手数料を払うような不義理をするくらいなら、今回は縁が無かったということで、よろしいですか?」
アルベルトの「商談決裂」の宣告に、室内の温度が数度下がった。
シグリッドが剣の柄に手をかけるが、エルゼは不敵に口角を上げる。
「……面白い。妥協して這い寄るかと思いましたが、意外と骨があるのですね。では最後の質問、私への見方は?」
「とても魅力のある女性だと思いますが、申し訳ございません。初対面の方に対して、そのような見方はしておりませんよ。……紅茶代は、ご請求いただかなくても私からお支払いしましょう。それくらいの余裕は持ち合わせております」
アルベルトはそう言って、懐から一袋の金貨をテーブルに置いた。
エルゼはわずかに目を細める。
(計算外ですね。私の『顔(資産価値)』に惑わされず、事務的に対応してくるとは……。この男、なかなかの食わせ物です)
「……ルナ。受領書を発行しなさい。端数は次回の相談料から差し引きます」
「承知いたしました、総裁」
エルゼは背筋を伸ばし、一度席を立とうとした。だが、アルベルトが「まだ時間は残っていますよね?」と制した。
「決裂した商談を蒸し返すつもりはありません。ですがエルゼ様。帝国内部には、私にとっても、そしてあなたの商会にとっても『不採算なゴミ』が溜まっておりましてね」
アルベルトが差し出したのは、一枚の古い羊皮紙。そこには、ヴォルガ帝國とレガリア王国の旧貴族が結託し、裏で進めていた汚職のネットワークリストが記されていた。
「……情報の現物出資ですか。悪くないわ」
「これをあなたに差し上げましょう。代わりに、我が国の農業改革に必要な『魔導灌漑技術』の優先交渉権を。……これで、縁は繋がりますか?」
エルゼはリストをサッと鑑定し、その価値を脳内で弾く。
「……手数料は二十五パーセントまで下げてあげましょう。それが、今のあなたの回答に対する私の『評価額』です」
「おや、随分とお安い評価ですね。ですが、あなたのような『数字に厳しい女性』に興味を持ってもらえるなら、安い買い物ですよ」
その頃、王都の地下――。
通気口から漏れ出す「隣国の紋章入り馬車」の車輪の音を聞き、カイル元王子はヘドロまみれの顔を上げた。
「あ、あの馬車は……! ヴォルガのアルベルト皇子だ! 彼は僕と親交があった! 助けてくれーッ! アルベルトーッ!」
ドブネズミのような声で叫ぶカイル。しかし、その叫びは通りかかったリリアーヌの鞭によって遮られる。
「うるさいわね、この粗大ゴミ! アルベルト皇子が会いに来たのは、あんたみたいな『廃業した王子』じゃなくて、今のこの国の『女帝』よ! あんたが顔を出した瞬間に、帝国の顔に泥を塗った罪で斬首されるわよ。ほら、さっさとその特大のヘドロをバケツに入れなさい!」
「う、嘘だ……! 僕たちは対等だったはずだ! どうして、あんな冷徹な女と仲良く商売なんて……!」
カイルは泥水を啜りながら、自分がもはや「外交の対象」ですらないことを悟り、さらなる絶望に沈んでいった。




